40 孤独の女剣士を見る展望室

文字数 2,806文字

転送装置から、再びアッシュ・デストラが現れるかも知れない、とトライブはかすかに口にした。


だが、トライブの予感とは裏腹に、転送装置の光は徐々に強くなり、呆然とその光を見つめるリオンに触れようとしていた。

リオンが……、飲み込まれる……!

マジかよ……!

物語が終わらないと思ったら、今度はまた俺がオメガピースの城に飛ばされるってことか!

その可能性は高いわ。

でも、ソフィアが物語を終えようとしているのに、私が生きているって分かったからリオンを引き離そうとしている、という可能性も捨てられない。

いや、シナリオマスターは分かっていても、残りの登場人物は分かっていないと思うよ。


ここは、トライブが生きているって、オメガピースの城にいる黒幕たちに知らしめてもいいんじゃないかな。

リオンが、トライブを何度か見つつ、迫り来る緑色の光をちらちらと気にしている。

その中で、トライブは首を横に振った。

私が城を離れている間に、何かが起こったら大変よ。

城が乗っ取られて、転送されている間に街まで乗っ取られたらと思うと、今は私まで行く気になれない。

そうかな……。

トライブの物語、また動き出すと思うけどな。

リオンが軽くうなずくと、トライブもついに首を縦に振った。

行って、そこに収穫があるのなら、私も行った方がいい。

リオン、手を繋いで、あの光に飛び込みましょ。

分かった。

あのー、二人ともどこ行っちゃうんですか?


というか、デートですか?

デートなわけないでしょ。

明らかに、リオン一人を目掛けて飲み込もうとしている、転送装置の光に、トライブとリオンは手を繋ぎ、ゆっくりと向かった。


手を繋いでいたからか、モノクロのアッシュと初めて遭遇したときのように、トライブが一人だけ弾かれることはなかった。その不思議な光は、やがてトライブをも城の前から次の場所へと、その身を包み込んだ。

リオンの手が、温かい……。

転送装置で運ばれている間も、ずっとリオンの手を握りしめていたトライブは、リオンの手に不思議なぬくもりを感じていた。


アッシュ、シナリオマスター、それにモノクロの姿で見える人を除けば、トライブの目に見えるのは全て登場人物だった。シナリオマスターが生み出した、一人のキャラクターに他ならなかった。


隣にいるリオンは登場人物のはずなのに、登場人物の手にこれほどまでのぬくもりを感じた。それは、トライブにとってどこか運命的なものを感じさせる瞬間でもあった。

リオンとは、10年後の世界でも、最後までバラバラに行動してしまった……。


戦おう、って約束したのに、それを叶えることすらできなかった……。


だから、今こうして手を繋いでいられるのが不思議で仕方ないのよね……。

そうこうしている間に、トライブとリオンを載せた転送装置は、「オメガピース」の城の中と思われる場所に辿り着いた。

二人の回りから、徐々に緑色の光が消えていくと、トライブは左右に目を動かした。その横で、リオンがやや低い声で呟いた。

ここ、今まで見たことのない部屋だぞ……?

見たことのない部屋?


リオンがあの時飛ばされたのは、こんなところじゃなかったの?

俺が転送された場所は、たしかランプの光がほとんどなかったような場所だよ。

眩しいとしても、高い位の人がやってくる奥の方だけ。

だから、こんなに眩しくなんかない。

そうなの……。

じゃあ、こんなに明るいこの場所は……。

全く分からないよ。


でも、トライブ。

この城の一室から、隠し部屋の入口が見つかるかも知れない。

実際、前に俺が入ったときも、壁の向こうにハーレムが広がっていた。

オメガピースなのに、そんなハーレムがあるわけね。

じっとリオンを見つめながらトライブは、少しも表情を変えなかった。

それを見て、リオンは軽く頭を撫でた。

でも、どこかに出口はあることは間違いないわ。

どんなダンジョンでも、どこにも道がない部屋を置くことなんてないんだから。

さすが、たくさんのダンジョンをクリアしてる女剣士。


……って、あれ?あの光は?

突然、リオンが部屋の奥に青白い光を見つけ、トライブにその光を指差した。

その青白い光は、転送装置の放つ緑色の光と比べれば非常に弱く、注意しなければ肉眼でも分からないほどの淡い光だった。

たしかに、光が見える。

もしかしたら、この場所から出られる道なのかも知れない。

トライブは、先頭に立ってその光の示す場所に、ゆっくりと歩く。

1メートル、また1メートルとその距離を縮めるにつれ、トライブの目にその光の正体がはっきりと分かるようになった。

これは出口じゃないわ。ただの窓よ。

でもさ、これ窓にしてはすごく下に傾いてないか?

