第54話 優と惠、メイドと執事の物語 ダービーはイングランド貴族の宴(6) 

文字数 1,867文字

「サートゥルナーリアは、皐月賞で2着ヴェロックスにアタマ差でしたよね」
疑問符で問う優が過去を振り返ると鞍さんも『辛勝だったわね』と同意する。
「それを考えると、去年のダービーは、人気先行だったのですかねぇ」
少し寂しそうな鞍さん。
今年のコントレイルは、2着サリオスに半馬身差。
「4角を回ってきた脚色からすれば、もっと楽に勝つのかと思った」
不満げな冴のレース見立てに対し、コントレイルはサリオスの抵抗に苦戦していたようだ。
通った位置は距離ロスからすると、サリオスの方がその意味でコース取りは良かったかも知れない。
それに対しコントレイルは、全力を発揮すべく不利受ける可能性が低い、外を選択してから伸びてきた。
「実走距離を考慮すれば、コントレイル上位ですかね」
「サリオスだってG1馬として、立派な走りですよ」
優のレース判断に惠が『馬場の悪いところ走りっぱなしで頑張っているし』と噛み付く。
「距離が皐月賞の2000mから400m延びて、どちらに有利に働くですかねぇ?」
「やってみなければわからないのが実際だよ」
野菜のジュレを味わう鞍さんの悩みに果凛が浮いた犬歯を見せる。
「この二強が同等の評価で本当に納得しますか?皆さん」
優の二強は疑問符がつくという判断はコントレイル一強だといいたげだ。
惠が表情を曇らせ、かきあげた髪が一筋、鼻筋へ垂れる。
コントレイルの能力は無敗の三冠馬と比較する冴さんと優の通りだと理解した上で、惠は覚悟を決めているようにみえる。
あの迫力のあるトモのサリオスの美しい栗毛の馬体。
マイラーと思う人もいるのかも知れない。
今度もコントレイルの前で競馬して欲しい、惠はそう呟いているようだ。
サリオスの先行策は果凛も意を同じにする。

「ダービーといえば、ときどき大穴馬の激走・連対があるよね」
果凛のふとした台詞に優は即応すると『ぱっと思う浮かぶ馬は以下かな』と話す。
「グランパズドリームが1986年14番人気で2着、優勝はダイナガリバー。ボールドエンペラーが1998年14番人気で2着、優勝はスペシャルウィーク、『スペちゃん』の時ですね。アサクサキングスが2007年14番人気で2着、優勝したウオッカは牝馬でした。そして去年のロジャーバローズは12番人気で見事1着です」
『だいたい十年周期で、大穴爆走馬が現れている』とは優の印象だ。
「じゃあ、今年は本命戦ですかねぇ」
フォークとナイフを手にする鞍さんがそう裁可する。

「穴っぽいのは、青葉賞2着のヴァルコス、京都新聞杯2着のマンオブスピリットッスかね」
最後の肉を胃の腑に納める優はそう名前を挙げる、悩みは尽きないようだ。
「いつもの年なら穴候補ですが、今年はあの二頭相手ですとねぇ」
そういう鞍さんは乗り気が薄い。
「ダービー候補の一頭マイラプソディ、明日の本番では不利とされる外枠に入ってしまったわね」
冴は残念そうに首を傾げる。
「でも、サトノフラッグは気になるなぁ」
アールグレイティーのジュレを味わう惠が鞍さんに向けて再び評価を求めた。
鞍さんもジュレの冷たさを感じながら思いの丈を口にする。
ダービーに強い弥生賞馬であり、鞍上がダービー五勝の武豊騎手。
2016年サトノダイヤモンド2着、2015年サトノラーゼン2着・サトノクラウン3着のオーナーさんにも、そろそろチャンスが巡ってもいいとのことだ。
「サトノインプレッサの巻き返しのも期待ですね」
そういう鞍さんは騎乗する若手有望騎手へも期待を込めていた。

ジュレを食べ終えた鞍さんは相変わらず悩んでいる。
だが、そろそろ結論を出すタイミングを迎えていた。
「コントレイルとサリオスとの馬連、1万円でどう?」
「ご主人様がそうお示しになるなら、御意に従うのみです」
ただ冴は『私はコントレイルの単勝1万円で勝負します』とのことだ。
レースを迎えるのが楽しみなのと同時に観たくない気がする、知ってはいけない優劣に触れてしまった寂寥が募るのが、恐ろしく怖い。
薄暮の夕方を迎えて残るのは、恋人とのデートの終わりに斉しい感じがする。
ディナーを終えた鞍さんが電灯燭台の揺れる灯りに想いを吐露する。
「それでも必死に刮目して伝説を胸に刻みましょうか」
楽しい晩餐も時の刻みは限られる。
冴が胸に右手を当て、腰を折ると惠も同じ動きをする。
果凛と優が両手をお腹に置き、右足を後方内側に送り、左足の膝を折り中腰で礼をする。
執事とメイドたちは主人たる鞍さんに礼を尽くしていた。
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