第41話 ヴァンエディオとトルネオ

文字数 2,937文字

 小声でうぎゃうぎゃと言いながら、二体のスモールゴブリンはパラン神殿内の長い回廊を進んでいた。胸の内には自分達が敬愛する女王から託された伝言をあの魔族の王とやらに伝える使命感で燃えている。そして、それを象徴するかのようにその鼻息も荒かった。

 やがて長い回廊が終わり大きく開けた場所に出た。そこは天井がなく中庭といった趣きだった。そこをスモールゴブリンたちは進んで行く。周囲は僅かな月明かりだけで視界は悪かった。しかし、逆に視界の悪さが幸いして小声とはいえ、うぎゃうぎゃと計画もなしに歩くスモールゴブリンの身を図らずも隠しているようだった。

 不意に左手のスモールゴブリンが足を止めた。右手のスモールゴブリンが訝しげな顔で足を止めたスモールゴブリンを見やる。

 足を止めたスモールゴブリンは、今更だが自分たちの眼前に巨大な影があることに気がついたのだった。近づくスモールゴブリンたちを察したのかその巨大な影が大きく動いた。

 巨大な影の頭らしき部分がスモールゴブリンたちの眼前に突き出された。たちまち二体のスモールゴブリンは腰を抜かしたようにその場でへたり込む。

 へたり込んだスモールゴブリンの眼前にあった顔は、薄暗い月明かりに照らされた古代種のドラゴンの顔だった。




 「ふむ。言い伝えに出てくるぐらいの古い建物なのですが、外見も中も荒れ果てた印象が不思議とないですね」

 神殿内に入ると、ヴァンエディオが周囲を見渡しながらそう言った。先頭を歩くスタシアナが持っている杖の先には光の魔法が施されており、それが周囲を照らしていた。

 確かに真新しいとまでは言わないが、ヴァンエディオが言うように神殿の外も中も荒れ果てた印象は一切ないとクアトロも思う。

「特殊な魔法がかけられているのでしょうね」

 不死者の王、トルネオがそう言った。

「ふむ。興味深いですね。我らが知らない魔法がまだまだあるとは」

 ヴァンエディオがそこまで言った時だった。光が届かない暗闇の向こうから声が飛んで来た。

「随分と余裕だな。魔族の分際で魔人に喧嘩を売りに来ておいて」
「喧嘩を売りに? 喧嘩を買いに来たの間違いでしょう。言葉は正確に使ってください。それとも、魔人はそれほどまでに頭が悪いのですか?」

 ヴァンエディオが暗闇に向かって辛辣な言葉を返す。

「随分と口が達者な魔族だな」

 舌打ちとともに二人の魔人が暗闇から姿を現した。二人とも中肉中背の魔人で剣や杖などは持っていなかった。

「お前らがナサニエル様の言っていた魔族か。魔族の王だか何だか知らないが、その人数でここに来るとは、お前らこそ頭が悪いんじゃないのか?」

 片方の魔人がそう言った。

「ナサニエル? あの魔人はそう言う名前なのですね。早速の情報、ありがとうございます」

 ヴァンエディオはそう言って、慇懃に一礼をして見せた。

「……さっきから魔族のくせに腹立つ感じだな、お前」

 魔人の一人が怒りのこもった声を上げた。確かにヴァンエディオの物言いは人を苛立たせる響きがあるとクアトロは常々思っていた。ここはヴァンエディオには申し訳ないが、その魔人に激しく同意する所だった。魔人の言葉に、うんうんと頷くクアトロを見て一瞬だけヴァンエディオが情けなさそうな顔をする。

