第14話 惠登場!優とコントレイル&サリオスの大事件!?(7)

文字数 3,462文字

2020年4月18日土曜、夜のシェアハウスは競馬の住人、大人の王国だ。
リビングのL字ソファーには窓側の短辺には果凛と冴、その右手の長辺には惠、短辺の向こう正面になるオットマンには優が座していた。
鞍さんがセンターテーブルに軽食と飲み物を準備万端となると惠の右へエプロン姿で座る。
鞍さんは髪のサイドを編み込みにしていた。
冴によると、鞍さんは嬉しいとサイドの髪を編み込みにしたりアップしたり一手間かけるとのことだ。
果凛はブルーチェックのセットアップパジャマ、惠はピンク色したプルオーバーのスウェット、優はジャージで、昼と同じグレーのパンツスーツの冴は仕事を一時間抜け出したという。
相変わらず拳銃を持つ冴に優は仕事の内容を問うが、『教えない』との躱す笑みがつれなかった。
テーブルにはバジルの香り豊かなマルゲリータ、アンチョビとキャベツのペペロンチーノが湯気を漂わす。
食事は全て鞍さんの手作りだ。
パンチェッタとブリー、ミモレット、ゴルゴンゾーラ各種チーズがサイドを飾る。
取り皿とフォーク、グラスが銘々に渡される。
食器たちはシーリングの照明を浴びると主役を主張する。
食事の両隣に大きな円柱の氷入りのクーラー、左にはスペインの発泡酒のカヴァが二本、右にはお茶のペットボトルが冷やされていた。
鞍さんが促すと、鞍さんと果凛はカヴァ、惠は『こんなもんか』と味見しながらダージリンのストレートティー、優が烏龍茶を手にして、銘々が軽食を取り皿に盛る。
これから一晩中の仕事という冴はお酒飲みたいと駄々を捏ねながら、優と同じ烏龍茶を手にしていた。
「優くんと惠ちゃん。予想大会は初めてよね」
楽しげな鞍さんにわざと念を押された二人は目を輝かせながら首肯する。
オーナーと元からの住人の顔も綻ぶ。
『桜花賞の際は予想会が出来ませんでしたけど…』とエプロンの結び目を弾ませながらリビングを闊歩する女神が感を述べる『…二人をシェアハウスにお迎えしての初めての予想会で、本当に嬉しいです』
「優、歓迎するよ」
「惠、楽しんでね」
冴と惠は二人にクラッカーを鳴らすと『ありがとうございます』が反響した。
さて、と、鞍さんが徐にフルートグラスを手にして、リビングを笑顔で女王のように睥睨する。
「予想大会始めます」
住民たちの視線が鞍さんに集中すると、立ち上がってグラスを重ねる。
『乾杯!』
「先週は大成功でした。優くんのおかげですね」
鞍さんが10万馬券を的中した礼を述べる。
住民みなが満足げに頷く。
『桜花賞はハラハラしたけどな』と焦った果凛に『買い間違えでもアタリはアタリだけど』と冴は苦笑しながら、優に視線を投げる。
申し訳なさげに頭を搔く優が『今日は一勝一敗ですけど、惠のタイセイビジョンに助けられました』と言うと拍手が起こる。
「今夜の予想。やっぱり皐月賞、ですかね」
鞍さんが手に持つフルートグラスを優と惠に向け、促す。
「サリオスとコントレイル」
「コントレイルとサリオス」
惠と優が予定調和のように馬名を響かせる。
口にするビザのチースを伸ばす冴が『またじゃれ合うのか』と苦笑する。
『じゃあ、皐月賞観戦時の紅茶は仲良しのお二人に淹れて頂きましょうかね』と二人の関係を腐心する鞍さんが依頼する。
『紅茶大好きです』と二つ返事の惠は『淹れるのも味わうのも』と優を見据えて頬を緩めた。
微笑ましく思う鞍さんは選ぶ馬の確認をする。
「優くんはコントレイルかな」
「はい、まずは最優秀2歳牡馬に敬意を表したいです。ホープフルステークスは、危なげない勝ち方で中山2000mを経験済は強みですよね」
優の本音を受け冴が続ける。
「ホープフルもだけど、何と言っても東京スポーツ杯の5馬身差の1.44.5のレコード勝ちが衝撃的だよね」
果凛もアンチョビを噛みながら負けじと、加わる。
「その東スポ杯、ハイペースを中段で我慢して時計はダノンキングリーの毎日王冠とは0.1秒差。2歳で古馬オープンとほぼ同じなんてあり得ない」
コントレイルの評価は住民たちでは、高い。
『確かに大物かもしれませんねぇ』と鞍さんも納得だ。
「惠ちゃんはサリオスね」
鞍さんからの誘い水に今度は惠が緊張しながら叩首する。
