第50話 優と惠、メイドと執事の物語 ダービーはイングランド貴族の宴(2)

文字数 3,331文字

食事を終えた住民たちがリビングに集う。
L字ソファーの短辺には冴と優、長辺には果凛と惠、オットマンには鞍さんだ。
85インチ8K液晶テレビに2005年4月17日皐月賞が蘇る。
スタートして外目にディープインパクトはゆったりとしたマイペースで出を伺う。
1コーナーを差し掛かると大外で後方2番手。
3コーナーに差し掛かる前くらいから徐々に前へと動き出す。
4コーナーでは前目の集団を伺う位置、だが終始外目。
まくり気味にポジションを上げるのが『コントレイル』に似ていると鞍さん。
直線を向くとスパート。
他馬を2馬身振り切るとそのままの体勢でゴール。
ゴール前はセーブしての2馬身半差だった。
「4コーナーはコントレイルだねぇ」
「直線は独走ですね」
果凛と惠が『これも凄いわ』と感を述べる。
頷く住民たち。
時系列的にはディープインパクトに似たレースをしたコントレイルだが、昨日の皐月賞の後で無敗の三冠馬の過去レースを振り返ると、逆の印象になるのか。

「今度はディープインパクトのダービーです」
優は2005年5月29日のダービーを蘇らせる。
スタートして後方3番手から。
中間では後から5、6番手で追走。
ケヤキを抜けるとやっと動き始める。
4コーナーではまたもや外目の中段となり、前を捉えに掛かる。
200を過ぎ、ディープインパクトが宙を舞う。
後100m。
ディープインパクトが空を飛ぶ、伝説の直線。
突き放して5馬身でゴール。
「いや、しびれるねー」
「こんな競馬参っちゃいますね」
果凛と惠が興奮気味に語り合う。
冴が『凄いわ』他に言葉が見当たらないと優の肩を叩く。
「コントレイルも『飛ぶ』のかねぇ」
「その可能性も高いんじゃないですか」
冴にお調子を合わせる優は仲の良い姉弟みたいだ。
「そんな簡単じゃないだろ」
「直線でスムーズさを欠いたサリオス、広い東京コースで巻き返し期待です」
ツインテールの果凛とお下げの惠が双子の姉妹のように共同戦線を張る。
住民たちは二対二で睨み合う。
まるで土曜日の予想大会で結論を出す前、熱の籠った雰囲気に似る。
「まあ、まぁ。土曜日の予想大会まで時間がありますよ」
『イレ込むと、日曜日まで持たないですと』と鞍さんが諭す。
そこには『仲良くして下さいね』が込められているのは、いうまでもない。
『そうだよね』と間をおいて、冷静になる住人たち。
「ちょっとダービーの話をしましょうか」
「イギリスの『Investec Derby』ね」ともいう。
鞍さんが発祥の地である英国ダービーを語り始める。

「1780年創設の今年で241回目の伝統あるレースで、競馬に興味のない人でも一度は耳にしたことがあるレース名ですよね」
そうだねと皆頷く。
『時はアメリカ独立戦争の頃、イギリスは倹約家といわれたり、アメリカからは暴君とも言われたジョージ三世の治世よね』とのことだ。
「レース名をつける際にダービー伯爵とバンベリー準男爵がコイントスで決めたという有名な逸話も残っていますね」
「本当に歴史あるレースです」
「そう、1909年の第130回勝馬の『Minoru』は当時のイギリス王、競馬好きのエドワード七世がオーナーです」
『日本の名前っぽい』とは果凛の感想だ。
ダービー絡みの名言で有名なのが、『ダービー馬のオーナーになることは一国の宰相になるより難しい』ですかねと鞍さん。
「チャーチル首相ね」
冴が発言者といわれる人物を披瀝し合わせると、鞍さんが続ける。
「ダービーが特別なレースであるのを示しているのかと」
第二次世界大戦でイギリスを勝利に導いた名宰相の言は重みがある。
「そのチャーチル首相も競走馬を所有していたことは有名で、DarkIssueがアイリッシュ1000ギニーを勝ってますね」

