08 失踪は突然に

文字数 2,500文字

結局、アリスは双眼鏡を持ったまま城じゅうを駆け回り、30分ほどして戻ってきた。

息を切らして入ってくるアリスに、トライブは普段と変わらない表情で言った。

アリス、おかえり。

兵士の人数は分かった?

あ、はい!分かりました!

アリスは、メモを取り出してトライブに見せた。

そこには173という数字が書かれてあった。

173人……?


一国の兵士の数にしては少なくないか?

本当ですって!信じてくださいよー!

アリスは、ややおどおどしながらも、もう一度173という数字をトライブに見せた。

それを見て、トライブはゆっくりとうなずく。

アリス。どうやって173人って分かったの?

はい……。


野鳥の会に飽きたので……、城下の門のところにいる兵士に何人か聞いてみたんです。

そうしたら、みんな173人とか言ってて……。

なるほどね……。

兵士の数が末端にまで知られているなんて、少し意外だわ。

そうなんです!

「エクアニア173」という言葉も、城内で使われているみたいですから!

「エクアニア173」というのは、文字通りエクアニアの国と城を守る173人の兵士のことで、そのほとんどが剣を持って戦う兵士だった。

近年は兵士の数にそれほど変化はないが、それでも兵士の数に増減があった場合、この「エクアニア173」というのも兵士の人数に合わせて、呼び方が変わっていくとのことだった。


むしろ、その名称を知らずに数を一人一人数えさせたリオンのほうが無知だった。

王子の俺が、そんなことも知らないなんて……。

アリスに悪いことしちゃったな。

大丈夫です。


城下を回って、おいしいスイーツの店も見つけたんで、今度時間があったら食べようと思います。

アリスにしては、その場で食べてこなかったのね。

はい。

だって、ソードマスターの物語なんですから、ソードマスターの見ていないところで私の登場シーンがあっても意味ないじゃないですかー。

アリス、あまり「登場人物」を意識しなくてもいいのに……。


それにしても、「エクアニア173」に私とリオンが入ったら「エクアニア175」になるわけよね……。

なんか、俺もそういう気がする。

ここまで強いのに、兵士にならないなんて展開は、まずないと思うし。

リオンは、そこまで言って軽く笑った。

女王や王子まで兵士たちと一緒に戦うことは、今のところないと思ったからだ。


そのリオンの表情を、アリスがやや首を上げて覗き込んだ。

あのー……。


「エクアニア175」とかじゃなくて、「エクい旗の騎士団」とかいう名前はどうでしょう。

あー、なんか昔を思い出させ……。


って、オイ!どう考えても「青い旗の騎士団」のパクりじゃん!

もちろんです!

それと、アリス。

エクアニアを「エク」と略したのは、アリスが初めてよ。

ソードマスターは、エクアニア出身なのに、一度も略称で呼んだことないんですか?

エクアニアはエクアニアよ。


とりあえず、その名前は却下。

もう少しまともな名前ができたら、私の国の兵士をその名前にするわ。

エグい女王の騎士団……。
アリス、いまはっきりと聞こえたわよ。

その時、突然王室に続く廊下を駆ける音が聞こえた。

トライブとリオンが、王室の扉に顔を向けた瞬間、その扉が勢いよく開いた。

女王、召使いに頼まれていた兵士の数の調査結果が出ました!

入ってきたのは、トライブが全く見たことのない一人の兵士だった。

え……?


アリス、まさかこの兵士に数えさせたんじゃないわよね……。

あ、一人一人数えてと、2階にいる兵士に言ってたのを忘れてました……。

丸投げはよくないけど……、まぁいいわ。

で、兵士の数は何人だったの?

えっと……、自分含めて172人でした。

172……。

一人、この城下にいないってこと?

はい。

エクアニアには城兵しかいないし、特に外に出る命令を受けてないのに、172人しか兵士がいないんです!

「エクアニア173」が揃いません。

入ってきた兵士は、相当慌てている様子だ。


欠けているその一人が、あまりにも名の知られている兵士なのかも知れない。

嫌な予感が次第にトライブを襲う中、アリスが腕組みを始めた。

私、いなくなった一人が分かった気がします。
アリス、兵士一人一人の名前と顔が分かるの?

