第44話 若草物語の四姉妹 オークスは乙女と指揮者の薫り(4)(挿絵あり)

文字数 2,794文字

その『平安ステークス』のレースとなる。
正面スタンド前からのスタートは横一線、なかなか隊列が決まらない。
スマハマが先頭か、スワーヴアラミスが半馬身後、ヴェンジェンスがその次。
ゴールドドリームが4番手、その内にオメガパフューム。
ロードレガリスは押して後方のインを通る。
1、2コーナーでも隊列は変わらない。
虎視眈々と前を伺うゴールドドリーム、それをマークするオメガパフューム。
騎手が前へと促し続けるロードレガリスは最後方となる。
3コーナーを過ぎ、4コーナーは内スマハマ、中スワーヴアラミス、外ヴェンジェンスとなる。
その後でゴールドドリームが内、オメガパフュームが外を選択する。
最後の直線、スマハマが後退、スワーヴアラミスとヴェンジェンスの競り合いか。
「オメガパフューム!」
「ゴールドドリーム!」
鞍さんと冴の声援が飛ぶ。
オメガパフュームが鋭い脚で、前二頭を捉える。
少し遅れてゴールドドリームも脚を伸ばす。
先頭はオメガパフュームでヴェンジェンスが食い下がる。
だが、体勢は決した。
オメガパフュームがゴールイン、ヴェンジェンスが2着。
ゴールドドリームが底力でスワーヴアラミス躱し3着。
「オメガパフューム、強い!」
「ゴールドドリーム、頑張った!」
嫣然と笑う妙齢の女性たちは拍手!、拍手!である。
馬連こそ逃したものの単複ワイドが的中だ。
鞍さんと冴が肩を組んで体を揺らす、栗色のセミロングと漆黒のロングも同時に揺蕩う。
若手三人は『やっぱり』といい『子どもみたいな大人』を見詰め合っていた。
『子どもみたいな大人』は数十分後に本領を発揮しするのを、今からの写真撮影で優は知ることになる。

『平安ステークス』観戦の後にシェアハウス住民の写真撮影会となる。
午前の雨は曇りになり、午後は晴れ間が覗いている。
シェアハウスの二階は三部屋で女性住民が暮し、その奥の東側にはベランダがあり平久川が望める。
平久川は運河の街でもある東京・深川を象徴する川の一つだ。
シェアハウス近所木場公園にある『練習堀』でみられる『角乗り』が、昔はここでもみられたかという川が材木の街である名残として横たわる。
「だまされた」
顔を膨らませた優はそんなに大きくない平久川に嘆きを投げ入れる。
「確かにズボンは履いていますけど…」
「…何ですか、この服」
上半身は紺の詰め襟の学生服で、裾が長いが応援団が着る長ランとは異なる。
ウエストが絞られ、膝で裾が拡がっておりスカートに近い。
「ブルーマーズだけど」と鞍さん。
冴が肩先の膨らむパフスリーブからの腕で腹を抱えて、スカート丈が長い紫色のビクトリアスタイルを着て、ポニーテールを揺らして笑いながら、説明する。
十九世紀半ばにブルーマーというアメリカ人がズボンと短いスカートのショートドレスを組み合わせた着用を薦めたので、その名がついたとされる。
「また、女扱いですか」
グレーのズボンを撫でながら、優は愚痴る。
チュニックワンピみたいで可愛いねと果凛が励ます。
「可愛いなんて要らないです」
怒る優に『ご愁傷様』と肩を二度叩く惠。
若草物語の四姉妹、自分の家を持つ望む長女のメグ、小説家になりたい次女のジョー、ピアノが好きな三女のベス、画家になりたい四女のエイミー、そして四姉妹から尊敬され、慕われる賢母のミセスマーチ。
メグの冴、ジョーの優、ベスの惠、エイミーの果凛、そして慈母ミセスマーチは鞍さんだ。
ベランダで北側の植木を背景に椅子が一つ。
椅子には深紅のビクトリアスタイルを身に纏う鞍さんが座る。
ライトブルーのビクトリアスタイルの果凛が鞍さん胸に頭を埋めて目線をカメラに向ける。
鞍さんの右に冴、左には緑のビクトリアスタイルは惠。
優は服を隠すように鞍さんの後ろに佇む。
そのカメラ構図は『若草物語』原書のイラストをイメージしていた。
初版に掲載されたといわれる素朴でやさしい筆使いのイラストは、南北戦争が終結した頃の東部アメリカを再現しているようだ。
『若草物語』の作者、ジョーのモデルであるオルコットはエイミーのモデルである実妹のメイに四姉妹と母親のイラスト作成を依頼したとのことだ。
冴が三脚とタイマーをセットし撮影を始める。
覚悟を決めた優が開き直って笑みを溢す。
雨上がりの深川に虹が浮かぶと住民たちの歓声が上がる。
まずは『若草物語』のイラスト構図で撮影した。



