第3話 10万馬券と勘違いな桜花賞(3)(挿絵あり)

文字数 2,398文字

「後は、どうかな。お勧めある?」
鞍さんから振られた果凛が馬名を口にする。
「ラヴィアンレーヴ、かな」
少しの間を置いてファストライフと同じレースに出走する馬名を挙げた。
ラヴィアンレーヴは1番人気だ。
「ラヴィアンレーヴって綺麗だよね」
サラブレッドの美しさには住人は全員、納得して頷く。
ラヴィアンレーヴの馬体をネットで検索し、チェックする。
『確かにディープインパクト産駒の鹿毛で見栄えするよな』と腕組みをする冴。
『そう、ラヴィアンレーヴ、凜々しい感じだ、よね』と短く口笛を吹く果凛。
「もっと上のクラスにいても可笑しくない印象だね。成績だって福島競馬場と同じ芝の右回り2200m以上は崩れてないし、札幌で2600m未勝利戦を勝ってるしね」
優がラヴィアンレーヴの実績を評価した。
「了解です。ラヴィアンレーヴ、君ですね。後は…」
鞍さんが馬券の軸2頭を決すると、それ以外の馬券候補を皆に問う。
「難解ですね」
「どの馬もチャンスありそうだよねぇ」
優と冴は悩みを披露すると困ったように押し黙る。
「そりゃ、歩く馬はいねーよ」
果凛の口の悪さに皆が苦笑する。
「じゃ、全部買っちゃいましょうか」
白い歯を見せる鞍さんに驚きが集まる。
「優くんのファストライフを1着、果凛ちゃんのラヴィアンレーヴ君を2着固定の3連単総流し各1,000円の十二点!」
鞍さんが結論付ける。
この買い目なら確かに3着次第では万馬券どころか10万馬券も夢ではない『大穴』だ。
住民たちの納得顔に鞍さんも嬉しさを零す。
「レースが楽しみですね」
「鞍さん、10万馬券なら初めてじゃない?」
冴の確認に鞍さんはその通りよねと同意する。
「優くんの予想は必ず当たります。このシェアハウス『KURA HOUSE』の新住人の予想ですし」
鞍さんはシェアハウスの名称と確信を披瀝すると、冴は一瞬目を見開く、そして祈るようにいう。
「そうかも知れないですよね」
その言葉は途方もないことへの憧憬を滲ませると、さまざまな考え方はあると冴は想起する。
万馬券、100倍以上配当など滅多には当たらない、ましてや10万馬券、1000倍以上の高配当などは夢物語で偶然を頼って得られる傾向が強いように思える。
馬や騎手の能力や状態だけでなく、馬場コンディションや展開など、好レースをする確率が低いと多数の馬券購入者の判断が裏切られたとする時、高配当がもたらされるのか。
人気馬が能力を発揮出来なかったという観点からは、大穴は運によるところも大きい。
それを何で鞍さんは『新住人の予想』を確信的に言えるのだろうか、しかもピックアップしたのは自身ではないのに。
まあ、鞍さんは『女神』なので、とてつもない『引き』持っている御仁なのは認めるけど。
ただ明確なのは、確率が高かろうが低かろうが、結果は一つで『当たるか、当たらないか』
だが。
やっぱり無理筋かもしれないなぁと言いながら、冴は仲良く話す鞍さんと優に目を細めた。
鞍さんはソファーでスマホを操作する。
ネット投票で馬券を買うと、スマホを無造作にエプロンの前ポケットにしまい込んだ。
1着を1番ファストライフ、2着を4番ラヴィアンレーヴの固定にした3連単3着ながしで十二点を各1,000円、計12,000円は鞍さんのポケットマネーだ。
冴は同じ買い目を各100円で『遊ぶ』そうだ。

13時45分発走福島競馬第8競走、一般レースを告げるシンプルなファンファーレが終わる。
スタンドからの向こう正面でゲートへの枠入りが始まり、全馬が揃う。
「ポン」という感じで各馬がダッシュ、横一線の好スタートだ。
まずは黄色い帽子のトライゲッターが飛び出して、先頭。
外からアルスラーン、内にエスピリトゥオーゾが追走。
ラヴィアンレーヴは中段、ファストライフその後ろの内側にいた。
3~4コーナー、コースの背景はみちのくで咲く桜は満開で美しかった。
最初のスタンド前、トライゲッターが長距離戦らしく淡々としたペースを刻む。
前半1000mは約62秒、1勝クラスなら平均ペースだ。
1~2コーナーで先頭はサーベラージュに変わる。
じわりとラヴィアンレーヴがポジションを上げるが、ファストライフはまだ中段後方だ。
向こう正面、段々と競馬が忙しくなる。
3コーナーでは早くもラヴィアンレーヴが先頭を伺う。
ファストライフが外目をスーッと加速して3番手集団を追い抜こうとする、残り400m
「来た!」
「来たねぇ」
優と冴が次々に声を張り、立ち上がる。
ファストライフのしなやかな四股のスライドが加速する。
直線コース、そのファストライフに騎手が右ムチ3連発、覚醒を促す。
先行した馬が粘りまくるが、ラヴィアンレーヴが競り落として先頭。
そのラヴィアンレーヴが粘り込みを図るが、ファストライフ届きそうにない。
果凛と冴は不安げに見詰め合う。
ここまでか、観念すると優は両手の拳に力が入る。
「ファストライフ頑張れーっ!!」
鞍さんが祈るように目を閉じながら両手をメガホンにして透き通る懸命さを画面一杯に届けた。
観戦する住民たちが総立ちになる。
ファストライフに一段上のギアが入る。
間に合うのか。



赤いシャドーロールを揺らしながら力強いストライドでひと延びしたファストライフがラヴィアンレーヴを捉えて差し切った所がゴールだった。
「芦毛、差せっつ」
優の短い応援に二頭に少し遅れて10番が最後の一延びで3着争いを制した。
1着1番ファストライフ、2着4番ラヴィアンレーヴ、3着10番サンライズアキレス。
全員が全ての顔をゆっくりと見回し合うと、万歳して飛び上がった。
「やった、やった」
「うれしー」
「3連単ゲットだぜ!」
「ファストライフ、ナイスレースでした」
「ジョッキー、グッジョブ」
「ラヴィアンレーヴも頑張ったよね」
「頑張った」
「3着は10番か、10番人気だろ。これは高目の配当だねー」
誰の声だか分からなくなった四人が肩を組んで、背中からソファーに倒れ込んだ。
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