第57話 優と惠、メイドと執事の物語 ダービーはイングランド貴族の宴(9)

文字数 1,419文字

85インチの8K液晶テレビから人気のないパドックを映し終わると画面が切り替わる。
リビングのソファーでは住人たちが一瞬緊張を解くと、ソファーで微睡んでいるようだ。
ダービー出走各馬のパドックを観終わって誰も無口だ。
中継を観てもコントレイルもサリオスもどの馬も順調そうだった。
『鞍さん、結局馬券は馬連?』の果凛の問いも『ええ』で終わりだ。
何となく皆が再び肩に力を入れ始める。
冴はコントレイル単勝1万円のみ。
鞍さんはコントレイルとサリオスの馬連一点、1万円だ。
冴と鞍さんが静かにスマホを操作していた。

無観客の東京競馬場にG1ファンファーレが響く。
管楽器の音に刺激されたソファーで観戦の住人たちが背伸びをして、姿勢を正す。
ゲートに吸い込まれていく馬たち。
住民たちは食い入るように画面へ集中する。
奇数のコントレイルの後、サリオスが偶数で後入れだ。
ゲートが開けば、ダービーのスタートだ。

大外からウインカーネリアンが元気よく飛び出し先頭へと行く。
10番が2番手、何とコントレイルが3番手、ヴェルトライゼンデは5番手。
外サリオスと内サトノインプレッサは中段の後方。
「嘘っ?嫌だ!」
「どうなんだろう…」
サリオスファンの果凛が素っ頓狂の声を上げ、競馬初心者の惠ですら疑問を呈する。
果たして、コントレイルの後でサリオスは躱せるのか。
二人は画面を見ながら、騎手の騎乗を信じるしかできない。
サトノフラッグとマイラプソディは後方だ。
1000m61.7秒。
騎手がスローと判断したのかマイラプソディが位置を押し上げ、一気に先頭に立つ。
サトノフラッグも前目へと意識を向ける。
ケヤキを過ぎてマイラプソディが先頭、ヴェルトライゼンテがコントレイルをマークして被せにかかるように見えるのが6、7番手の攻防。
マイラプソディが動いても動じないコントレイルを『よし』という感じで眺める冴と優。
サリオスは2頭飛ばして9番手の外で中段だ、切れる末脚を隠しているのか。
「何で?」
『前に行かないのか?』と言いたげな果凛が力なくソファーに沈む。
この競馬では諦観を決めるしかないという渋い顔だ。
『マイペースで競馬するのを優先で今の位置が仕方ないとするならば、ここまでかも』と覚悟すると惠の目頭が熱くなる。
直線、マイラプソディ先頭、コントレイルが馬場の真ん中外目から先頭を伺う。
サリオスはさらに外から追い込む、抜けるのか。
『いけーっ!』
住人全員が大合唱だ。
果凛と惠はサリオス、冴と優はコントレイル、鞍さんは二頭に想いを馳せる。
コントレイルが抜け出そうと先頭を伺う。
コントレイルを唯一の目標としてサリオスが追い掛け、差を詰める。
ランデブーは再び演じられるのか。
だがコントレイルはサリオスやマイラプソディとは次元の違う脚を使うと、あっという間に3馬身差を開けた先頭だ。
サリオスも必死に2番手から前を追い縋るが、差は詰まらない。
コントレイルはそのままの体勢でゴールイン。
ダービー馬コントレイルの誕生だ。
「ヨッシャー」
優がガッツポーズを見せると、冴は『よし』と短く呟く。
鞍さんは無事にレースが終わったとの安堵の息を吐く。
「冴姉、優、オメデトウ」
「鞍さんも馬連的中おめでとうございます」
果凛と惠は2着だったサリオスファンは複雑な笑顔をみせる。
コントレイルは『無敗の二冠』を達成した、他に言葉はいらない。
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