第31話 スモールゴブリン再び

文字数 2,723文字

 「……分かりました。昨日のことの幾つかが誤解なのですね」
 
 昨日と同じく中庭で必死にアストリアへ弁明するクアトロに、アストリアは苦笑を浮かべた。
 アストリアの隣にいるダースは内容が内容だけに何とも呆れた顔をしている。

「でしたら、もうあのようなことはしないで下さいね。どうしてもと言うのなら、私がその……」

 見せてくれるというのか? 
 頭を下げていたクアトロが勢いよくその頭を上げる。
 次の瞬間、背後からマルネロに頭を叩かれる。

「あんたたち、いい加減にしなさいよ」

 ごめんなさいとクアトロが再度、頭を下げる。

「それより真面目な話があるのよ」

 マルネロが真剣な面持ちでいう。

「最近、王都の街中にスモールゴブリンが出没するようよ」
「スモールゴブリンが?」

 ダースが驚いた声を上げる。ダースが驚くのも無理はない。スモールゴブリンは森に生息するモンスターで、魔族や人族が住む都市部に出現することはないはずだった。

「迷い込んだのでしょうか?」

 アストリアの言葉にマルネロが首を左右に振った。

「それが一体だけではなくて、数体がまとまって行動しているみたい」
「被害は何かあったのでしょうか?」

 アストリアが心配げに言うとマルネロは赤い頭を左右に振った。

「老人が驚いて転んだとか、子供が泣き出したことぐらいかしらね。今のところ、直接的な被害はないみたいよ」
「しかし、妙ですね。普段は森に生息している彼らが都市部に姿を見せて、しかも何もしないとは……」

 ダースが考え込む様子を見せながら言う。クアトロはそんなダースの言葉に大きく頷くと嬉しそうに口を開く。

「よし、奴らが生息する森まで行くとするか」




 「エリンさん、スタシアナさんは来なかったのですね」

 アストリアがクアトロの横にいるエリンに声をかけた。

「スタシアナ姉様は変な骸骨と一緒よ。何か大事な実験ですって」

 トルネオと一緒に実験となれば、また何かの骨を触媒としたスケルトンの生成だろう。先日も巨人族のスケルトンを復活させて制御が効かなくなり、ちょっとした騒ぎとなったばかりだった。

「あの二人が一緒だと、ろくなことがないのよね」

 その制御が効かなくなったスケルトンの後始末をしたマルネロが溜息混じりに言う。

「でも、二人でいると凄く楽しそうですし」

 アストリアのその言葉にマルネロが意地の悪そうな笑みを浮かべた。

「スタシアナがいないと、アストリアはクアトロを独占できるもんね」
「そ、そんなことは思っていません」

 アストリアの顔が赤くなる。何とも分かりやすいとマルネロは思う。

「あら、どうかしら? スタシアナ姉様がいなくても私がいるのよ」

 その言葉に挑戦的な響きがあった。マルネロが視線を向けると、クアトロと手を繋いで歩くエリンの姿がある。当のクアトロは急に手を繋がれて目を白黒させている。

「スタシアナ姉様が好きなものは、当然、私も好きでしてよ」
「はあ? 何、それ。ちょっとクアトロ、手を握られて何で鼻の下を伸ばしているのよ!」
「マ、マルネロさん、少しは落ち着いて」

 アストリアが興奮するマルネロを宥める。

「何なのよ。天使ってどんな思考回路をしているんだか。アストリアも、ぼーっとしているとろりこん天使zたちにクアトロを取られちゃうんだからね」
「は、はあ。すいません」

 アストリアが素直に頭を下げる。
 その時だった。アストリアの隣にいたダースが鋭く注意を促した。前方の茂みが揺れている。やがて一体のスモールゴブリンが顔を出した。
 身構えるダースを制してアストリアが一歩前へと進み出た。

「アストリア様……」
「大丈夫だと思います」

 スモールゴブリンはアストリアの顔を見ると、うぎゃうぎゃ言いながら茂みの中から出て来る。次いでもう三体が姿を現した。
 合計四体のスモールゴブリンがアストリアを前にして両手を叩きながら小躍りしている。

 喜んでいるの? とマルネロは思う。明らかにスモールゴブリンたちはアストリアを見て喜んでいた。となると、スモールゴブリンたちが都市部に出没しているとの話は、もしかしてアストリアを探して……?

「マルネロさん、私について来て欲しいようです」

 クアトロが言っていたように、やはりアストリアはスモールゴブリンの言うことが分かるようだった。

「ついて来いと言ってもな……」

 クアトロが困ったように呟き、マルネロの顔を見る。その手にはエリンの手がしっかりと握られている。このろりこん大魔王は、いつまでろりこん天使とお遊び気分でいるのやらと思いつつ、マルネロは軽く頷いた。




 スモールゴブリンを先頭にして、アストリア、ダース、エリン、クアトロ、そしてマルネロの順で森の中を進んで行く。先頭のスモールゴブリンたちは相変わらずうぎゃうぎゃと騒がしい。

「何を言っているんだ?」

 クアトロがアストリアにそう尋ねる。

「もうすぐ着くということと、余計な者もついて来たと言ってるようです」
「余計な者……アストリアだけがよかったってことか」

 クアトロが少しだけ呆れたように言う。

「ええ、どういうつもりかは分かりませんが」
「でも、危険はないと思うわよ。招き入れているって感じだし」

 クアトロもマルネロの意見と同じだった。スモールゴブリンたちは明らかにクアトロ達を先導して案内している風だった。

「でも、アストリア以外は招かざる客って感じよね。特に天使とは相性が悪いんじゃない? スタシアナも虐められて、下着を見られていたもんね」

 マルネロの言葉にエリンが激しく反応した。

「し、下着? このっ、スタシアナ姉様の仇!」

 エリンは叫ぶと両手を前に突き出した。

「ま、待て、エリン! スタシアナを虐めたのはこいつらじゃないぞ」

 クアトロは慌ててエリンの手を片手で掴む。どうして自分の周りにいる者は、こうも短絡的なのだろかとクアトロは思う。
 こんなことを言い出したマルネロとて、ローブを破かれ、そのたわわな胸がこぼれそうになって不必要に爆炎魔法をぶっ放した筈だった。

「クアトロがそう言うのなら……ね。でも、こんな所でクアトロも以外に積極的なのね」

 へ? とクアトロは自分の手元を見る。片手はエリンの手を掴んでいたが、残るクアトロの片手はエリンの胸の上にあった。

「い、いや、これは……」

 クアトロは慌ててエリンの胸から手を離した。

「あら、皆がいるからって別に恥ずかしがらなくても。私は構わなくってよ」

 エリンが戻そうとするクアトロの手を両手で強く掴んでくる。

「い、いや……」

 クアトロはそう焦りながらも背後に視線を感じて振り返った。
 ……アストリアが、じとっと見ている……。
 いや、勘弁してくれ。わざとじゃないんだ。心の中で呟くクアトロだった。
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