22 異端者の奈落で

文字数 2,628文字

「異端者の奈落」と指示されたドアを開いたリオンは、そのドアの中に足を踏み入れた瞬間、思わず立ち止まった。そこは「奈落」と言うにはほど遠い、薄暗い平坦な通路が真っ直ぐに伸びているだけの、何とも奇妙な空間だった。


回転扉に入る前と同じく、わずかな明かりがリオンの進路を照らしているだけだった。

全然奈落じゃないじゃん……。

モノクロのソフィアの言っていることが確かならば、おそらくこの中のどこかにモノクロのトライブがいると思われる。だが、リオンにはその姿はおろか気配すら感じられなかった。


真っ直ぐな道を進むにつれ、嫌な予感がリオンに募る。

この先が本当に「奈落」なのかも知れないと。


リオンは一歩ずつ前に進むにつれ、足がしっかりと地面についていることを確かめた。


そして、行き止まりになった。

終わりじゃん、ここで。

ここまでずっと一直線で、特に分かれ道などはなかったはずだ。

騙されたと思って、リオンはドアへと戻ろうとした。


その時、床を踏みしめる足に、何か重力のようなものを感じた。

エレベーター!?

床が徐々に下に下がっていく。

リオンの目から見える通路の明かりが、上に消えていこうとしていた。

なるほど、これが奈落か……。

時間にして1分、高さにして50mほど落ちただろうか。

緑色のランプが照らす場所で、床は何事もなかったかのように止まった。


リオンは、ランプの真下に駆け寄った。

そして、壁に耳を当てる。

はあっ!

やっぱり、この階にいる。


でも、ソードマスターがどうしてこんなところにいるんだ……。

リオンは、ランプのある部屋の出口を探し、そこから外に出た。


すると、そこには人工の目映い光に照らされた、褐色の鉱山がそびえ立っていた。

な、何なんだ!

この眩しすぎる地下空間は!

ここは、あくまでも「オメガピース」の城の内部で、外からの天然の光が入っているわけではない。だが、鉱山を照らし続ける光は、まるで外の世界にいるかのように眩しく、別世界に来たと思えなくもない空間が、そこに広がっていた。



リオンは、鉱山の正面に立ち、左右を見渡した。

聞き覚えのある声が聞こえてくるのを待ちながら。



そして、数十秒でその声は聞こえた。

はあああっ!
あっちだ……!

リオンは、声のする方に駆け寄った。

鉱山の周りを取り囲む道を反時計回りに周り、カーブを二つ回ったところまでやって来ると、いよいよ人間の息遣いが聞こえてきた。


そして、リオンの目にモノクロの女剣士の姿が飛び込んできた。

何体ものモンスターに囲まれているようだ。

はあああっ!
トライブ!

トライブの姿を見つけたその時、鉱山の真上からスピーカーで通したような音が響き渡った。


その声を合図に、モンスターが鉱山の中に入っていく。

倒した敵の数、38。

ミッションクリアならず!

38……。


あと少しなのに……っ!

ど、どうしたんだよ、トライブ。

モノクロのトライブは、この声でようやくリオンに気付いた様子だ。

アルフェイオスを収め、リオンの前までやって来る。

剣のセクションで見ない兵士ね……。

どうしてここにいるの?

トライブに会おうと思って、自らここにやってきた。


俺の名は、リオン。トライブよりずっと前のソードマスターだ。

ほんの数時間前まで、モノクロではないトライブと一緒だったリオンは、どこか違和感を覚えながらもそう言った。


すると、モノクロのトライブはゆっくりと右手を差し出した。

よろしく、リオン。

見た感じ、とても心強そうな感じよ。

あぁ。


それにしても、トライブ。

どうして他の剣士たちと一緒じゃなくて、ここにいるんだ?

