42 命尽きる瞬間
文字数 3,034文字
転送装置に乗ったトライブは、気が付くと先程いた空間と比べると異様に暗い一室にいた。
トライブの目の前には巨大なガラスがあり、その奥に祭壇の間が見えた。
祭壇の間は、リオンが「オメガピース」の城に転送されたときに立ち入った場所で、いまトライブはガラス越しにその部屋を見ている形になっていた。
トライブは、転送された場所を確認した後、その目でソフィアを探した。
だが、トライブが四方八方を見渡しても、一緒に転送装置に乗ったはずのソフィアの姿が見えない。
シナリオマスターは、ここでも神出鬼没だった。
そして、トライブが目線を元に戻した瞬間、祭壇の間に人の入る光景が見えた。
トライブは、思わずしゃがんで、入ってくる人物から逃れようとした。
だが、祭壇の間との間を隔てるガラスが床のすれすれまで覆っていて、トライブがしゃがんだところで、隠れられないことに変わりはなかった。
向こう側から見える覚悟で、トライブはそっと顔を上げた。
赤い髪をなびかせ、オルティスが祭壇の間の中心に進んでいた。
オルティスが、祭壇の間の中心に立ったまま動かない。
奥の方に見える椅子に座るわけでもなければ、刀の練習をするわけでもない。
そして、明らかに丸見えになっているトライブを睨み付けるわけでもなかった。
おそらく、この後祭壇の間で何かが起こる。その光景を、向こう側に気付かれることなく見せたい。
ソフィアがあえてこの場所に送った理由を、トライブはほぼ確信した。
そうこうしているうちに1分が経った。
その時、オルティスが体の向きを変えた。
壁になっていたはずの場所がゆっくりと開き、薄暗い祭壇の間に明るい光がこぼれ出た。
だが、その光から受ける雰囲気とは裏腹に、祭壇の間に入ってきたのは一人のいかつい男性と、その男性が持つ鎖にしっかりと繋がれた、トライブが最も見覚えのある姿の女性だった。
モノクロのトライブは、右手にアルフェイオスを持っているものの、手首を鎖に繋がれ、どうすることもできない。ただ、いかつい男性のなすがままに、オルティスの前に差し出されるだけだった。
やがて、モノクロのトライブがオルティスの前に立つと、オルティスが一歩、また一歩と近づき、刀二本分ほどの距離でその足を止める。
ガラスの向こう側にいるトライブは、ガラスに耳を当て、オルティスが話す言葉をはっきりと聞く姿勢になった。
そして、ついにオルティスの口が開いた。
モノクロのトライブは、やや強い口調でオルティスに言葉を返す。
だが、オルティスの表情が、それに全く動じていない様子だ。
簡単な話だ。
この物語の主人公は、もう一人のお前だ。
その、もう一人のお前は、灰の神が息の根を止めた。
だが、物語が終わらない。
終わらないどころか、続いている。
ならば、もう一人のトライブ、つまりお前自身をも同じ目に遭わなければならない。
ガラスの向こうで、トライブはそう叫ぼうとした。
だが、声が聞こえてしまうことを恐れ、小声で言うにとどまった。
その間にも、オルティスは刀を構え、モノクロのトライブにさらに近づく。
次の瞬間、オルティスがいかつい男性に、モノクロのトライブを繋いでいた鎖をほどかせるように支持し、その鎖が解かれるとすぐにモノクロのトライブを睨み付けた。
目と目が合った瞬間、オルティスの足が床を蹴った。
半円を描きながら迫ってくるオルティスの刀に、モノクロのトライブが素早くアルフェイオスを振りかざす。
だが、剣と刀が交わった瞬間にはもう、アルフェイオスがオルティスの勢いに飲まれ、徐々に引き戻されていた。モノクロのトライブが、オルティスの攻撃を防ごうと懸命に弾き返そうとするが、その隙を読むことができない。
次の瞬間、モノクロのトライブはアルフェイオスを軽く引き、その剣に一気にパワーを集めた。
モノクロのトライブは、上からアルフェイオスを振り下ろし、オルティスの刀を叩き落とそうとした。
だが、そのパワーも勢いよく振り上げられたオルティスの刀に止められてしまう。
その時、ガラス越しに戦闘を見るトライブは、思わず目を疑った。
戦闘開始から数十秒も経っていないにも関わらず、モノクロのトライブが肩で呼吸をしていたのだった。
トライブは思い知った。
それらが全て「オメガピース」の策略通りだったことを。
ボロボロになってまでミッションをクリアした女剣士に、突然現れた宿敵を倒す力は残されていないということを。
モノクロのトライブは、次々とオルティスに向けて攻撃を仕掛けるが、全く押す気配もなくオルティスの刀に止められてしまう。
そして、モノクロのトライブの手が、わずかに止まった。
オルティスが刀を激しく振り上げ、アルフェイオスをモノクロのトライブの手から引き離した。
そして、剣が床を叩きつける音も聞こえないうちに、今度はモノクロのトライブを真っ正面から斬りつけた。
もはや抵抗することすらできないほど、体力を消耗した女剣士は後ろによろめき、祭壇の間の床に背中から倒れた。
そこにすかさず、オルティスの右足が、モノクロのトライブを踏みつけた。首の下をギリリ、ギリリと締め付け、そのままオルティスが首目掛けて刀を――
声にもならない声で、ガラスの向こうからトライブは叫んだ。
モノクロのトライブが、呼吸を奪われたのは、その時だった。
トライブは、その場に崩れ落ちた。
床に両手をつき、下を向きながら涙をこぼした。
トライブは、そう言った瞬間、ほんの少しだけ首を上げ、現実を見た。
モノクロのトライブが、動くことを忘れた、ただの物になっている。
そしてオルティスが、半分に折れたリライト・ブレードを手にしている。
そこまで見て、トライブは目に溜まった涙を再び流すしかなかった。
トライブの流した涙が、戻ることはない。
起こってしまった惨劇も、同じように後戻りしなかった。
残ったのは、一人の女剣士の悔し涙だけだった。