13 ソフィアの声

文字数 2,656文字

さ……、さっき城で私と会ってしまいましたけど……、その言葉を聞いて真っ青になりました。

登場人物が、その世界に生きている本人に触れたら、登場人物の魂が崩壊してしまう。

その言葉を聞いたモノクロのアリスは、思わず血の気が引いたような表情になり、アッシュの肩をギュッと掴んだ。


かたや、登場人物のアリスも、それを初めて聞くかのようにその場に立ち止まり、アッシュにじっと視線を寄せているようだった。

アッシュ……。


ということは、もし私がオメガピースにいる私に触れたら、私が崩壊するということ?

あぁ、そういうことになる。
ラ……、ライフルマスターはどうしてそんなことを知っているんですか?

あぁ、このパラレルワールドのシナリオを作るときに、マニュアルを見た。

そこに、下の方だが太字で書いてある。

アッシュは、はっきりと分かっているように、短めに言った。

トライブや「二人」のアリスも、少しだけ納得したように首を縦に振った。

じゃあ、私はこの城にいない方がいいのかも知れないです……。


私の性格的に、うっかりそっちのアリスを触ってしまいそうです……。

たしかに、アリスの性格を考えたらそうかもしれないけど、気にしない方がいいわ。

もう一人のアリスがどうやって、この世界に溶け込んでいるのか見るのも、楽しいんじゃないかしら。

すると、ここまで黙っていたリオンが、何かを思い出したように一同に告げた。
俺は、登場人物のアリスが壊れて、別の人物になっていくのもありなんじゃないかな、と思うけどな。

王子、なに言ってるんですかー!

私は私の方がいいですよー!

アリスの言う通りよ。

登場人物だって、この世界に生きているわけよ。


私だって、自分が壊れてしまうのは辛いわ。

あはは……!


もちろん冗談だよ、冗談。

どういうことになるか、俺もはっきりとは分からないし。

リオンは、慌てて自身の発言を取り消した。

トライブは、そんなリオンをやや細い目で見つめる。


以前、一緒に冒険をしたときも、リオンが重大な一言をさらっと言っていたからだ。


だが、逆にトライブを細い目で見つめていたのは、リオンではなくアッシュだった。

トライブ。


分かっていると思うが、お前と俺だけは特に気を付けないといけない。

もし壊れるようなことがあったら、元の世界に戻った後もそのままになってしまう。


だから、俺のシナリオではお前がこの世界のトライブと会わないようにしているわけだ。

たしかに、そうね。

もし私が壊れたら、絶対まずいわ……。


アッシュ。

この後、エクアニアを守るために私自身と戦うということはないわよね。

それはないと思う。


ただ、今のシナリオがタブレットの暴走なら、お前自身に関わるシナリオは生まれないと思うが……。

アッシュの声は、普段にも増して低く、しかしどこか気が気でないようなものだった。

トライブは、元の世界のパラレルタブレットに起きていることを、アッシュがまだ解明していないように思えた。

それはそうと、モノクロのほうのアリスは、どうするんだ?

このまま本人のそばにいたら、本人の方が大変なことになってしまう。

モノクロのアリスは、どうしたいの?

わ、私は……。


うーん……。

少なくとも、城にはいたほうがいいと思う。

もしこれが、私の新しいシナリオだったら、エクアニアは間違いなく危険な状態になるかも知れないわ。

あの……。


だったら、217号室で食べたり遊んだりすればいいと思います。

あれ?

アリス、217号室はたしか他の兵士が使ってるんじゃなかったっけ。

ギクッ……!


テッテレー♪

ドッキリ成功してないじゃない。


モノクロのアリスが暮らせる部屋、私が探すわよ。

あと、何よりもオメガピースを灰の神から奪還して、この世界のアリスが元通りの生活を送れるようにするわ。

ありがとうございます!

トライブは一人の城兵を呼び、モノクロのアリスを連れて空き部屋を探しに行った。

召使いのアリスも、召使いとして再び城の中へと戻っていった。


だが、二人のアリスがトライブの視界から消えかけた瞬間、トライブの耳に聞き慣れた声が響いた。

トライブ。

それは不可能なことよ。


エクアニアものとも、私たちが粉々に破壊する!

だ、誰よ……!