以心伝心で、彼女の代りという感じで優が代弁する。
「年度代表はコントレイルに譲りましたけど、G1の朝日杯含めて三戦三勝は同じですよね。朝日フューチュリティはハイペースを前目の競馬で押し切って。その前のサウジアラビアは上がりの競馬でレコードですからね」
「どんな競馬でも対応できそうだね」
フルートグラスを呷る果凛が評した。
「中山が初で距離もマイルしか経験していないし、ハーツクライ産駒は皐月賞との相性がどうかな思うけど」
冴の疑問に果凛が答える。
「まぁ、あまり気にしていないねぇ。地力で何とかなるのかと」
そして、『好きな馬は好きだ』ともいう。
果凛も前目を行くサリオスのファンなのだ。
惠はサリオスへの思いの丈を披露するのはまだ早いと、紅茶を飲み込む。
「サトノフラッグはどうかしら」
「弥生賞、強かったじゃん。重馬場を直線力強く抜け出して。明日は馬場も少し気になりそうだし、向いているかも」
鞍さんの問いにミモレットを手にする果凛が応答した。
「そうねぇ、この馬も府中のレコードホルダーだし」
冴がサトノフラッグを賞賛する。
「他は…」
カヴァを喉へ向ける鞍さんが促す。
「マイラプソディ。右回りに限れば二戦二勝だよ。京都2歳ステークスで2000m2:01.5をマークしているし」
果凛がフォークを突き出し、即座に一頭挙げた。
「共同通信杯4着は残念ですけど、馬場が回復して時計勝負になれば期待出来そうです」
優が補足し、トマトソーズのパスタを味わう。
「後は、どうかな」
鞍さんがゴルゴンゾーラを口にして、さらに誘う。
ペペロンチーノを食べ終えた惠が口を開く。
「ヴェルトライゼンデはどうですか」
「うん、いい選択だねぇ。ホープフルステークスはコントレイルの2着。トライアルのスプリングステークス2着はまずますで、休み明けを一叩きした今回はいいと思うよ」
スプリングステークスでもピックした果凛はフォローしながら、笑みを浮かべる。
パンチェッタを味見しながら惠は、続ける。
「ヴェルトライゼンデ。馬名はドイツ語で世界旅行者ですよね…」
「…早く人々が世界旅行できるようにって、思いたいですよね」
祈るような小声が優の耳へと囁く。
「あの二頭の海外遠征のために」
優は海の向こうで競い合う、コントレイルとサリオスを惠と一緒に想起する。
「さて、どうしますかねぇ」
フルートグラスに口づけした鞍さんが纏めに入ろうとする。
「コントレイルは1枠1番を引いて、どう乗るか。インで我慢すれば、直線で前が壁の可能性もあるので、どこで外にだすかだねぇ」
ピザを口に放る冴が乗り難しさを語ると果凛が『そうだよね』と意見を沿わせた。
「内で包まれて身動きが取れなくなるより、一旦、下げて外から、ですかねぇ」
「それが出来たら強い競馬ですね」
鞍さんの展開の読みに優が真の名馬ならクリアかもと意を述べる。
ピザを食べ終えた冴と果凛が直線のイメージを語る。
「直線抜け出したサリオスやヴェルトライゼンデにマイラプソディとサトノフラッグが襲いかかる」
「大外に持ち出したコントレイルが追うって展開かな」
「それでもサリオスが凌ぎきります。今日のアーリントカップの覇者タイセイビジョンに完勝しています」
惠はNHKマイルカップの主役の一頭になったタイセイビジョンと比較して、ここぞとばかりに宣言した。
「コントレイルが強いのは分かります。でも、サリオスなら何とかなるのかと」
惠が口を噤むと、『さて、どうするか』と悩みが漂うリビングは静かになる。
口に運ぶフォークとグラスが動きを全員が止める。
住民たちは『女神』のご神託を求めるように鞍さんに熱い視線を集める。
「じゃあ、コントレイルとサリオスの馬連を1万円、コントレイルとサリオスをそれそれ1、2着固定で3着をヴェルトライゼンデにマイラプソディとサトノフラッグを各1000円の三連単かな」
鞍さんは結論づける。
「明日のレースが楽しみですね」
破顔の鞍さんに住民たちは承服していた。
皐月賞の前夜が深く更けていく。
深夜のシェアハウスにいるのは、競馬に取り付かれた女神とその住人たちだけだった。
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