ほとんど分からないです。

でも、消えたのは分かるんです。

誰が消えたか言ってごらん、アリス。
はい、ソフィアさんです!

ソフィアが、いなくなった……?

それって実際に数えたときもそうだったの?

はい。

自分が一人一人数えたときも、ソフィアの姿が見えなかったのです。

ソフィアは、この世界でトライブが最初に出会ったとき、エクアニア城兵屈指の剣の実力を持つ、と紹介された。

少なくとも、任務の時は肝心なところを守るという役割がありそうな兵士なのだろう。


そのソフィアが、突然いなくなってしまった。

兵士が慌てているのも無理はなかった。

みんな、そう慌てないの。

ソフィアは、まだどこかにいると思うから。


兵士長にも協力するよう、私から言っておくわ。

その方がいいね。

ほどなくして、王室に兵士長がやってきた。

王室のドアが開いたとき、兵士長も青ざめた表情になっているのがトライブの目に飛び込んできた。

トライブ女王!失踪の話は、既に兵士たちの間で話題になっています。

エクアニア城兵最大の一大事です!

兵士長も、ソフィアの行方を知らないわけね……。

はい……。

いま、何人かの城兵で手分けして探していますが、ソフィアが見つかったという話はありません。

すごく心配ね……。


引き続き、ソフィアを見つけてちょうだい。

はい、分かりました!

そう言うと、兵士長は急いで王室を出た。


王室は、再び女王と王子と召使いだけになった。

なぁ、トライブ。

俺は、ソフィアがそう遠くに行っていないと思うんだけどな……。

そうだといいんだけど……、この可能性が捨てきれないのよ。

兵士長にも言えないくらい、気まずくなる理由だけど。

「剣の女王」が思い詰めた顔をするなんてよくないよ。

いつものトライブのように、少しの希望を捨てないほうがいいと思う。

そうね……。


その言葉で、少しは安心したわ。

その時、アリスがトライブのところに駆け寄ってきた。

そして、軽く耳打ちしてトライブに告げる。

手がかり、見つけました!
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

トライブ・ランスロット


25歳/17代目ソードマスター

男性の剣豪をも次々と圧倒する女剣士。軍事組織「オメガピース」では、女性初のソードマスター。相手が隙を見せたときに力を爆発させるパワーコントロールと、諦めを許さない熱いハートで強敵に立ち向かう。その強さに、「クィーン・オブ・ソード」と称されるほど。

ソフィア・エリクール


25歳

女剣士。トライブの最大の親友で、最大のライバル。ソードマスターになるため、実力で上回るトライブに常に対抗心を燃やす。富豪の令嬢で、クラシックをはじめとした音楽が好き。

リオン・フォクサー


21歳/9代目ソードマスター

地元ルーファスで自ら率いる自警団「青い旗の騎士団」で活躍し、「オメガピース」でもソードマスターの座をつかみ取る。力でグイグイ押していくパワー型の剣士。ソードマスターの時に謎の失踪を遂げた、とされているようだが……。

アリス・ガーデンス


15歳

「オメガピース」ではトライブのルームメイトで、銃使い兼魔術師。お菓子ばかり食べ、何かとお騒がせなことをやってしまうドジっ娘。

アッシュ・ミッドフィル


23歳/ライフルマスター

冷静な判断力と圧倒的な銃の腕を持つ、絶対の銃使い。自らの誤射で家族と家を失い、モンスターの潜む森で1年間生き抜いた過去を持つ。トライブが送られたパラレルワールドのシナリオを作った張本人。

オルティス・ガルスタ


年齢不詳/20代目ソードマスター

「悪魔の闇」を打ち破った者は願い事を叶えることができる。その言い伝えに身を投じ、世界の支配者になろうとする邪悪なソードマスター。パワーやスピードは歴代ソードマスターの中で最高レベル。

ビューワー設定

背景色
  • 生成り
  • 水色