第62話 激突 クダイ平原

文字数 2,051文字

 人族のベラージ帝国を中心とした四か国連合の将兵約四万を魔族統一国家エミリアス王国は、ほぼその倍にあたる七万の将兵をもって迎え撃った。

 場所はエミリアス王国とベラージ帝国の国境となるザイル川が流れるクダイ平原。かつては幾度となく魔族と人族が対峙して争い、互いの血を流した地でもあった。

 エミリアス王国軍の構成は中央にエネギオスが率いる王国直轄の将兵四万。左翼にバスガル侯が率いる将兵一万五千。右翼に王国各地から馳せ参じた各諸侯が率いている総勢一万五千の将兵となっていた。

 国王のクアトロは全軍の中央後方に本陣を構え、傍にはマルネロ、スタシアナとエリン。そして、ヴァンエディオとトルネオが控えていた。

 また、アストリアの姿も本陣にあった。王宮などにいるよりも、自分の近くにいた方がその安全を担保ができるとクアトロは考えたのだった。

 両軍による遠距離魔法の撃ち合いから程なくして、四か国連合による将兵の突撃が始まった。

 数で圧倒するエミリアス王国軍は、それを左右から包み込むようにして迎え撃った。

「妙だな。将兵の数が圧倒的に不利なのに、正面から向かってくるとは」

 クアトロの言葉にヴァンエディオが頷く。

「何か策があるとも思えませんね。ただ闇雲に突撃しているだけのように見えますね……」

 ヴァンエディオもクアトロと同様に四か国連合の動きが腑に落ちないようだった。

 特に迎え撃つエミリアス王国軍左翼の動きは凄まじかった。四か国連合軍右翼を包み込むと言うよりも蹴散らしながら、戦端が開かれて早々に四か国連合軍の中央近くにまで迫っていた。

「……バスガル候だな。相変わらず元気なじいさんだ」

 クアトロが呆れた声で感想を漏らす。
 数で圧倒された結果、エミリアス王国軍の両翼からほぼ包囲されたかに見える四か国連合軍は、ただ壊滅の時を待つだけに思えた。

「クアトロ、駄目なのー! 逃げなきゃ!」

 その時、前方の戦闘を見詰めていたスタシアナが、その背にある黒色の翼を激しく揺らしながら身を乗り出すようにして叫んだ。




 「人族如きが魔族に歯向かってくるなど、笑止千万!」

 父親のバスガルはそんなことを叫びながら、自慢の大剣を息子であるグリフォードの眼前で振り回していた。グリフォード自身は父親たちの補助を魔法で行うべくその背後で控えていた。もっとも、余り自身の出番はない状況だった。

 それにしても我が父親ながら元気だなとグリフォードは思う。普通であれば、とっくに隠居している年齢なのだ。

 バスガルが大剣を振り回す度に人族の将兵が面白いように吹き飛ばされていく。

 グリフォード自身は魔族ではあるものの戦いは好きではなかった。だが、身を守るためであれば仕方がないとも思っている。今回、先に手を出してきたのは人族なのだから。

 そうグリフォードが考えていた時、グリフォードの背筋に形容し難い嫌な悪寒が走った。
 この感覚は……。

「父上、左です!」
「分かっとる!」

 バスガルの斜め左にある空間が僅かに揺らいでいる。
 甲高い金属音が響いた。バスガルが盾のようにして構えた大剣の根元近くから白煙が立ち昇っていた。

「ほう、よく防いだな」

 感心したような声と共に、揺らいだ空間から白髪で赤い瞳の男が現れた。

 魔人だな。グリフォードは直感的に思う。戦場に何の前触れもなく現れた乱入者に、バスガル配下の将兵数名が長剣を構えて即座に飛びかかった。

 それを見て、やはりどうにも魔族は気性が荒いものなのだなとグリフォードは苦笑する思いだった。現れた理由は知らないが、戦場である以上は問答無用ということらしい。

 だが、飛びかかった数名の魔族は瞬時に地に倒れ伏してしまった。しかもどれもが無惨に切り刻まれている。ある者は手足が、ある者は首から上が、ある者は上半身と下半身が……。

 一瞬にして男の周囲が血の海と化してしまっていた。

 馬鹿なとグリフォードは思う。飛びかかった全ての兵士には自分の防御魔法がかけられていたはずだった。その防御魔法を無視するかの如く、いとも容易く切り裂かれたということか。

「貴様!」

 一瞬の間で起こった惨劇を目の当たりにしたバスガルは一声だけ吠えると、大剣を男に目掛けて横に払った。だが……。

「父上!」

 グリフォードの叫び声が戦場を駆け抜けた。信じられない光景だった。バスガル候の右手首から先がなく、そこからは鮮血が吹き出している。

 大地にはバスガル愛用の大剣が転がっており、そこでは切り離されたバスガルの右手がしっかりと大剣の柄を握っていた。

 信じられなかった。老いたとはいえ、かつては魔族最強と謳われた父である。化け物じみた強さの四将らとクアトロ王を除けば、今でも父、バスガルが魔族最強だとグリフォードは思っていた。

 その父がなす術もなく右手を斬り落とされたのだ。あの魔人……自分が敵う相手ではない。グリフォードの全感覚が自分にそう告げていた。

 だが、父上を……。

 グリフォードは覚悟を決めると両手をかざして呪文の詠唱を始めるのだった。
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