次は、後にいた優を冴と惠が手を引き前の椅子へたぐり寄せる。
鞍さんが椅子を立ち上がると、左頬を並ぶ優によせる。
冴も鞍さんに、惠も優にそれぞれが身体を抱くようにして頬を寄せる。
鞍さんと優の前で果凛が腰を屈めてVサインだ。
こうなると令和の構図になる。
果凛の両肩には鞍さんと優の手が乗る。
「今度は果凛が椅子に座る」
果凛が椅子に座って四人が周りを囲む。
次から次へペアだ、トリオだ、カルテットと、撮影が進む。
「一枚撮っておこうか」
そういう惠が椅子に座り、優がその脇で佇立するツーショット。
写真を撮り終え、夕日を浴びて染まる惠と優が緊張から解放された笑みをみせる。
「その表情頂きますね」
鞍さんがすかさずスマホを向けると、二人が驚くように顔の紅を深める。
撮影会は無事終了となると、もう黄昏時だ。
「結構楽しかったです」
優が笑みを向けると鞍さんが『よかった』と喜んだ。
家庭に起こる楽しい出来事や悩み、事件、そして大きな試練が、若草のようにフレッシュな姉妹を少女から「リトル・ウィメン」へと成長させるスタートが『若草物語』の第一部だ。
偶然にも出会った住民たち四人、皆の成長をみたいとは思うけど。
いつかは変わりゆく四人。
だから未来への希望が溢れる第一部が一番いいの、と鞍さん。
『この巡り合わせた一瞬を永遠に残して置きたいの』
そんなことの連続だという。
だから、こんな格好して、わざわざ画像に納めたとのことだ。
『競馬やっていれば、尚更でしょう』ともいう。
毎週、毎節、毎年と次々と繰り広げられる競馬。
鞍さんは日々の生活に加え皆で楽しむ競馬も、一瞬一瞬を生きた証として残したいのかも知れない。
鞍さんが競馬と共に、バカバカしいイベントを続けるのを優は分かるような気がした。

来週はダービー、英国を範とする紳士淑女の祭典ですね。
冴が鞍さんに意を求めるべく語りかける。
興味を持ちながらも不安と期待が入り交じる優。
「ダービーと有馬記念、年に二回のシェアハウスの祭典だよ」
果凛が嬉々としてシェアハウスのイベントを説明する。
優はいつもイベントじゃないのかと疑念を浮かべる。
冴は優に心配なら『鞍さんに聞けば』という。
「まあ、取って食われる訳じゃないし、今日みたいに楽しいよ」
「その楽しいが『不安』なんじゃないですか」
優は冴に毒づいた。
思わず引けた腰の優が面白く、表情を緩めていた。
『優の女扱いについて』。二度あることは三度あるかもねと冴が口笛吹く。
平久川と同じゆったりとした流れと似た口笛がベランダから夕日に流れていた。
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