第23話 源氏とキセキの物語、天皇賞春は王様の命令!?(7)

文字数 2,535文字

さて、今度は明日の天皇賞の予想大会が始まる。
「優くん、キセキね」
「はい、大逃走を狙ってみたいです」
鞍さんは優の意図を口にすると、狙いに胸を叩く。
逃げて、あのアーモンドアイに食い下がってレコード決着となったジャパンカップの競馬を再現なら、という。
『それよ。その通り』と果凛がフォークを振りながら立ち上がる。
冴もピザがのる取り皿片手に立ち上がって、平気なのかと問い始める。
阪神大賞典で大きく出遅れ、道中無理をして先団にとりつくも、最後は息切れしてしまったキセキ。
『まともに走っていたら楽勝まであったのでは?』と思わせる内容だったのは分かる。
鞍上がスタートのうまいレジェンド騎手なら期待も膨らむよね。
『平成の盾男』が、令和初の春の天皇賞も勝ってしまえば、実に絵になる話だしね。
「だけど…大丈夫かなぁ…」
そういう冴が優に心配そうな目線を一瞥する。
「そうね、冴さんの懸念は分かるわねぇ」
パルジャミーノを味わう鞍さんの冴への同意が意外だと、優が息を飲み、顔を強張らせる。
ピザを口にした果凛は今にでも姉に噛み付きそうだ。
「優くんがイングランディーレから紐解く競馬が『記憶のスポーツ』なら、2012年のオルフェーヴルはどうなるのかしら」
鞍さんがロゼワインを飲み干すと、優に新たな過去を呈しつつ、続ける。
オルフェーヴルの阪神大賞典、3コーナー手前で謎の失速についてだという。
『すわ故障発生か?』と場内をどよめかせたが、馬群の大外から突然加速して。
結果2着まで押し上げ、『オルフェーヴル、負けて強し』と印象付けた件だ。
その後は本番である春の天皇賞では、後方のまま11着と惨敗した。
競馬実況で、14番人気ビートブラックが1着でゴール番を駆け抜けたあと『これが競馬だ!』と絶叫したのが耳に残って、まさに、あれが競馬だと。
キセキとオルフェーヴル、天皇賞へ出走する雰囲気が似ているという。
「オルフェーヴルは、阪神大賞典の後、天皇賞までの調整過程が難しかったらしいですね」
そう言う鞍さんの過去の振り返りを耳にした冴が懸念を述べる。
「キセキも、ゲート再審査を受けるなど、調整過程がイレギュラーになっているんじゃないのかなぁ」
鞍さんが顎に手を当てて悩む。
「歴史はどちらの繰り返しになるのでしょうかねぇ」
「私はどうかなぁと思うけど。キセキ…」
『…リスクがあるよね』と冴が怖い顔して疑問を投じ、続ける。
「仮に、キセキを応援するなら、逃げるんじゃなくて2、3番手に控えての競馬の方がいいかな」
鞍さんの希望的な展開予測に『それはあるかも』の住民たちだ。

「春の天皇賞は、リピーターが活躍するレースだよね」
ワイングラスを呷る果凛が口を切ると、優も確かにと同意する。
2013年・2014年はフェノーメノ、2016年・2017年はキタサンブラックが連覇、
カレンミロティックは2015年3着・2016年2着、シュヴァルグランは2017年・2018年ともに2着だと、彼女は披歴した。
「京都芝3200mで施行されるレースが年一回の天皇賞のみよね。コース・距離適性が極端に問われるんですかねぇ」
鞍さんも同じ意を述べる。
冴は常連ならばと、馬名を切り出す。
「フィエールマンじゃないの?昨年の覇者だしさ」
優は3歳時には京都3000mの菊花賞も勝っているし、京都3000m以上のレースは2戦2勝と実績を披瀝する。
「有馬記念以来というローテーションは気になるけど、この馬は休養明けを苦にしない馬だよね」
冴が菊花賞を休み明けで勝ったと一押しだ。
『外枠はどうなんでしょうか』と惠がグラスをテーブルに置くと、恐る恐る訊く。
「昨年は13頭立ての10番から1着、14頭立ての14番でも,偶数枠なら気にせず応援する」
そう答える冴が『長距離だから影響ないんじゃない』と澄まし顔だ。
「外国人No1騎手が上手にエスコートしてくれるのかな」
再びグラスを手にする惠の期待にルメール好きの冴が『その通り』と見立てを同じにする。

「他はユーキャンスマイルですかね」
ワイングラスを揺する鞍さんが阪神大賞典の勝ち馬を挙げる。
ベテラン騎手が続けて乗るなら本命だったかもとのことだ。
「先週の落馬事故での乗り替わるは痛いよね」
ロゼワインを喉に滑らせる果凛の嘆きに鞍さんも過去を振り返る。
2018年の春の天皇賞で、レインボーラインを御して制したベテラン騎手渾身のイン強襲は鮮やかだったのを想い起こす。
「乗り難しいユーキャンスマイルを巧みに操ることができれば、フィエールマンを逆転できるかも」
期待する果凛に鞍さんも応える。
「フィエールマンの後ろにつけて、直線ではフィエールマンの内に潜り込めれば、勝機があるかもですね」

「後は、阪神大賞典2,3着のトーセンカンビーナ、メイショウテンゲン、日経賞2着のモズベッロくらいかな」
優が三頭の名を挙げ、パルジャミーノを囓る優がメイショウテンゲンに、今年好調の松山騎手が続けて乗るなら面白かったのではと残念がる。
「トーセンカンビーナは、こちらは道中後方に構えて、一発カマスつもりで追い込みだったら面白いかも」
初の58㎏をクリアして欲しいと、冴が穴として推奨する。
「モズベッロは、頑張って欲しいけどちょっと様子を見かな」
鞍さんは惜しい気持ちを表した。
「京都の相性が良さげで,前残りの可能性もある去勢明けのダンビュライトの一発は」
そう言いながらパスタを啜る果凛に冴がピザを噛みながら、応答する
「去勢明けは厳しいよ。ただ、配当もおいしそうだし,3着なら期待かな」
「鞍さん、どうするのですか?」
惠が『結構難しいです』と救いを求めた。
鞍さんに目線が集まる。
「フィエールマンとキセキで行きますか」
まずは馬連で1万円という。
後はフィエールマンとキセキそれぞれを1・2着固定で、3着をユーキャンスマイル、トーセンカンビーナ、ダンビュライトで、各1,000円とのことだ。
さて、キセキのゲート、スタートの結果を含めてレースはどうなるのか。
長距離戦で、さまざまな展開を想像する住民たちは期待と不安を交わしていた。
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