第55話 優と惠、メイドと執事の物語 ダービーはイングランド貴族の宴(7)

文字数 2,254文字

直線半ば、内ドリームスピリット、中エフェクトオン、外セントレオナードが三頭雁行となる。
2020年5月31日の日曜日はダービー、それと同距離を走る東京競馬第8レースは青嵐賞がリビングの85インチ8K液晶テレビで競り合い中だ。
「いったれーっ、エフェクトオン!」
エフェクトオンを勧めた果凛の大声を受けて抜け出しを図る。
外のセントレオナードが少し遅れる。
「セントレオナード!ここからーっ!」
セントレオナードを選んだ惠も負けじと後押しする。
二人はエフェクトオンとセントレオナードでの馬券は合意していた。
ただ、果凛は馬連を主張し冴が乗り、惠はワイドを選んで鞍さんが買っていた。
惠の声援を受けたセントレオナードが今回は盛り返す。
セントレオナードが直線を抜け出すと内からドリームスピリットが喰らい付く。
エフェクトオンが前の二頭に少し遅れると『うぎゃっ』とは果凛の声音だ。
ゴール直前、セントレオナードが力強く前へ出たところがゴールだ。
ドリームスピリットが2着、エフェクトオンは3着。
惠のセントレオナードと果凛のエフェクトオンは1,3着だ。
鞍さんは惠の勧めでワイドが的中、冴さんは果凛の勧めで馬連がハズレだ。
購入金額は各1万円でワイドの配当は250円となった。
住民たちは土曜日の競馬を覚えている。
惠はワイドで二連勝も果凛が馬連への拘りをみせた件だ。
本来は今のレースで土曜からのワイド三連勝的中を喜ぶはずの住民たちだが、馬連を主張した果凛やそれに乗った冴に遠慮してか、なんとなく静かだ。
「次、次のレースいこうか」
果凛は連敗を振り切るように住民たちの参加を促した。
ただ、これは馬連でハズレを続ける果凛自身を鼓舞する意味もあったが。
優は彼女の次のレースへの意気込みに嫌な予感を催していたが。

「まあ、サンチェサピークでしょうがないだろう」
L字の短辺ソファーで足を組んだ果凛が右手をヒラヒラさせながら自慢げに語る。
果凛の左隣に座る冴は自信過剰な妹を訝しがる。
ソファー長辺の三人、惠、鞍さん、優はそんな姉妹に平静さを装う。
東京競馬第9レース薫風ステークスは4歳以上3勝クラス、ダートのマイル戦だ。
果凛へ向いた惠がサンチェサピーク選択に『そうですよね』と同意して根拠を述べる。
「前走は出遅れての中段追走から3、4コーナーで4番手に押し上げて直線では早め先頭かというところを内から勝馬に掬われて、負けて強しの競馬かと。今回、スタート五分なら突き抜けるかも知れません」
推薦理由を惠に奪われてしまった果凛が少しぶっきら棒に『そうだよね』と応じた。
次は胸を張るように惠が自信ありげに相手を選りどる。
「対抗はブランクエンドですかね」
「そう、果凛が思うにはだ。ブランクエンドは今回と同条件の2勝クラスを初ダードでクリアだ。タイムもサンチェサピークと0.2秒差しかない。この馬ダート走るよ。3勝クラスでも即通用する」
果凛は惠が選ばれた訳を喋る前に説明してしまった。
他の三人は妙な空気にいささか困惑気味だ。
それでも鞍さんは『それで、どうしますか?』と問う。
果凛は馬連一点、惠はワイド一点でいいと主張した。
冴と鞍さんは顔を見合わせ、少しの間が流れる。
鞍さんが『馬連一点1万円にしましょうか』というと、冴が『じゃあ、私はワイド一点1万円』とのことだ。
優が周囲を見回すと、女性たちの表情が硬い。
発言するのが憚られる状況だと今さらながら当惑していた。

スタートして最初の芝でマイウェイアムールが先頭に立つ。
次は内ブランクエンドの外グットラックサマー。
各馬ダートに入ると、サンチェサピークは五分のスタートから馬群の中、中段を追走。
サンチェサピークはさすがに連続で出遅れない。
バンブトンハートは後方から三頭目。
全馬が約10馬身に納まる好レースだ。
前半半マイル48.2秒。
直線を向くとブランクエンドが先頭へ躍り出る。
グットラックサマーが2番手だが、外からサンチェサピークが追い込んでくる。
「サンチェサピーク、追ぇーっ!」
「差してーっ!サンチェサピークっ!」
果凛と惠の応援がサンチェサピークを後押しして二頭を躱して先頭だ。
ブランクエンドもグットラックサマーを振り切って2番手へ上がる。
「そのままーっ!!」
果凛の必死の叫びだ。
サンチェサピークは2番手への差を広げる。
2番手のブランクエンドはグットラックサマーを押さえ込む。
「ヨッシャー、馬連デキた!」
果凛がツインテールと両腕を天に突き上げ、昇る気分になる。
その時、外からバンブトンハートが飛んでくる。
まるで芝レースでの追い込みのようだ。
「うぎゃーっ」
果凛の本日二度目の悲鳴がリビングを支配する。
サンチェサピークが先頭でゴール、急追のバンブトンハートが2着、3着はブランクエンドだ。
果凛と惠で選んだ馬が1,3着だ。
まるで8レースの焼き直しのような結果。
サンチェサピークとブランクエンドの組み合わせはワイドが的中だが、馬連がハズレ。
今回もお互い顔を見合わせて、困惑を隠せない鞍さんら住民三人だ。
「さ、次のレースいこうか」
果凛は再び次のレース検討を促す。
その際、妹の馬連を買わずに惠のワイドで儲けた姉を横目で恨めしげに睨む。
イレ込みにも似た、自暴自棄にも聞こえる果凛の自らへの叱咤激励もリピートとなる。
因みにワイドの配当230円は次のレース間隔が短いので、後から知ることとなるが。
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