まるでその先の床を見せているような、すごくおかしい窓。

リオンにそう言われたトライブは、もう一度窓を見た。

たしかに、その窓はトライブの肩の高さではなく、足首の高さで外を照らしていた。


そして、その窓の向こうに、褐色の鉱山の頂上があるのが、トライブの目に留まった。

リオン。


この窓の外は鉱山で、ここより一段低いわ。

もしかしたら、ここはその鉱山を見つめる展望台なのかも知れない。

鉱山……?


ちょっと待った。俺、この場所に記憶がある!

そう言い終えると、リオンが窓の前まで進み、中腰になりながら窓の外を見つめた。


数秒後、リオンが思わず息を飲み込んだ。

リオン、何か分かった?

トライブ。

窓の向こうは、異端者の奈落だ。

異端者の奈落……?


ずっとオメガピースにいるけど、聞いたことないわ。

この城で勝手に作ったんだよ。


ここは、10分で60体倒さなきゃいけない、相当辛いミッションの場だ。

俺も、この城に来たときにミッションをやらないといけなくなったけど、はっきり言って時間が足りなすぎだよ。

大変なミッションね……。


戦闘時間が長くなりやすい私は、リオン以上に大変よ。

トライブ見てて、俺もそう思う。


でも、この窓の向こうを、よく見て欲しいんだ。

一人の女剣士が、今まさに戦ってる。

女剣士……!

トライブは、リオンに誘われるままに窓を覗き込んだ。

その瞬間、トライブの目に、モノクロに映る女剣士の姿が飛び込んできた。

これって……、私じゃない……!


モノクロの私……、今こうして異端者の奈落で戦ってる……。

はあっ!

眼下に見えるモノクロのトライブは、もはやボロボロの姿になっていた。


リオンがその存在を知っていることを考えれば、モノクロのトライブは最低でも1日半以上はこの「異端者の奈落」に閉じ込められていることになる。

それだけ長い時間戦い続けたことのないトライブは、思わず窓から目を反らし、リオンを見る。

これが、会うはずじゃなかった、もう一人の私なのね……。


アッシュも、最初はこの世界の私と会うことはないって言い切ってたのに……。

トライブは、軽く目を細めながら、窓を再び見た。

10分が経過し、今回もモノクロのトライブの挑戦は失敗に終わったようだ。


その時、部屋の奥からドアが開く音が聞こえた。

おい、誰か来るぞ!
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登場人物紹介

トライブ・ランスロット


25歳/17代目ソードマスター

男性の剣豪をも次々と圧倒する女剣士。軍事組織「オメガピース」では、女性初のソードマスター。相手が隙を見せたときに力を爆発させるパワーコントロールと、諦めを許さない熱いハートで強敵に立ち向かう。その強さに、「クィーン・オブ・ソード」と称されるほど。

ソフィア・エリクール


25歳

女剣士。トライブの最大の親友で、最大のライバル。ソードマスターになるため、実力で上回るトライブに常に対抗心を燃やす。富豪の令嬢で、クラシックをはじめとした音楽が好き。

リオン・フォクサー


21歳/9代目ソードマスター

地元ルーファスで自ら率いる自警団「青い旗の騎士団」で活躍し、「オメガピース」でもソードマスターの座をつかみ取る。力でグイグイ押していくパワー型の剣士。ソードマスターの時に謎の失踪を遂げた、とされているようだが……。

アリス・ガーデンス


15歳

「オメガピース」ではトライブのルームメイトで、銃使い兼魔術師。お菓子ばかり食べ、何かとお騒がせなことをやってしまうドジっ娘。

アッシュ・ミッドフィル


23歳/ライフルマスター

冷静な判断力と圧倒的な銃の腕を持つ、絶対の銃使い。自らの誤射で家族と家を失い、モンスターの潜む森で1年間生き抜いた過去を持つ。トライブが送られたパラレルワールドのシナリオを作った張本人。

オルティス・ガルスタ


年齢不詳/20代目ソードマスター

「悪魔の闇」を打ち破った者は願い事を叶えることができる。その言い伝えに身を投じ、世界の支配者になろうとする邪悪なソードマスター。パワーやスピードは歴代ソードマスターの中で最高レベル。

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