「クアトロ様、おふざけもそれぐらいにして下さい」

 ヴァンエディオはそう言うと、再び魔人に視線を向けて言葉を続けた。

「魔族の分際、魔族のくせに。語彙力の貧困さは置いておくとしても、魔人如きに言われる筋合いはないですね」

「あ? 下位眷属の魔族が何言ってやがる」

 魔人の一人がもはや怒気を隠そうともせずにそう言い放った。

「その語彙力のなさ、地回りのヤ○ザ並ですね」

 ヴァンエディオは溜息混じりでそう言うと、クアトロに赤い瞳を向けた。

「クアトロ様、ここは私とトルネオさんで引き受けます。皆さんは先に進んで、アストリア様の下へ急いで下さい」

 クアトロはその言葉に黙って頷く。それを見てヴァンエディオは再び口を開いた。

「エネギオスさん、後は頼みましたよ」
「誰に物を言ってる? 俺は四将の筆頭だぜ?」

 エネギオスが僅かに口元を歪めた。

 クアトロたちがヴァンエディオとトルネオを残して歩みを進め始めると、魔人の一人が怒声を放った。

「馬鹿か、てめえら。そのまま行かせるかよ、てめえら全員、ここで死ぬんだよ!」

 魔人は何もない空間から長剣を取り出すと、地面から少しだけ浮いた状態で一気に滑るようにクアトロたちとの距離を詰めた。

 しかし、直前で見えない障壁によって阻まれる。

「見事ですね。トルネオさん」
「お褒め頂いて光栄ですね」

 トルネオはそう言って障壁魔法を発動するために伸ばしていた骨だけの片手を下ろす。

「ちっ、障壁魔法か?」
「こんな魔法に気づかないとは、やはり魔人は頭が悪いのですね。語彙力のなさも頷けます。空間魔法や浮遊魔法を操れるのは見事ですが、それだけですと、何ら手品と変わらないようですね」
「てめえ、そこの骸骨と一緒にぶっ殺す!」

 魔人が怒声を放つ。額に太い血管が膨れ破れるばかりに浮かび上がっていた。

「我が主に対する数々の非礼。その贖罪として死んでも消えない恐怖という物を与えて差し上げます」

 ヴァンエディオの後方で控えていたトルネオが重々しくそう宣言した。いつもは深く被っているはずの頭巾を外しており、薄暗い中で骨だけの頭が禍々しいまでに白く、鈍く光っていた。

「では行きますよ、魔人の皆さん」

 ヴァンエディオはそう言って、左右の口角を持ち上げて笑った。その顔はまさに巷で言われる魔人の笑みだった。




 「残して来てしまったが、ヴァンエディオとトルネオは大丈夫だろうか」

 神殿内で歩みを進める中、ダースがぽつりとそう言った。

「そうよね。特にあの変な骸骨、大丈夫かしら?」

 エリンも同調して頷いている。そう言われるとクアトロも不安になってくる。ヴァンエディオの実力は知っているので相手が魔人とはいえ、魔人の一人や二人に遅れをとるとは思っていない。
 ただ、あのおっさん骸骨は大丈夫だろうか。不死者の王などと大層な名前で呼ばれていたが、今ではいつも足を犬に齧られているだけの面白骸骨になっている。

「ヴァンエディオは大丈夫だ。あれでいて化け物並の強さだ。ま、俺よりは弱いけどな」

 エネギオスがそう言って豪快に笑う。

「ぼくはトルネオも大丈夫だと思いますよー。二百年以上の間、誰にも浄化されないで不死や魔法の研究をしてきた不死者ですからね。二百年の間、浄化されなかった。それだけでも大したものなんですよー」

 先頭をとてとてと歩くスタシアナがそう言う。

 二百年の間、不死や魔法の研究……ゾンビカメムシとふざけて遊んでいた訳ではなかったのかとクアトロは思う。

「そういうものなのかしら。私もあの骸骨が強いとは思えないわよ」

 マルネロも同じく不安を覚えているようだった。

「あら、なら、そこの爆乳第百夫人が残ればよかったのに。使いどころがない残念おっぱいで、ばいーん、ばいーんって張り倒した方が早かったのではなくて?」

「エリン、あんたねえっ!」

 マルネロの怒声が飛んでその人差し指に炎が灯るのと、エリンがスタシアナに頭を叩かれるのは同時だった。
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