第18話 ダースの思い
文字数 2,106文字
やがて食事も終わって、しばしの休憩をしようということになった。アストリアの思いに反して残念ながら食事中はアストリアとクアトロ、アストリアとダースといった図式でしか会話が成立しなかった。
そうするとアストリアは自分が同席していなければ、クアトロとダースが会話をするのではないかと思ったようだった。アストリアは二人とは少しだけ離れた所に移動して、ちょこんと座っている。
本心ではアストリアを追いかけてその隣に座りたかったクアトロだった。しかし、ここでアストリアの近くに行くと怒られそうな気がして、仕方なしにダースの横でそれまでと変わらずに座っている。
先ほどから二人の間には沈黙が流れていて、何とも居心地の悪さをクアトロは感じていた。
「……なあ、魔族の王よ」
不意にダースが口を開いた。クアトロは少しだけ驚いた顔でダースに赤い瞳を向けた。ダースはクアトロに視線を向けることはなく、何もない真正面にその黒い瞳を向けている。
「……魔族の王よ」
ダースが同じ言葉を繰り返す。
「……クアトロでいい。皆もそう呼んでるしな」
「……そうか。ではクアトロ、アストリア様は魔族の国に来てから、よく笑顔をお見せになるようになった」
「……そうか? 俺にはよく分からないが」
「クアトロは帝国におられた頃のアストリア様をあまり知らないからな」
「まあ……ほぼ、出会ってからすぐに、魔族の国へ連れて来たからな」
そう言葉にすると、かなり力技で事を運んだのだなとクアトロは改めて思った。。
「アストリア様が今のようによく笑われることなど、私は見たことがない」
「そうか。ならばこの国に来てよかったんじゃないか?」
ダースが何を言おうとしているのか。それがよく分からずに、クアトロはとりあえずそう言ってみた。
「これでも私はクアトロに感謝している。アストリア様に笑顔をもたらしてくれたのだからな」
正面から感謝しているなどと言われると、相手がダースとはいえ照れるなとクアトロは思う。
「……そうか」
「……そうだ」
また少しだけ沈黙か訪れた後、再びダースが口を開いた。
「アストリア様はご幼少の頃から、両親からの愛というものを知らないままで、お育ちになられた」
クアトロが黙っていると、ダースは言葉を続けた。
「アストリア様の母君はアストリア様をお産みになられてすぐに亡くなられたと聞いている」
「そうか。それは可哀想だったな」
クアトロの言葉にダースは黙って頷く。言われてみれば、アストリアから母親の話は聞いたことがなかった。そうなのであれば、皇族とはいえ苦労もあったのだろうとクアトロは思う。
「皇后様の手前もあったのだろうな。実の父君である皇帝陛下にも、アストリア様は自身がお生まれになった時から疎んじられておいででな」
ダースはそう言いながら手元の新緑を毟ると、自分の目の高さまで持ち上げてそれを宙へと解き放った。ダースの指先から解き放たれた新緑が風に運ばれて飛んで行く。
クアトロの赤色の瞳とダースの黒色の瞳が、舞いながら風に運ばれて行くその新緑を見つめる。
「生まれてすぐに母君を亡くされたアストリア様は、王宮の片隅で父君である陛下の愛情にも触れることもないままで、お育ちになられたのだ」
「そうか。可哀想な話だとは思うが、よくある話でもある」
「そうだな。世の中に似たような話はたくさんあるだろうし、これより悲惨な話もたくさんあるのだろうな」
ダースはクアトロに同意を示して頷く。
「魔族の王クアトロよ。私はそれでも、アストリア様より不幸な者が星の数ほどいるとしても、アストリア様には誰よりも幸せになって、笑っていてほしいと思っている」
「……そうか」
クアトロはそれだけを言った。
ダースの今の言葉に応えるとすれば、今後のクアトロの行動だけなのだろう。アストリアの笑顔を絶やさないこと。それだけをダースは望んでいて、そのためだけの行動をクアトロに望んでいた。
「ダース、お前はいい奴だな」
「……うるさい」
ダースは照れたのか、それだけを言う。
「アストリア様はお優しい。いつも他の誰よりも自身が優しくあろうとしておいでだ。俺はそれが切ないのだ。まるで、親の愛を知らないが故に、ぽっかりと空いてしまった自分の穴をその行為で塞ごうとしているようでな」
「……そうだな」
クアトロは頷く。
「なあ、ダース、お前はいいのか? 魔族の国などについて来てしまって」
アストリアを心配する必要はなかいから、元の国に帰ってもよいのだぞ。嫌味ではなくて純粋にダースの身を案じ、言外にその意味をクアトロは込めたつもりだった。
「俺は名ばかりの貧乏貴族でな。アストリア様には家族を助けてもらった上に、俺を騎士にまで取り立てて頂いたのだ。もはや返せぬほどの大恩がある。だから、アストリア様がどこにおられようと護衛の騎士としての務めを全うするだけだ」
「ふん、やっぱりお前はいい奴だ」
「うるさい、魔族の王」
