第27話 ロミオとジュリエット!?NHKマイルカップの恋模様(2)(挿絵あり)

文字数 2,956文字

「で、なんの授業だったの」
姉の冴が夕食時に果凛のネット授業の苦労話を面白可笑しく聞いていた。
「国語で戯曲。シェイクスピア」
「へぇ、珍しいですねぇ。戯曲なんて」
惠が関心ありげに果凛を覗き込みながら、話に加わる。
優が劇とか好きなのかと惠に問うと『そうだよ』と同意を得る。
オタクな惠らしいと納得した。
「で、演目は?」
そう問うた冴が咀嚼を始めた。
「ロミオとジュユリエット」
『おお』
答えた果凛に女子三人の歓心が集中した。
敵対する名家同士の間で恋に落ちたロミオとジュリエット。
世界中で長く愛される、美しく悲劇の名作だ。
「ロミオとジュユリエットかぁ。盲目の恋もいいわねぇ」
惠が恋に恋する乙女の如く、目尻を下げ、うっとりとした表情を見せる。
「じゃあ、劇やりますか」
『前夜祭です』と言う鞍さんが住民たちに笑みを向け、両手を叩く。
『えっ』
声掛けされた四人が即座に振り向く。
「明日、金曜夜の予想大会の前日にロミオとジュユリエットをやりますか」
度々、鞍さんは住人を巻き込んで劇を上演しているとのことだ。
鞍さんの提案に冴と果凛がまた始まったかと、左右に目線を逸らす。
劇は必ずしも住民に歓迎されている訳ではないらしい。
『この劇はNHKマイルカップに関連がありますので』と言う鞍さんは『参加してくださいね』と念を押す。
『NHKマイルカップの関連って、何だそりゃ?』と訝しがる住民たちの意向を無視し、鞍さんが嬉しそうに宣する。
配役は『優がロミオで、ジュリエットは惠、冴が恋敵のパリス伯爵、果凛がジュリエットの乳母」だという。
「でも、劇なんか僕やったことがないですよ」
青い顔の優に鞍さんが『私が黒子になってセリフのボードを持ってフォローします』と力強く宣言した。
横目で見ると、ボーイッシュの惠には珍しい乙女の表情だ。
惠の嬉しそうな顔を見ると、優も何となく楽しくなるような気がした。

夕食一時間後のリビング、住民たちは、鞍さんから配られた台本を食い入るように見ていた。
『これは、大変だ』と優は恐れおののく。
「あたりまぇじゃん。明日の夜までに台本読み込むんだよ」
「果凛と同じように頑張らないとね。しかし、何時も思いつきだから、本当にドタバタでさ」
妹の果凛と姉の冴が文句を言いつつも真顔で本を読み、話を続ける。
「冴姉ぇさぁ、劇が競馬の結果に影響するんだよな。不思議と」
「そうなんだよねぇ。だから何か馬券のヒントがないか必死コイちゃうんだよねぇ」
シェアハウスでの『演劇会』は不思議な力を持つらしい。
姉妹の真剣な顔つきが優には可笑しかった。

シェイクスピアの名作、ロミオとジュユリエット。
物語は十四世紀、北イタリアはヴェローナ、エスカラス侯が統べる麗しき古都が舞台。
この街にふたつの名門、キャピュレット家とモンタギュー家は永きに渡る敵同士。
男達も使用人達もいがみ合い、血の争いが絶え間なく続き、街は二分されていた。
その永い遺恨に終止符を打ったのが、仇敵の家に生まれた不幸なロミオとジュユリエット。
若い恋人達の痛ましい死を持って、両家が平静さを迎え入れるまでのストーリーである。
今回の劇はその冒頭、ロミオとジュユリエットの出会いの場面だ。

