第30話 ロミオとジュリエット!?NHKマイルカップの恋模様(5)

文字数 2,672文字

「因みにこのレースのラップは12.1-10.4-10.9-11.4-11.5-11.5-11.6-12.0 の今でもレースレコードです」
「なるほど、前半は阪神ジュベナイル以上の流れか」
「今回のイメージは今、観て頂いたダノンシャンティの時です」
ラップを語る優が冴と一緒に『なるほど』と首を縦に振る。
ハイペースの差し馬台頭、二人のレース展開イメージだ。
『そうじゃないだろう』と言いたげな果凛は『ふん』と鼻息を吹くと、乱暴にクリームパスタを頬張り、無理矢理に赤ワインで胃の腑へ流し込む。
「良馬場府中でのハイペースなら、差し馬台頭でいいんですか?」
競馬初心者の惠がカップに口付けして、上目遣いで優に問う。
優がいいんじゃないかと目配せすると、惠が馬名を挙げ始める。
「タイセイビジョン、府中のレコードホルダーです。前走も内に切れ込んだ時の差し脚は鋭かったですよね」
「ルフトシュトロームはどうよ。マイル三戦三勝でタイムの詰め方が1:37:3→1:34:8→1:33:0だよ! ニュージーランドトロフィーを勝ってだよ。怖いわね」
スティルトンを刺したフォーク片手に冴がお気に入りのルフトシュトロームを推す。
「怖いと言えば、ウイングレイテストじゃないですか。前走の中山はルフトシュトローム3着でしたが大外からの差しは見所ありです。広くて直線の長い東京コースなら末脚爆発期待じゃないですか」
優が鼻息を荒くして力説する。
「どうかな? 開幕三週目の府中じゃあ。まだ、前が止まんないじゃないの?」
黙してた果凛が怒りを爆発させるように自慢のツインテールを振り揺らす。
そして、ティーカップを片手の惠に騙されちゃダメだからと耳元で囁く。
「レシステンシアへ鈴付けにいく馬がいると思う?」
ピザを頬張る優の顔をフォークの先を向け指す。
「前が止まらないなら、レシステンシアの番手かその直後で競馬したいに決まってんじゃん」
グラスに口を付ける冴の顔にもフォークの先で指さす。
冴は微動だにせず、銀色の食器の先、果凛を見詰める。
「果凛はさぁ、あれだけ先行馬が揃っているのにハイペースにならないと?」
自分だってあれだけ先行馬の名前を挙げたよねと冴が腕組みして斜めの目線を投げる。
「冴姉ぇ、レシステンシアはG1馬。『テレビ馬』じゃないよ。能力のある逃げ馬に玉砕覚悟でハナを叩く馬がいるのかってコト」
何が何でも先頭というタイプでもないよ、とも加える。
果凛は両腕を腰に当て胸を突き出すと、冴が奥歯に力を込めて歯軋りだ。
珍しく姉妹の間に流れる無言。
「レシステンシア自身がハイペースを刻むんじゃないですかね。十年前のレースのように」
モンドールを皿に乗せる優が過去の映像から語る。
「エーシンダックマン?だったけ。G1馬じゃないだろ。レシステンシアとは違うじゃん」
果凛は十年前の映像が参考にならないと、優に向けた人差し指を『否定』の意味で左右に動かし、睨む。
「第一さ、レシステンシアの騎手が自滅の競馬をするのかよ…」
「…肉を切らせて骨を断つ、ある程度のペースアップは考えているかも知れないけど」
果凛が冴と目線を交わし続ける。
いつもは笑声で満たされる予想会のリビング。
今日は午後の京都新聞杯といい、今のNHKマイルカップといい、感情を前に押した予想が続く。
言い争う姉妹対決に加わる優も緊張の面持ちで対峙する。
本当は誰もが和やかになる切っ掛けを模索するがごとく、口を噤む。
「鞍さん、あの三人、大丈夫ですか?」
惠が怖がるように鞍さんの腕に抱きつく。
鞍さんはうーんと唸りながら何か考えているようだ。
「サトノインプレッサはどうかな」
満面の笑みで馬名を披歴する。
鞍さんから諭されたとばかりに冴と果凛が目線を逸らし合う。
優はほっとしながら、いいじゃないですかと同意する。
「サトノインプレッサは毎日杯からレジェンド騎手よね」と鞍さん。
「人気ですけど、三戦三勝ですしね」
惠も戦績から合意する。
「結果を出しているのは道悪での競馬だよね。良馬場のスピード勝負になった時にどうか、と思うけど」
果凛が右手の手のひらを上下に煽り、今回大丈夫なのかと杞憂する。
「父ディープインパクトに母サプレザなら杞憂に終わるんじゃないですか」
優が目を細めて果凛を諭そうとする。
サプレザといえば、2009年から2011年までマイルチャンピオンシップに参戦して、3着、4着、3着と善戦していて、日本の馬場が合わないことはないでしょうと補足する。
「『インプレッサ』といえば車の名前。「サトノ+車名」馬のGI制覇はどうかな」
赤ワインを味わう鞍さんが宝塚記念を勝ったサトノクラウンがいるのよねぇと惠に説明する。
その方向の予想で来たかという感じで、住民たちは仕方がないなという笑みを浮かべる。
「後ね、プリンスリターンもどうかなって」
プリンスリターンを応援したいという。
「朝日フューチュリティ5着、シンザン記念2着、アーリントンカップ3着ですね」
勝ちきれないまでも善戦は続けていると優が補足し、続ける。
「父ストロングリターンは、安田記念の勝ち馬ですね。府中のマイルは待ちに待った舞台かもしれませんね」
そうでしょと鞍さんが目元を下げると優は何だか褒められた気がして、恥ずかしくなる。
冴と果凛が顔を見合わせると、仲の良い姉妹の雰囲気が戻る。
鞍さんが騎手を語る時は、ご贔屓のジョッキーに固執し意見を聞きづらくなるのを冴と果凛が懸念していた。
「それで鞍さん、どうするんですか?」
結論は分かっているような冴が肩肘の力を抜いて聞く。
「サトノインプレッサとプリンスリターン」
差し馬と先行馬、これならみんなケンカしないでしょ、という。
「それと、レシステンシアは仕方ないかな」
レシステンシアからサトノインプレッサとプリンスリターンの馬連が各4千円。
サトノインプレッサとプリンスリターンの馬連が2千円の合計1万円だ。
「鞍さんらしいですねぇ」
惠が感を述べ抱きつく。
「鞍さん、ラインベックとラウダシオンは?」
『ラインベックは前走の皐月賞を除けば先行して堅実だし、ラウダシオンは良馬場で巻き返し期待』だと薦める果凛も鞍さんの腕に抱きつく。
鞍さんは『悩むけど』と言って、『明日考える』と続けた。
多分、予想大会の場の雰囲気を考えるので精一杯なのだろう。
「皆さん、仲良く、しましょうね」
鞍さんは女神のような優しさをリビング一杯に振りまいた。
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