第52話 優と惠、メイドと執事の物語 ダービーはイングランド貴族の宴(4)

文字数 2,148文字

「エドワード皇太子は競馬がお好きだったんですってね」
鞍さんがダイニングテーブル上位の端『お誕生席』で英国ビクトリア朝の皇太子、後に先述のダービー馬のオーナーにして英国王、エドワード七世が競馬好きだと語る。
「だからって、この姿ですか」
優がなで肩を振るわせる。
ビクトリア朝の黒いロングドレスに白いエプロンの対比。
『可愛い』と鞍さんは見惚れる。
優の立場はメイドの訓練生であるスカラリー(皿洗い)・メイドだという。
「うん、私が手伝ったんで完璧だね」
そういう果凛は嬉しそうにツインテールを振う、今は料理をするのか頭にはカチューシャを嵌めている。
先程までの土曜競馬の結果など忘れてしまったようで、切り替えが早い。
果凛のポジションは料理の『メイン』コックだ。
優との同じくビクトリア朝のピンクロングドレスに白いエプロン。
キッチン(料理補助人)・メイドからコックに就任したばかりの新鮮さをイメージしたという。
「お待たせしました」
冴が右手を挙げながら、リビングからダイニングへと進む。
グレーのラウンジスーツに深紅のネクタイ。
冴の地位は、家全体を統治する家令(ハウススチュワード)だという。
その家令は上級使用人の執事(バトラー)を兼ねているという。
今の男性スーツに似ていてつまらないという果凛に冴は『ふん』とう感じで高い位置で纏めた髪を凜として振る。
英国騎士のような雰囲気を撒きながら、後ろを振り返る。
「惠、早く入りなよ」
冴が強引に指示を飛ばすと恥ずかしげに姿を現す。
黒く短い燕尾服は真鍮の大きなボタンが左右に四コずつ、グレーのベスト、黒い蝶ネクタイ、縞のパンツ。
前髪をかきあげにして後ろ髪は一つ纏めると、ボーイッシュな惠は本物の美少年になる。
惠の立場は若き執事候補生、フットマンだという。
「凜々しいーっ」
果凛が惠の腰に手を回し、抱きつく。
冴が『馬鹿やってないで』とダイニングへ誘う。
『このシェアハウスは馬鹿ばっかやっているじゃないですか』と呟く惠はため息顔だ。
邸宅『KURA HOUSE』の主人が『執事とメイド』の前で、佇立する。
優美な燕尾服とカマーバンドは黒色で、蝶ネクタイは白い。
鞍さんはシンプルな故の高級感が漂う衣装と栗色のセミロングを纏めたポニーテールが男装の麗人だ。
『こほん』小さい咳をすると、家令に向き直る。
「では、準備を」
威厳のある冴の声音がダイニングに広がる。
「皆、昨日の段取り通りに」
家令が指示すると、コック、スカラリー・メイド、フットマンが『はい』と一斉に声を上げる。
「じゃあ、私は部屋で待っていますね」
鞍さんはそういうと、ダイニングを優雅に後にした。

ビクトリア朝の英国邸宅をイメージした晩餐が今日の予想大会となる。
鞍さんはイングランド貴族(ピアジェ)たる邸宅(カントリーハウス)のご主人様。
冴が家令(ハウススチュワード)、惠は執事候補生(フットマン)。
ビクトリア朝時代ではコックやキッチンメイドがメインで料理をつくるが、今は令和にて皆で頑張ろうと指示する。
家全体を統治する家令は変わらないようだ。
果凛がコックで優がスカラリー(皿洗い)・メイドだが今回は料理の主担当となる。
晩餐は『英国風家事使用人』の住民たちの役割だ。
ダイニングテーブルをどう飾るのか、食事について何をどのレシピでつくるか。
金曜に鞍さんを除いた住民たちは話し合っていた。
『何で僕がフットマンじゃないんですか』と愚痴る優がシンクで野菜を洗う。
鞍さんに聞いてもいいけど『服を買い間違えちゃいました』って言われるだけだよ、とは果凛だ。
優は残念な嘆息を吐く。
ダイニングテーブルに純白のプレースマットを冴が敷く。
本来はフットマンで家令の仕事ではないが、そこは現代日本で住民たちが協力し合う。
キッチンではコックの果凛が優の脇で煮込み続けた牛肉の赤ワイン煮をチェックする。
コックに手伝えといわれたメイドはツナとポーチドエッグが乗るサラダ作りに専念せざろう得ない。
ソーセージと人参・長いも・オクラの野菜のジュレ寄せとアールグレイティーのグラニテは冷蔵庫で固まっただろうか、気にしながらの作業となる。
ダイニングテーブルではフットマンが燭台を設置している。
何だかんだいいながら住人たちは嬉々として作業を進めていた。
鞍さんへの日頃の感謝を示す晩餐のためにだ。

「惠、持って行って」
コックの果凛が指示をキッチンから飛ばすと、フットマンたる惠はメインディシュをダイニングテーブルへと運ぶ。
メイドの優はミネラルウォーターをサーブする。
料理をつくり終えたコックの果凛がダイニングテーブルに向かう。
『お誕生席』のご主人様たる鞍さんが家令の冴に目配せする。
家令が『皆、集合願います』と宣言すると住民たちは自身の席で佇立する。
フットマンの惠が燕尾服を翻してボルドーの赤ワインのボトルを抜栓、ご主人様の脇に行き、グラスに注ぐとホストテイスティングを薦める。
一口ワインを含むと問題なしの意で頷く。
『では、我らがご主人様、鞍さんの日頃の恩恵に感謝しましょう』
そう前口上に続けて、ご主人様に成り代わり家令が大声を宣言する。
「それでは晩餐会兼ダービー予想大会を始めます」
『乾杯』と音頭を取るとグラスの触れ合う、透き通る音が響く。



さあ、予想大会の始まりだ。
今夜は長くなりそうだ。
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