「日本では、さる元首相が競馬好きで有名らしいですけど…」
「…ベロナでオークス勝ったわね。ダービーは持ち馬が出走したことがあるらしいけど、縁がなかったようですねぇ」
鞍さんの情報に冴が『ベロナは確か、奥さん名義ですよ』と補足する。
『まあ、『政治家関連』で言うならば』と鞍さんがダービー絡みのネタを披露する。
「元東京都知事の方は確か共有のサプライズパワーとアトミックサンダーで『東京ダービー』を連覇しているし…」
「…まさに『東京優駿』ダービーを勝ったサニーブライアンは、とある県の県議会議員さんがオーナーですし、しかも当時所有していた中央競馬の競走馬はサニーブライアン一頭だけだったみたいです」

「ま、話をイギリスのダービーに戻しますとね」
鞍さんは住民たちに向き直る。
「英国ビクトリア朝で首相だったローズベリー伯爵ですけど…」
「…1894年のLadas、1895年のSirVisto、1905年のCiceroのオーナーです」
「でもダービー馬の馬主、しかも三頭でしょ、それと一国の宰相を経験するなんて」
冴が羨ましげに瞠目する。
「そんな人、いるんスねぇ」
キングカメハメハ、ディープインパクト、マカヒキ、ワグネリアンのオーナーさんみたいですねと優が感心する。
それを聞いた果凛は『日本にも凄い人がいるねぇ』と持ち主を賞賛する。
そして、鞍さんが力強く宣言する。
「ダービー伯爵、ローズベリー伯爵とイギリスの栄華を踏まえて、英国貴族の晩餐会をします」
『なんですか、それ』と惠が突っ込む。
『今週のダービー予想会は晩餐会なのよ』と冴が説明する。
『晩餐会』とは一体何を始めるのかこのシェアハウスと優と惠に懐疑が浮かぶ。

「鞍さんにはダービー伯爵にあやかって、ピアリジにご就任頂きます」
「拍手ーっ」
冴と果凛が司会をし、拍手を求める。
ピアリジの意はPeerage OF Englandで、イングランド貴族ことだ。
まばらな惠と優の拍手に姉妹が大きく拍手を重ねる。
おもむろに立ち上がる鞍さん、何気に恥ずかしそうだ。
『こほん』と冴が値打ちをつけた咳払い。
「ダービーの予想大会はシェアハウスのオーナーの鞍さんに報謝する日です」
「深い愛情を持って我々住民に接し、慈しみを持って日々お世話頂いている女神のような存在です」
「その日頃の慈愛について、我々が精一杯感謝を表す日、それがダービーの予想大会です」
『年二回、年末の有馬記念もあるけど』と果凛が補足する。
「そして、英国発祥である『ダービー』、この歴史ある偉大なレースに敬意を表し、予想大会を実施します」
「そう、このシェアハウスを英国のカントリーハウスに見立てて…」
「…鞍さんにはご主人様になって頂き、住民はご奉仕を勤める家事使用人となります」
『謂わば』と果凛が一呼吸置く。
「執事とメイドです」
冴の表明に『本当かよ』と優は頭を抱え、惠は目を瞑って『ありえない』と首を左右に振った。
まさかの二週連続の仮想大会か。
『まぁ、シェアハウスのイベントなら本番に関連があるから』と冴がいえば『今回も頑張ろうぜ』とは果凛だ。
「先週のオークスはイベントのテーマは『若草物語/四姉妹』だったけど?関連ありましたっけ?」
そういう優が姉妹に眉間の皺をみせる。
「優勝したデアリングタクト、2着ウインマリリンと3着ウインマイティー、4着リアアメリアは『一口馬主』の『クラブ所属』だよ。その意味で四姉妹」
果凛がしれっと、応える。
『そうですけど。こじつけに近いなぁ』の惠に『5着マジックキャッスルは『一口馬主』の『クラブ所属』だよ。五姉妹じゃん』と優が突っ込む。
「そういう問題じゃないでしょう」
惠が嘆息するが、気を取り直して訊く。
「私、メイドですか?またビクトリアスタイル着るのでしょうか?」
「俺もまたブルーマーですか?」
先週のオークスでは『若草物語』で南北戦争の頃のアメリカ女性を演じて、写真撮影した『トラウマ』から、優もおずおずと訊いた。
「ハズレ。フットマンとスカラリーだね」
冴さんが即答し説明する。
ただ、優と惠は『フットマン?スカラリー?』と疑問符を頭に巡らせる。
『まあ、当日を楽しみにしてよ』と冴は 嫣然と笑みを浮かべていた。
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