第38話 唄え!内山田洋子と熱きクインテット ヴィクトリアマイルの大合唱(6)

文字数 2,260文字

『アーモンドアイ』は今年がラストランなんですよね。
珍しく惠が馬名を口にして、予想大会を切る。
「そうなんだよなぁ」
現役最後の年だと、グラス片手に優がしみじみ語る。
アーモンドアイはいわゆる『一口馬主』の『クラブ』に属する馬で、所属クラブの規定で牝馬は6歳3月末で引退するはずで、実質的に今年が最後の競走馬生活となる予定だ。
「残り少ないその凜々しさに逢えればいい、それだけかな」
しみじみ語る鞍さんに『無事に走ってナンボだよね』とヒロコもワイングラスを揺らして同意する。
「サウンドキアラは?人馬とも充実一途ですよ」
最近は連勝中で昇龍のような満々たる立ち振る舞いは胸が昂るとは果凛だ。
「阪神牝馬ステークスでは馬券のお世話になりましたしねぇ」
「優がちゃんとネット投票で買えていればね」
鞍さんと果凛の掛け合いに住民たちは大爆笑だ。
『何かあったの?』のヒロコに『的中馬券を買い間違えたんだよ』と冴。 
優が渋い顔で皆から背を向けたのは、『青カビ』系スティルトンの味だけはないだろう。
「ダノンファンタジーは何とかならんものだろうか…」
「…2歳から3歳春の連戦連勝の印象が強すぎるのか、悪くはないと思うのだけどねぇ」
ヒロコはワインを一飲みすると、パスタアラビアータと結構合うねえと二飲み目となる。
冴に相変わらずウチヤマダヒロコの姓に似た厩舎が好きだねぇと腕をつつかれる。
「当たり前じゃん、名前が似てるんだから」
『そういう語呂合わせみたいな予想かよ、ヒロコ』とラムチョップを頬張る果凛はコミカルだ。
『それは言わないでよ』と身体をくねらせて反駁するヒロコがこの場に溶け込んでいた。
「まぁ、それなりに前目で競馬出来て、能力などを鑑みると、この3頭かなと思いますが…」
僕も忘れないで優がパスタアラビアータと共に口を挟む。
「個人的はアーモンドアイ対ダノンファンタジーかな」
ヒロコが楽しみながらラムチョップの骨をかじる。
「先週は、終わってみれば外人ジョッキーだよね」
ワインを口に含む果凛が外国人騎手は必要時には結果を出すと推奨した。
「アーモンドアイは、昨年、香港を回避して出走した有馬記念でねぇ…」
結果は芳しくなかったよねと不安を煽るようにツインテールを左右に振りながら皆の顔を見回した。
「それなら、ラヴズオンリーユーはどうよ」
馬名を挙げる果凛に冴が待ったと手を上げる。
「ラヴズオンリーユーも、久々の1600m戦に不安が残るんじゃない」
冴が引っ込めた手でカットされたタレッジョを掴むと口に放り込む。
品がない食べ方だねぇと果凛の目線が鋭くなる。
「どちらもドバイ帰りでさ…」
果凛がレースをせずに、ただ行って帰って来ただけの二頭の無念を残念がる。
「全幅の信頼を置けなくて、どちらも半信半疑なら、人気が薄い方でいいんじゃないの」
そういう考えもあるよと果凛もラムチョップとワインの組み合わせはイケると鞍さんにマリアージュを評した。
ワインは徐々にまろやかさを増し、心地良さを醸し出す。
「ノームコアは怖いですよね」
惠が口にすると、それはあるねと優も頷く。
「そうねぇ、先行馬有利の予想をした時に限って、去年の二の舞になってハイペースの差し馬だったよね、とかならないのかなぁ。まあ、このレースはリピーターさんが来るし」
悩める鞍さんがスティルトンを味わいながら悩ましい顔だ。
「鞍さんのいうリピーターなら、やっぱり昨年Vのノームコアじゃないですか」
再び力説しながらダージリンの甘みと渋みを惠は味わう。
「前走高松宮記念は距離不足で、マイル戦は三戦三勝だよね」
データ担当の優がパスタアラビアータを賞味する。
「なら、昨年2着のプリモシーンも怖い一頭じゃない。短期免許ジョッキーの神騎乗はあるかもよ」
グラスを掲げる冴が昨年の有馬記念をイメージし、お引き立てのレーンを薦める。
「で、鞍さんはどうするの?」
ラムチョップとワインの組み合わせを堪能していた鞍さんが問いかけをよく聞いていなかったと平謝りを見せる。
咀嚼の後、気を取り直す。
「アーモンドアイとサウンドキアラの馬連一点1万円」
食べることに気を回していた割には鋭い結論だ。
「ヒロちゃんやみんなが選んでくれた馬も気になるけど…」
「…3連単や3連複も面白そうだけど」
女神のような満面の笑みから出ずる台詞は『ここは1点勝負』というご神託だ。
「馬単は?」
ヒロコが念の為、訊く。
「果凛ちゃんの言う通り、有馬記念のようなことも頭の片隅に起きたいわね。1点勝負なら馬連でいいでしょう」
ヒロコと住民たちも鞍さんの台詞に叩首する。
皆が同意したのを見守ると、ワイングラスを傾けた。
『気持ち良くなっちゃった』という鞍さんはエプロンのポケットからヘアゴムを取り出す。
栗色の長い髪を高めの位置で『おたまじゃくし』を作る。
『私、手伝います』と惠がコームを手にして鞍さんへと寄る。
惠が協力しながら、左右両端の毛先を引っ張り、毛先をねじりながら巻き付け、後ろの結び目をシニヨンの毛束で隠すと『お団子ヘア』の完成だ。
鞍さんと一緒にお風呂に入った時以来、うなじに優は見惚れていた。
見過ぎるな、怒られるぞと優の背中を惠が叩くと、ラムチョップを噴き出しそうになる。
目線を惠に合わせようとすると、ふて腐れるように切られた。
「今年の新人さんは面白いねぇ」
ヒロコは前途を祝して乾杯するように新住民二人へグラスを向けると、大笑いを響かせた。
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