そうね……。

モノクロのトライブは、そこまで言って言葉を止め、首を小さく横に振った。


そして、思い出したくないような表情を浮かべて、リオンに言った。

あまりこう言いたくはないけど、みんなが裏切ったのよ。

オメガピースが、正義と平和を貫く場所だということに、みんな逆らった……。


そして、私だけが取り残された。

それって、世界中を我が物にしようという灰の神に、みんな従ったってことかな……。

そういうことよ。


私は、そんな邪悪な存在に、絶対に従いたくなかった。

セクションのみんなにも、団結を呼びかけた。


けれど、一人、また一人と離れていって、気が付けばみんな洗脳されてしまったのよ。

それはあんまりだ……。


それで、「異端者の奈落」に落とされたってことだろ。

えぇ……。


もう二度と上がってくるなと言われて、重いミッションを課せられて、私はこの場所で一人戦わなければならなくなったのよ。

リオンとモノクロのトライブの間に、これも人工的に作り出したと思われる冷たい風が吹き荒れ、時折リオンの髪を揺らしていく。


リオンは、一度うなずいてトライブに尋ねた。

でも、ミッションが終わればこの上に戻れるわけだろ。

戻れるって、ソフィアが言ってたわ。


勿論、私は戻ることを諦めてなんかない。

さすが、トライブ。


で、そのミッションというのは……。

鉱山に現れるモンスターを、10分で60体倒すこと。

1体10秒で倒さなきゃいけないのよ。


敵のレベルはまちまちだけど、今のところ最高で42体しか倒せていない。

そうか……。

38や42という数字が、このミッションのクリアにはあまりにも「遠い」数字だと、リオンはその時悟った。


モノクロのアッシュとのバトルでもそうだったが、わずか10秒間隔という短い時間で敵を倒し続けることがトライブの得意とする戦術ではなかった。

徐々にパワーを上げていき、相手が隙を見せたときに、出せる限りの力を解き放つ。それがトライブの戦術だった。


そしてその爆発的なパワーは、あまり長く続かない。



そう思ったリオンは、トライブに言った。

俺も手伝うよ。

二人で60体なら、難なくクリアできると思うよ。

ありがとう。

リオンがいてくると、心強いわ。

そう言うと、モノクロのトライブは小さなケースを取り出し、リオンの前に差し出した。

リオン。

もしミッションがクリアできたら、私は乗っ取られたオメガピースを、このアイテムで元通りにするつもりよ。

アイテム……?

「異端者の奈落」で、偶然見つけたのよ。

おそらく、この場所に落とされた数多くの兵士たちが、この場所で作り上げてきたと思われる、平和を願う秘宝だと思う。

なるほど……。


ふた、取ってもらえないかな……。

えぇ……。

モノクロのトライブは、ゆっくりとケースのふたを外した。


中から、天井の照明よりもはるかに眩しい光が放たれた。

その光の先には、クリスタルでできた長さ5センチほどの小さな剣が眠っていた。

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登場人物紹介

トライブ・ランスロット


25歳/17代目ソードマスター

男性の剣豪をも次々と圧倒する女剣士。軍事組織「オメガピース」では、女性初のソードマスター。相手が隙を見せたときに力を爆発させるパワーコントロールと、諦めを許さない熱いハートで強敵に立ち向かう。その強さに、「クィーン・オブ・ソード」と称されるほど。

ソフィア・エリクール


25歳

女剣士。トライブの最大の親友で、最大のライバル。ソードマスターになるため、実力で上回るトライブに常に対抗心を燃やす。富豪の令嬢で、クラシックをはじめとした音楽が好き。

リオン・フォクサー


21歳/9代目ソードマスター

地元ルーファスで自ら率いる自警団「青い旗の騎士団」で活躍し、「オメガピース」でもソードマスターの座をつかみ取る。力でグイグイ押していくパワー型の剣士。ソードマスターの時に謎の失踪を遂げた、とされているようだが……。

アリス・ガーデンス


15歳

「オメガピース」ではトライブのルームメイトで、銃使い兼魔術師。お菓子ばかり食べ、何かとお騒がせなことをやってしまうドジっ娘。

アッシュ・ミッドフィル


23歳/ライフルマスター

冷静な判断力と圧倒的な銃の腕を持つ、絶対の銃使い。自らの誤射で家族と家を失い、モンスターの潜む森で1年間生き抜いた過去を持つ。トライブが送られたパラレルワールドのシナリオを作った張本人。

オルティス・ガルスタ


年齢不詳/20代目ソードマスター

「悪魔の闇」を打ち破った者は願い事を叶えることができる。その言い伝えに身を投じ、世界の支配者になろうとする邪悪なソードマスター。パワーやスピードは歴代ソードマスターの中で最高レベル。

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