「じゃあ、前夜祭始めます」
5月8日金曜の夕食後、テーブルやソファーを退かし、キッチン含めて約三十畳、広々としたリビングとダイニングは照明を落とすと薄暗い。
鞍さんは真っ黒な頭巾・着物・腹掛・股引・帯・手甲を帯び、本格的な黒衣姿が劇の開始を知らせる。
リビング入口の引き戸にある幕間から、床までのスカートとなる白いコタルディ姿の乳母役である果凛が、『一番気合いの入っているはやっぱり鞍さんじゃん』と口を尖らす。
黒い詰め襟学生服に似たプールポワンを着るパリス伯爵役の冴が、白いズボンを摩りながら『本当だよね』と溜息交じりに同意する。
黒髪を纏めた男装の麗人が肩パットを竦めてみせる。
優は『何でこんな衣装がシェアハウスにあるの?』と不思議がるも、冴さんの『鞍さんのシェアハウスだから』が、結論らしい。
「演目はロミオとジュリエット、『第一幕 出会い』です、どうぞ」
鞍さんの開幕宣言が宣言がシェアハウス一杯に拡がる。
ダイニング中央が照らされると深紅のローブ姿の惠が浮かび上がる、ジュリエットだ。

ジュリエットはローブの前に入る大きなスリットを閃かしながら、歩む。
金色の刺繍ブレードを額に巻き、後ろで一つに纏めた髪が揺れる。
幕間からパリス伯爵が笑みを浮かべながら、ジュリエットに近づく。
花開くつぼみの前の少女の手が握られる。
パリス伯が腰に手を回しダンスが始まる。
ダンスはぎこちなくも、ステップは誠実で、必死だった。
ジュリエットふと踊りの外を見る。
一人の青年の目が囚われる。
僕を見てと。
思わず手に力が入り、パリスが呼応する。
「楽になりたいわ」
ジュリエットが身体をすっと離すと、ふわりと後ざすりし、手も逃げる。
一部始終を見ていたロミオがジュリエットに近づく。
「あなたは?」
彼女の手を取ろうとした、瞬間、一人の男が照らされる。
白いプールポワンにズボンで佇む優、ロミオだ。
ロミオに気付くジュリエット。
二人の目が合う。
ジュリエットは息を止め、真剣な眼差しでロミオを絡めようとする。
パリス伯爵が声を掛けようとした時、ジュユリエットは部屋の奥へ逃げる。
ロミオを誘うように。
ロミオはジュリエットを逃すまいと追う。
部屋の暗がりの奥、誰も見られない、その場所。
「巡礼者様」
そう、ジュリエットがロミオを呼ぶ。
ロミオを『巡礼者』とジュリエットを『聖者』と呼ぶ二人が出会う名場面だ。
ロミオがジュリエットを捕まえようとして、手にそっと触れる。
「手に触れてしまって。聖者様の手が汚れるならお咎めを」
「そんな、聖者様だなんて」
ロミオは聖者様と呼んだジュリエットの手のひらを合わせ、指を指の間に這わせる。
ジュリエットは耳朶を真っ赤にし、紅潮させた頬をロミオの目線から逃した。



「巡礼者様、聖者は動けません、祈りを許すことが出来ても」
「では、動かないでくださいますか。僕の祈りを届けますので」
ロミオはジュリエットを軽く引き寄せ、あごに手を添える。
目と目で語る優と恵。
このまま祈りを捧げ続けていいのだろうか、ロミオは煩悶する。
このまま祈りを受け入れていいのだろうか、ジュリエットは煩悶する。
優は躊躇する。
惠の足が竦む。
ロミオが瞼を閉じて降りてくると、ジュリエットは覚悟を決めて同じように瞼を閉じて、彼を待つ。
「お嬢様、どちらにおいでに?」
ツインテールの乳母がジュリエットの顔を覗き込む。
「どうかされましたか」
果凛がニヤニヤしながら惠をみる。
はたと気付いた惠が恥ずかしそうに優から距離を置く。
惠は『私、何やっているんだろう』と両手を頬に当て、二度三度左右に顔を振る。
「恵ちゃんも優くんもよかったですよ」
頭巾から笑顔を見せる鞍さんが拍手する。
優も恵もはにかんで、床を見る。
「もう少しだったね。本気だったかな」
「知りません」
膨れた惠に睨まれた果凛が『怖い怖い』と笑う。
「まあ、楽しかったよ」
そう言う冴に優と惠は抱かれると、二人とも心臓を再び速くした。
『劇がNHKマイルカップにどう関係するんだ?』と優は訝しがる。
このロミオとジュリエットに関係した競馬が待ち構えているのは、優はまだ知らない。
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