第15話 惠登場!優とコントレイル&サリオスの大事件!?(8)

文字数 1,725文字

2020年4月19日曜日午後、リビングの壁掛け時計の長針と短針は『3』を過ぎようとしていた。
「そろそろ、パドックだから惠は落ち着いてよ。サリオスとはコントレイル、観たいだろ」
お茶は僕がリビングまで持っていくからという優に謝辞を述べる。
惠は紅茶を淹れながら、ティーポットとカップが日本製の純白シェールブランで、紅茶が英国王室御用達ブランドの『謎の』ダージリン、鞍さんの趣味を褒め称える。
『謎の』ダージリンとはヒマラヤ山麓の最高級ダージリンという以外は企業秘密の紅茶だ。
鞍さんが『惠ちゃんは紅茶オタクよね』と意外性を褒め称えられた彼女も満更ではなさそうだ。
「うん、ありがと」
惠は優に礼をいいながらエプロンを外し、テレビのあるリビングへ足を速くする。
テレビ画面は観客がいないパドックを周回するサラブレッドの隊列を映している。
1枠1番コントレイル、黒光りする馬体をゆっくりと揺らしている。
5番サトノフラッグが忙しそうに白いシャドーロールを震わせる。
7番サリオスが二人引きで雄大な栗色の馬体を揺らす。
12番マイラプソディは歩様が元気一杯だ。
17番ヴェルトライゼンデ細身の体だが歩みはしっかりと踏み込む。
さすがG1、どの馬も良いデキに見える。
惠はコントレイルとサリオスに見入っているようだ。
特にサリオスは尻尾をフリフリしているところが可愛いという惠の弁だ。
ティーカップを配り得ると優もエプロンを脱ぎ、ソファーの右にあるオットマンに腰を落ち着ける。

「あら、ログインできないですねぇ」
鞍さんが不思議そうな声を出す。
パドックを確認してスマホでネット投票をしようとした矢先だ。
「ちょっといいですか。失礼」
優は鞍さんのスマホを手にして確認し始める。
『大丈夫かよ』と果凛が心配する。
優は先週の桜花賞、スマホのネット投票で馬券の買い間違いを起こしていた。
『只今の時間帯は投票のお申し込みを受け付けておりません』との表示だ。
惠は何ごとかと狼狽えている。
「ログインの不調ですかね。スマホキャッシュを確認します」
そう言う優に『間に合わないじゃん』と果凛は縋る声音で姉を呼ぶ『冴姉…』
こうなったら、冴のスマホでネット投票だ。
呼ばれた冴は顔の前で両手を合わせて『ゴメン、仕事場にスマホ忘れた』と謝った。
『ええっ!!』
住民一同、驚きをリビングに響かせる、一体馬券はどうなるのかと。
これが優なら、果凛はプロレス技を披露しているだろう。
優の手の中で鞍さんのスマホは苦戦中だ。
焦る鞍さんは果凛にスマホを貸してと願う。
「ヒロコちゃんかユキノちゃんに連絡してみます」
急ぎ、鞍さんは近所に住む競馬仲間の名を挙げ、代わりに馬券を買って貰うお願いをする。
だが、何度も電話を掛けるも『出ない…』、間に合うのか。
『ヒロコは酒屋だし、ユキノさんは喫茶店だよね』と果凛、『このご時世でも日曜午後で客商売、配達や出前も対応すると、無理なんじゃ…』とも泣きが入る。
『一応、スマホのトークで二人には理由と買い目は入れた』とのことだ。
果凛のスマホは誰からの返信がないまま、時が流れる。
締め切り時間を迎えると鞍さんは覚悟を決めて、徐に立ち上がる。
「それじゃあ、競馬を楽しみましょ」
シェアハウスの女神がそう宣言するとリビングに明るさが蘇る。
冴の『大丈夫?』の念押しに『命まで取られませんよ』とのことだ。

時が一分、二分と流れていく、レースに近づくにつれて住人たちはもの静かにTV画面と対峙する。
ゲート付近で馬を落ち着かせる輪乗りを見ると、観戦する側が焦燥を覚えるのは何故だろうかと優は思う。
『結局、馬券は鞍さんの友人に頼んでいたようだが』と慮る優は、『結局、買えたんだろうか』と憂慮する。
「もう、締め切りは過ぎましたしね」
意を決した鞍さんは飄々としていて、普段と変わらない。
冴も果凛も達観して普通に見える。
動揺を抑えようと冷静さを前面に出したのか、開き直って落ち着いたのかは分からなかった。
ただ、少し無理しているような三人を見ると、優は湧き出る笑いを我慢する。
テレビ画面はスターターが車へと歩く画面を映していた。
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