第24話 源氏とキセキの物語、天皇賞春は王様の命令!?(8)

文字数 1,888文字

「うわ、天才美少女降臨!」
惠は嬉々としてソファーから身を乗り出す。
日曜日の5月3日午後、85インチ8K液晶テレビは惠のいう『天才美少女』を映していた。
L字ソファーには窓側短辺には果凛、テレビが正面の長辺には冴と惠、鞍さん。
ソファーの右、オットマンには優が座る。
オークストライアルのスイートピーステークス。
惠が『天才美少女降臨』と喚く二分間の物語だ。
スタートから『天才美少女』は道中後方を5番手で追走していた。
その位置で大丈夫かという位置となる。
ここでは役者が違うと、直線では大外だ。
息の長い脚を真っ直ぐに駆る、府中の広くて丈長な直線を目一杯使う。
『頑張れーっ!」と鞍さんの応援が飛ぶ。
その応援を受け、200の標識付近で様相が一変、今度は一気に先頭に躍り出る。
特にゴール前、絶妙な切れ味を披露する。
息の長い脚と切れ味、最後の直線で2種類の脚質は手品のようだ。
なるほど、『天才美少女』として惠が一目惚れするのも分かる。
可愛らしくも精悍な顔、青鹿毛、漆黒の毛並みのグラマラスでバランスの良い身体の天才美少女が府中に降臨した。
天才美少女の名はデゼル。
デアリングタクトと一体、どのような追い比べを魅せるのか。
これはオークスが楽しくなった。
青葉賞のオーソリティといい新星が現れるのは小気味が良い。
優もオークスで差し馬の有力台頭を迎え、胸を躍らせていた。
「レシステンシアはNHKマイルカップに向かうみたいだし…」
「…オークスは先行馬手薄ですねぇ。果凛さん」
「ふらいんぐ・くろすちょっぷ!!」
オットマンの優が床へと叩き付けられる。
「『レシスたん』を馬鹿にすんじゃねぇ!』
プロレスの華麗な空中殺方を披露して、上手にジャンプを終えた果凛は腕を交差させたままで、啖呵を切る。
前へ行く馬が好きな果凛がファンであるレシステンシアが陰口を言われ、オークスでも自身が好みな先行馬を軽くあしらったと、お冠だ。
また始まったと、鞍さんも止めに入らず、嘆息を吐くのみだ。

「鞍さんどうかしましたか?」
惠がスマホ片手で顔を顰める鞍さんに声をかける。
住民たちの視線が鞍さんに『何ごとか』と集中した。
「何なのですかねぇ」
怪訝そうにスマホを見せると、ネット投票に『エラー画面』が表示される。
また、鞍さんは馬券を購入しようとしてスマホのトラブルだ。
「ちょっと、鞍さん。やばくないですか」
「照会メニュー確認してくださいよ」
果凛と冴が大声を響かす。
馬券がちゃんと買えているかチェックして、と。
惠も優も目を見開いたまま、『何ごとか』と固まっている。
優は買い間違えの件が影響しているのか、反応が鈍い。
『ちっ、使えない奴ら』と焦る冴は心の中で『またかよ』と愚痴る。
この前の皐月賞に引き続いたネット投票のトラブルだ。
鞍さんにはこれがある。
ぼんやりしているというか、何というか、ドジっ娘の面があるのだ。
テレビ画面は天皇賞出走馬の輪乗り運動だ、もう時間の残りが少ない。
「ほら、早く」
煽られて、確認しようと操作したスマホはブラックアウトして、最起動となる。
「冴姉ぇ、時間ないよ」
「仕方ないなぁ」
冴は『今日は忘れなかった』というスマホを取り出し、必死の形相でネット投票にログインする
「フィエールマンとキセキの馬連1万円だよね」
鞍さんの予想に半分の金額を賭けていたから、追加だ。
「後は3連単をフィエールマンとキセキのそれぞれ1・2着固定で、3着をユーキャンスマイル、トーセンカンビーナ、ダンビュライトで。間に合わないかも知れないねぇ…」
『ごめんね、冴さん』と鞍さんは両手を合わせて拝む。
『別に良いですよ』と達観した冴が嬉しそうに焦っていた。
何年一緒に暮しているんですか…。
そう親しみ合う仲を新入居者である惠と優が羨ましく眺めていた。
『まあ、仕方ないよね。たまにはあるよね。』と果凛も優しい。
優だったらプロレス技が飛んでくるだろう。
こういう関係が築けると良いなぁと新人二人はそう思っていた。

『レースは三秒で終わるかも』
果凛はキセキを馬券のメインに据えた時から覚悟していた。
時計は三分を超える国内最長距離G1だ。
大外枠のフィエールマンが枠を揶揄された記事もあったが、この長距離ならそんなに気にしなくてもいいのは分かる。
むしろ、キセキのスタートが焦点という感じだ。
日曜日の曇りがかかる陽光がリビングの動かない五人を包む。
短距離戦のようにスタートを食い入るようにテレビ画面を見る春の天皇賞、優は始めてかも知れない。
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