第19話 源氏とキセキの物語、天皇賞春は王様の命令!?(3)

文字数 2,652文字

その夜、鞍さんが自身の部屋で、左の優と惠、右の果凛と冴を睥睨する。
丸く座る真ん中には百人一首の絵札が裏返しに積み上げられている。
鞍さんの『こほん』という、小さな咳、説明が淡々と流れる。
冠や烏帽子のある『男性札』なら自分の持ち札になる。
頭が坊主の『坊主札』を引くと、持ち札を捨てなければならない。
王朝絵巻の長い髪と十二単の『姫の札』は捨て場の札を総取り出来る、ということだ。
勝負は五回戦、負けたら服を一枚脱ぐ『野球拳』で、トータルの勝敗で最下位は勝者にいうことを聞く『王様ゲーム』がシェアハウスのルールだという。
『何だそりゃ』と怪訝そうな優と惠に対して、『仕方がないね』というサバサバとした表情の冴と果凛だ。
さらに、『優くんは負けたら脱ぐんじゃなくて、女の子の服を着て貰いましょう』とのこと。
『さぁ、坊主めくりで仲良しになりましょう』を聞く優はこのルールだと逆効果な気がした。
だが、シェアハウスの女神である鞍さんのご意向に、背ける者など誰もいない。
『もう、いいです。何でもコイです』と惠が開き直ると、優もバカバカしいゲームに腹を括った。

「あ、坊主。ちきしょう」
果凛がめくった札の人物にクソ坊主と言い、全ての持ち札を五人の囲みの中央へと投げ捨てる。
高僧も果凛の手に掛かれば、クソ坊主だ。
鞍さんが『在原業平』を引き、競技かるたの読手のまねをして『ちはやぶる、神代もきかず、一枚目』と戯けて、手を隣に向け促すと、優が札を引く。
「あ、『男性札』僕は二枚目」
優は安堵すると、見てはいけない目線で隣をチラ見する。
初戦で負けた惠は半袖ブラウス脱ぎ、白いキャミソールとスカートで正座していた。
露出する惠の肩が艶めかしい。
一巡して鞍さんに促され優が札を引くと『坊主』で、三回戦は負けた。
優と惠は勝つか負けるかの厳しい戦いを強いられていた。

「はい、優くん」
鞍さんが白いレーストップを負けた優に渡す。
観念した優が自分のTシャツを脱ぐ、なで肩だが意外に厚い胸前が見える。
優って、やっぱり男の子なんだなと惠は感じた。
ゆったりとした襟ぐりから鎖骨が覗く、二回戦の敗北で履き替えたピンクのショートパンツがマッチする。
「可愛いじゃん、優」
冴は妹への慈愛を投げる。
惠は可愛い優が可笑しくて、自分の姿を差し置いて笑いを必死に堪えていた。
「じゃあ、四回戦ですね。やりましょうか」
『僕、シャッフルします』と言う優はこの状況から逃れようと、手を激しく動かし続けた。

惠はむき出しの腕で山盛りの札から『姫の札』を引き、果凛が捨てた札を手繰り寄せ、やったと頬を紅潮させていた。
果凛は『男性札』だ。
「惠ちゃんが今回は負けないかねぇ。あ、オトコか、つまんない」
二勝一敗の惠が有利で四回戦を迎えていた。
惠が負け、優が勝てば面白いという冴の次に、鞍さんが引くと『男性札』だ。
「はい、優くんの番」
背を向けた札は後二枚、坊主の『蝉丸』は、どちから一方。
優の腕が機械のように軋む、ギギギという音が聞こえそうだ。
右手の人差し指と親指の輪の中に押し入る厚い紙。
目を瞑り、札の絵を露わにすると、冴さんと果凛さんの『おお』という歓声で、惠は声を失う。
目を開けると『藤原実方とかくとだに…』が視野に入る、その脇で惠が震えている。
惠は最後の札を睨み付けると、冷静さを装い、札を面にする、『蝉丸』坊主だ。
「また、負けました」
敗北を認めると潔くスカートを脱ぎ、ロングキャミをワンピースの代りにして正座する。
瑞々しい素足を披露する惠はわざとらしい笑みを浮かべ、気丈に振る舞っていた。

優と惠は勝敗を二勝二敗の五分で分け合っていた。
最終の五回戦、途中から一進一退の攻防が続く。
鞍さんは『展開が読めないのは坊主めくりもキセキの競馬も一緒』という。
キセキのファンの果凛は『その例えはあんまりだ』と嘆く。
五人の持ち札は測ったように各十九枚だ。
「こういう時、引きが弱いんだよな」
ゆっくりと札を引く冴は予言を的中させると、肩を落としながら坊主と十九人の仲間を前に差し出す。
「冴姉、怖くしないでよ」
果凛が怯えながら引いた札は『蝉丸』で、悲鳴を飲み込むように口ごもり、二十枚の札を全て押し出す。
鞍さんも見事に坊主で、六十枚の札が中央で包囲させれていた。
引く札は残り二枚で優の手番で、引く。
『おお』と手持ちの札を無くした三人が感嘆を挙げる。
『清少納言』だ、ココで出たかと感じ入る。
最終戦は優の勝ち、通算三勝で『王様』だ。
惠は冷静に最後の札を引くと『姫の札』で、『一歩遅かったかな』が感想となる。
 
「で、どうするの?」
果凛が腰を折って、座る優の顔を覗き込む。
優は避けるように『どうって』と、顔を左へとそむける。
「王様の命令♡」
ゲームに優勝した権利をどう使うのかと興味を示す。
命令される惠はどうでもいいように嘆息を吐く。
その溜息反発するように優は宣言する。
「何もしませんよ」
「そう、それは今やることがなくて、そのうちやるっていうことだよね」
「男の子だもんねぇ。あんなことや、こんなことを、邪な想像するんでしょ。」
笑う冴と果凛に『違います』と反駁するが、通じない。
惠が立ち上がると、ぎこちない笑みで『楽しかったです』と言い、部屋を出る。
一呼吸置いて優も逃げるように部屋を後にし、ドアが静かに閉まった。
二人とも『坊主めくり』が馬券と関係するとは信じていないようだが。
「全く、二人とも真に受けて」
「動揺してたねぇ」
冴と果凛はあの二人は冗談が通じないよと、困惑を浮かべた。
下着一枚にされた惠には、冗談ではないのだろうが。
「『王様の命令』、本当に使いたかったのかしら」
鞍さんが優の気持ちを想像する。
冴が『少し時間がかかるかな』を述べると、姉妹は『仕方ないね』とお互いの顔を見合う。
鞍さん曰く、『優くんと惠ちゃんの関係も騎手とキセキと同じ、読みづらいわねぇ』に『鞍さん、それもあんまりだ』と果凛は再び歎ずる。
シェアハウス恒例の馬鹿騒ぎは、これからも続くのだろう。
「まあ、何とかなりますかね」
そういいながら『明日の青葉賞は楽しみ』と笑みを浮べて鞍さんも席を立つ。
鞍さんは『ダービートライアルでオーソリティがどんな走りをするのか楽しみです』といいつつ風呂へ入るという。
いざとなったら、女神である鞍さんがフォローするような気が、姉妹はした。
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