ダースが照れたようにそう言った時だった。少しだけ離れた所に一人座っていたアストリアに近づく影があった。クアトロとダースはほぼ同時にそれに気がつき、各々の腰にある長剣に手をかけて駆け出した。
そうするとアストリアは自分が同席していなければ、クアトロとダースが会話をするのではないかと思ったようだった。アストリアは二人とは少しだけ離れた所に移動して、ちょこんと座っている。
本心ではアストリアを追いかけてその隣に座りたかったクアトロだった。しかし、ここでアストリアの近くに行くと怒られそうな気がして、仕方なしにダースの横でそれまでと変わらずに座っている。
先ほどから二人の間には沈黙が流れていて、何とも居心地の悪さをクアトロは感じていた。
「……なあ、魔族の王よ」
不意にダースが口を開いた。クアトロは少しだけ驚いた顔でダースに赤い瞳を向けた。ダースはクアトロに視線を向けることはなく、何もない真正面にその黒い瞳を向けている。
「……魔族の王よ」
ダースが同じ言葉を繰り返す。
「……クアトロでいい。皆もそう呼んでるしな」
「……そうか。ではクアトロ、アストリア様は魔族の国に来てから、よく笑顔をお見せになるようになった」
「……そうか? 俺にはよく分からないが」
「クアトロは帝国におられた頃のアストリア様をあまり知らないからな」
「まあ……ほぼ、出会ってからすぐに、魔族の国へ連れて来たからな」
そう言葉にすると、かなり力技で事を運んだのだなとクアトロは改めて思った。。
「アストリア様が今のようによく笑われることなど、私は見たことがない」
「そうか。ならばこの国に来てよかったんじゃないか?」
ダースが何を言おうとしているのか。それがよく分からずに、クアトロはとりあえずそう言ってみた。
「これでも私はクアトロに感謝している。アストリア様に笑顔をもたらしてくれたのだからな」
正面から感謝しているなどと言われると、相手がダースとはいえ照れるなとクアトロは思う。
「……そうか」
「……そうだ」
また少しだけ沈黙か訪れた後、再びダースが口を開いた。
「アストリア様はご幼少の頃から、両親からの愛というものを知らないままで、お育ちになられた」
クアトロが黙っていると、ダースは言葉を続けた。
「アストリア様の母君はアストリア様をお産みになられてすぐに亡くなられたと聞いている」
「そうか。それは可哀想だったな」
クアトロの言葉にダースは黙って頷く。言われてみれば、アストリアから母親の話は聞いたことがなかった。そうなのであれば、皇族とはいえ苦労もあったのだろうとクアトロは思う。
「皇后様の手前もあったのだろうな。実の父君である皇帝陛下にも、アストリア様は自身がお生まれになった時から疎んじられておいででな」
ダースはそう言いながら手元の新緑を毟ると、自分の目の高さまで持ち上げてそれを宙へと解き放った。ダースの指先から解き放たれた新緑が風に運ばれて飛んで行く。
クアトロの赤色の瞳とダースの黒色の瞳が、舞いながら風に運ばれて行くその新緑を見つめる。
「生まれてすぐに母君を亡くされたアストリア様は、王宮の片隅で父君である陛下の愛情にも触れることもないままで、お育ちになられたのだ」
「そうか。可哀想な話だとは思うが、よくある話でもある」
「そうだな。世の中に似たような話はたくさんあるだろうし、これより悲惨な話もたくさんあるのだろうな」
ダースはクアトロに同意を示して頷く。
「魔族の王クアトロよ。私はそれでも、アストリア様より不幸な者が星の数ほどいるとしても、アストリア様には誰よりも幸せになって、笑っていてほしいと思っている」
「……そうか」
クアトロはそれだけを言った。
ダースの今の言葉に応えるとすれば、今後のクアトロの行動だけなのだろう。アストリアの笑顔を絶やさないこと。それだけをダースは望んでいて、そのためだけの行動をクアトロに望んでいた。
「ダース、お前はいい奴だな」
「……うるさい」
ダースは照れたのか、それだけを言う。
「アストリア様はお優しい。いつも他の誰よりも自身が優しくあろうとしておいでだ。俺はそれが切ないのだ。まるで、親の愛を知らないが故に、ぽっかりと空いてしまった自分の穴をその行為で塞ごうとしているようでな」
「……そうだな」
クアトロは頷く。
「なあ、ダース、お前はいいのか? 魔族の国などについて来てしまって」
アストリアを心配する必要はなかいから、元の国に帰ってもよいのだぞ。嫌味ではなくて純粋にダースの身を案じ、言外にその意味をクアトロは込めたつもりだった。
「俺は名ばかりの貧乏貴族でな。アストリア様には家族を助けてもらった上に、俺を騎士にまで取り立てて頂いたのだ。もはや返せぬほどの大恩がある。だから、アストリア様がどこにおられようと護衛の騎士としての務めを全うするだけだ」
「ふん、やっぱりお前はいい奴だ」
「うるさい、魔族の王」
ダースが照れたようにそう言った時だった。少しだけ離れた所に一人座っていたアストリアに近づく影があった。クアトロとダースはほぼ同時にそれに気がつき、各々の腰にある長剣に手をかけて駆け出した。