第26話 ありがとうゾンビカメムシ

文字数 2,533文字

 その翌日、クアトロたちはゾンビカメムシからの報告を聞くため、宿屋の一室に集まっていた。皆が思い思いの位置に座った時、トルネオが短い叫び声を上げる。

「どうしたのですか、トルネオさん?」

 皆がトルネオに取り合うのが面倒でトルネオの叫び声を放置している中、アストリアだけは健気にそう声をかけた。

「ゾ、ゾンビカメムシが、わたしのゾンビカメムシ一万二千三百六十五号が死にそうです!」

 ……ゾンビカメムシってそんなにいるのか? と思ったクアトロだったが、面倒なのでそれを口にはしない。おそらくは皆もそう思っているのだろうと思う。それにゾンビなのだからもう死んでいるのだろうと言いたくもなってくる。

「え、え、一体どうすれば?」

 アストリアが、あたわたと両手を上下に振る。

「血です。血を下さい!」

 トルネオが叫ぶように言う。

「え、血? 血ですか?」
「大丈夫です。ゾンビカメムシが必要とする血なんてほんの少量なので」
「え、血……血はちょっと……噛まれて私もゾンビになったりしないのでしょうか?」
「吸血鬼ではないので大丈夫です。感染ったりしませんので。多分……」
「た、多分って何ですか? え、で、でも血はちょっと……」

 アストリアの顔が流石に引き攣っている。アストリアでは駄目だと思ったのか、トルネオはクアトロに顔を向けた。

「クアトロさん、血を分けていただけませんか?」
「いやだ」
「ダースさん!」
「申し訳ないが断る。気味が悪いのでな」
「アストリアさん!」
「……燃やすわよ」
「スタシアナさーん!」
「びよーんですよ」

 皆から見事に断られてトルネオが悲鳴を上げる。

「あ、あ、わたしのゾンビカメムシ一万六千八百九十九号が……」

 トルネオががっくりと肩を落とす。さっきと番号が違っていることは面倒なので誰も口にはしない。

「……今、今、彼女が昇天しました。今までありがとう。一万二千とんで五号。愛していたよ……」

 トルネオは宙を見つめてそう呟く。しかも雌かよと思いつつ、面倒なので皆はやはり無言である。流石のアストリアも無言となっていた。

「……で、トルネオ、何か情報を掴めたのか?」

 どうでも良い寸劇が終わりを告げたようなので、クアトロがトルネオにそう問いかけた。

「はい。そこは問題ないです。ゾンビカメムシ一万六千七百五十一号が、しっかりと働いてくれたので」
「そうか。だが、番号はもういいぞ。お互いに色々と面倒だからな」

 はあとトルネオが不服そうに頷く。

「やはり天使は本物のようです。あの敷地内にある建物の一室に翼を持った者がいると」
「なるほどね」

 マルネロが赤色の頭を縦に動かして頷く。

「その天使から聖戦の言葉が出たのも間違いはないようですね。ただ、聖戦を命じたと言うよりも、魔族の殲滅を命じたようで」
「魔族の殲滅とは尋常ではないな」

 聖戦を持ち出すのではなくて殲滅という言葉を用いたこと。その言葉に対して魔族に対する強い恨みのようなものを感じるとクアトロは思う。

「そうね。確かに何か恨みのようなものを感じるわよね」

 マルネロも同じ意見のようで、小さく頷いている。

「そして、ここからが大事なのですが、王宮にも私のゾンビカメ……」
「トルネオ、番号はいらないぞ」

 クアトロが鋭い口調で言う。

「は、は、は……いやですよ、クアトロ様、わたしはそんなにしつこくないですよ」

 トルネオが乾いた笑い声を上げる。その様子を見て絶対に今、言おうとしていたなとクアトロは思う。

「えーそれでですね。王宮からの情報では、エミリー王国の国王は聖戦には否定的な立場のようです。ダナ教に押し切られる格好で、出兵の準備を進めているようでして」
「そうだとするとダナ教徒さえ何とかすれば、今回の聖戦騒ぎが収まるかもしれないな」

 トルネオがクアトロの言葉に頷く。

「じゃあ、ダナ教徒を皆殺しにしちゃいましょうか」

 スタシアナが元天使の癖に物騒なことを言い出した。

「流石にそれは現実的に無理よね。頭の大司教ぐらいなら殺せるけど」

 マルネロもスタシアナの言葉を否定しておきながらも、同じく物騒なことを口にする。

「それでは信徒の恨みを買うだけですね。ですが、大司教を排除して天使を何とかできれば、あるいは……といったところでしょうかね」

 トルネオがそう言うとアストリアが小首を傾げた。

「スタシアナさん、天使様は皆、それほどまでに魔族が嫌いなものなのでしょうか?」
「んー? そんなことはないと思いますよー。好きでも嫌いでもなくて、人族に興味がないのと同じように、魔族にも興味がないと思いますよー」

 アストリアと同じようにスタシアナも小首を傾げながら言う。クアトロはそんな二人を見て、何だか涙が出そうになるぐらい可愛らしいと思う。

「天使様と直接会って話ができないものでしょうか」

 アストリアが考え込みながら言う。

「流石に難しいわよね。あの警戒では忍び込めないでしょうし、会った所で説得できる保証もないしね。ここのなんちゃって天使がもう少し使えればよかったのだけど」

「ふえ……」
「マルネロさん……」

 何かとスタシアナを虐めるマルネロにアストリアが苦笑する。

「でも人族にも魔族にも余り興味を持たない筈の天使様が、魔族に強い恨みを持ったとすれば、それなりの事情があるのでは」
「そうですね。アストリアさんが言うように天使と会えるのであれば、現状からの打開策も見つかるかもしれません」

 トルネオはアストリアに頷くと言葉を続けた。

「そこで朗報が一つあります。明日、国王のライトル三世がダナ教騎士団を激励のために訪れるとの話です。その時であれば天使や大司教も姿を見せるかと」
「面倒だからそこで全員をまとめて……」

 マルネロが呟く。物騒な考えだが、やり方の一つとしてはあるのだろうとクアトロも思う。国、宗教の指導者、そしてこの一件が始まった要因である天使がいなくなってしまえば、聖戦どころの話ではなくなるはずだ。
 人族の上位眷属である天使の能力がいかに優れているとしても、たった一人の天使にこの面子が返り討ちに会う可能性は低いだろう。

「その場に忍び込むとするか。うまく行けば、天使やこの国の王と話せるかもしれないしな」

 クアトロは不敵にそう言って笑うのだった。
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