トライブは、聞き覚えがありすぎるくらいのその声に、思わず左右と背後を見た。

だが、新たな人物の登場はなかった。


戸惑いの表情を浮かべるトライブに、リオンが真横に立ってこう告げる。

トライブ。

今の、明らかにソフィアの声だったよな。

えぇ。

私も、ソフィアの声が聞こえたと思うのよ……。


帰ってきたと思ったのに、どこにも見えないから幻聴かと思ったのよ。

たしかに、どこにもいないな……。

その時、青空も覗いていたエクアニア城の上空が、ドームで覆われたように真っ黒になった。

トライブは、真上を見上げた。


エクアニア城のミニチュア版にも見えるような城が、上空を旋回している。

あれは何……!

もしかしたら、オメガピースがやって来たんじゃないだろうな……。

そんなはずないわ。

オメガピースは、あんな形をしていない……!

トライブは、真上を見る。

慣れ親しんだはずの「オメガピース」の建物ではなかった。


そのとき、上空を旋回する城から声が響き渡った。

私たちは、オメガピース。

このエクアニアを、我が傘下に収めるためにやってきたわ!

オメガピースは、そんな組織じゃないはずなのに……!


アッシュ。

これは、本当に私のシナリオなの?ねぇ?

トライブは、左右に軽く首を振ってアッシュを探した。

だが、その姿はどこにもなかった。

肝心なときにいなくなるな、アッシュは。

そうね……。


とにかく、この声はソフィアの声に間違いないわ。

間違いなく、ソフィアはオメガピースの中にいる!

その声は、やはりソフィアのものに他ならなかった。

だが、ソフィアの居場所は、上空にある「オメガピース」からだった。


トライブは、嫌な予感しかしなかった。

それは、エクアニア城兵であるはずのソフィアが、灰の神に乗っ取られた「オメガピース」に奪われてしまったということ。

そして、この世界のソフィアと出会っているかもしれないということを。



その時、上空の城から再び声が鳴り響いた。

トライブがそう望むのなら、すぐに会わせてあげる。

エクアニア城の尖塔に、オメガピースへの転送装置を置いたから、トライブ一人で来なさい。

行くしかないようだな……、トライブ。

そうね。


エクアニアを守るため、私がオメガピースを元通りにしないといけない!

トライブは、やや大股で尖塔へと向かった。

リオンもその後を付いていく。


エクアニアを守る、「剣の女王」の戦いがいま始まる。

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登場人物紹介

トライブ・ランスロット


25歳/17代目ソードマスター

男性の剣豪をも次々と圧倒する女剣士。軍事組織「オメガピース」では、女性初のソードマスター。相手が隙を見せたときに力を爆発させるパワーコントロールと、諦めを許さない熱いハートで強敵に立ち向かう。その強さに、「クィーン・オブ・ソード」と称されるほど。

ソフィア・エリクール


25歳

女剣士。トライブの最大の親友で、最大のライバル。ソードマスターになるため、実力で上回るトライブに常に対抗心を燃やす。富豪の令嬢で、クラシックをはじめとした音楽が好き。

リオン・フォクサー


21歳/9代目ソードマスター

地元ルーファスで自ら率いる自警団「青い旗の騎士団」で活躍し、「オメガピース」でもソードマスターの座をつかみ取る。力でグイグイ押していくパワー型の剣士。ソードマスターの時に謎の失踪を遂げた、とされているようだが……。

アリス・ガーデンス


15歳

「オメガピース」ではトライブのルームメイトで、銃使い兼魔術師。お菓子ばかり食べ、何かとお騒がせなことをやってしまうドジっ娘。

アッシュ・ミッドフィル


23歳/ライフルマスター

冷静な判断力と圧倒的な銃の腕を持つ、絶対の銃使い。自らの誤射で家族と家を失い、モンスターの潜む森で1年間生き抜いた過去を持つ。トライブが送られたパラレルワールドのシナリオを作った張本人。

オルティス・ガルスタ


年齢不詳/20代目ソードマスター

「悪魔の闇」を打ち破った者は願い事を叶えることができる。その言い伝えに身を投じ、世界の支配者になろうとする邪悪なソードマスター。パワーやスピードは歴代ソードマスターの中で最高レベル。

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