第32話 スモールゴブリンの女王
文字数 2,418文字
スモールゴブリンたちに案内されたのは森の東側にある洞窟だった。洞窟の入り口には二体のスモールゴブリンがいて二体共、アストリアを見ると両手を叩きながら小踊りを始める。どうやら本当にスモールゴブリンたちはアストリアが来たことを喜んでいるようだった。
スモールゴブリンたちに促されるまま、クアトロたちは洞窟内部に足を踏み入れた。洞窟内は光苔が敷きつめられていて想像以上に明るかった。
時折、洞窟内で他のスモールゴブリンを見かけ、この洞窟に何体のスモールゴブリンがいるのだろうかとクアトロは思っていた。
「かなりの数がいるようだな。それらがこの規模で共同体を作っているとは驚きだ」
ダースが感心したように言う。そもそも、スモールゴブリンは交戦的な魔獣ではない。力も五歳時程度と弱くて、稀に集団で人を襲うことがある程度だ。
「魔獣の共同体ね。確かに聞いたことがないわね。弱い魔獣だから集まって生きているんでしょうけど」
マルネロもダースと同意見なようでダースの言葉に頷いている。。
「それにしてもだ。これだけの数だ。かなり高度な社会性があるということになる」
「そうね。意外な発見よね」
そんな二人の遣り取りを聞いている間に、クアトロたちは洞窟の最深部へと到達したようだった。突き当たりの少しだけ開けた場所に出る。そしてその中央にあるのは……。
「こ、これって……」
マルネロが引き攣った顔をする。
「何とも……」
ダースも同様だ。
「あらっ……」
エリンも言葉が出ないようだった。
皆が足を止めて唖然といった表情をしている。それも無理はなかった。
開けた洞窟の最深部のほぼ中央に木製の椅子らしき物が置かれていた。そして、その椅子を中心にして地面には様々な彩色の花が散りばめられている。椅子自体にも蔓のようなものが巻かれて、所々に大小様々な花が添えられている。
「これは装飾しているのですよね……」
アストリアが呟くように言う。
「まあ、そうだろうな。彼らなりに頑張ったのではないかな。座れと言うことか?」
クアトロはそう言って、一歩、二歩と歩みを進めた。
「痛っ!」
クアトロは後頭部を背後から、ぽかっと叩かれる。背後を振り返ると一体のスモールゴブリンがぴょんぴょん跳ねながら、うぎゃうぎゃと言っている。
「クアトロではないみたいね」
マルネロが苦笑混じりに言う。
「そのようですね」
アストリアはそう言うと、敷き詰められている花々を極力踏まないようにと、静かに前へと進み出る。
「アストリア様……」
「大丈夫です、ダース卿。危険なことはないかと」
歩みを進めたアストリアがゆっくりと椅子に腰を下ろす。その瞬間、一斉に歓声のようなものが周囲から湧き上がった。どこから出て来たのか数十体のスモールゴブリンがクアトロたちを囲んでいた。そして、そのどれもがうぎゃうぎゃと言いながら小踊りしている。
若干の戸惑いを見せて椅子に座っているアストリアに、クアトロは苦笑を浮かべながら近づいた。
「まあ、訊くまでもないが、彼らは何と?」
「我らの救世主、我らの守り神だというようなことを……」
「えーっ? 何なの。スモールゴブリンの救世主って?」
ことの顛末を知らないエリンが素っ頓狂な声を上げる。クアトロは一通りをエリンに説明をして、更に言葉を続けた。
「おそらく、古代種のドラゴンに虐められていた連中だろう。アストリアがあの時に奴らを助けたから、そう思っているんじゃないか?」
クアトロはそう言いながら、そう不思議な話ではいと思っていた。魔獣は強い者に従う習性がある。スモールゴブリンは知性があるので、その意識も強い筈だった。加えて、本人は意識していないようだが、アストリアはやはり魔獣を使役する能力を有しているのだろう。
「あの時、古代種のドラゴンを追い払ってくれたのはエネギオスさんですよ?」
「こいつら、そうは思っていないようだ。古代種のドラゴンを追い払えるような強いエネギオスを連れて来たのがアストリアだと思っているんだろう。だからアストリアの方が強いのだと」
「そんな……」
アストリアが言い淀む。アストリアの様子から不穏なものを感じ取ったのだろう。アストリアが喜んでいないので、スモールゴブリンたちは明らかに落胆していた。彼らの中には悲しげな泣き声を上げている者もいる。何か母親に想定外で怒られた子供みたいになっているとクアトロは思う。
「アストリア、何かこの子たち、可愛そうなんだけど」
マルネロがそう言いながらアストリアに赤い瞳を向けた。
「え。ええ……」
やがて一体のスモールゴブリンがアストリアの前に進み出てきた。そして、地面に両膝を着きながらアストリアにうぎゃうぎゃと訴えかける。
アストリアも真剣な面持ちでそれを聞くと口を開いた。
「分かりました。でも、常にこちらにいることはできません。それでよければ、あなた方の言う通りにしましょう」
生真面目にアストリアがそう言うと、周囲のスモールゴブリンたちから一斉に歓声のようなものが上がる。
クアトロはどういうことだとエリンに顔を向けたが、エリンも首を傾げている。そんなクアトロにアストリアが深緑色の瞳を向けた。
「クアトロさん、私、スモールゴブリンの女王になってしまいました……」
「へ……?」
アストリアは何とも形容し難い顔をしている。それを見てエリンが弾けるように笑い出した。
「アストリア、あなたも大変ね。元人族の皇女にして魔王の花嫁、その正体はスモールゴブリンの女王でしてよ」
「女王になられるとは……。アストリア様も立派になられて……」
ダースは何故か感無量と言った感じで涙ぐんでいる。
「え? そういう話なの。魔獣の女王なのよ?」
ダースの言葉にマルネロが驚いている。
いやいや、何とも……。
クアトロはそう心の中で呟いた。
以降、巷で昔話の一つとして子供たちに語られることになるスモールゴブリンの女王が誕生した瞬間であった。
スモールゴブリンたちに促されるまま、クアトロたちは洞窟内部に足を踏み入れた。洞窟内は光苔が敷きつめられていて想像以上に明るかった。
時折、洞窟内で他のスモールゴブリンを見かけ、この洞窟に何体のスモールゴブリンがいるのだろうかとクアトロは思っていた。
「かなりの数がいるようだな。それらがこの規模で共同体を作っているとは驚きだ」
ダースが感心したように言う。そもそも、スモールゴブリンは交戦的な魔獣ではない。力も五歳時程度と弱くて、稀に集団で人を襲うことがある程度だ。
「魔獣の共同体ね。確かに聞いたことがないわね。弱い魔獣だから集まって生きているんでしょうけど」
マルネロもダースと同意見なようでダースの言葉に頷いている。。
「それにしてもだ。これだけの数だ。かなり高度な社会性があるということになる」
「そうね。意外な発見よね」
そんな二人の遣り取りを聞いている間に、クアトロたちは洞窟の最深部へと到達したようだった。突き当たりの少しだけ開けた場所に出る。そしてその中央にあるのは……。
「こ、これって……」
マルネロが引き攣った顔をする。
「何とも……」
ダースも同様だ。
「あらっ……」
エリンも言葉が出ないようだった。
皆が足を止めて唖然といった表情をしている。それも無理はなかった。
開けた洞窟の最深部のほぼ中央に木製の椅子らしき物が置かれていた。そして、その椅子を中心にして地面には様々な彩色の花が散りばめられている。椅子自体にも蔓のようなものが巻かれて、所々に大小様々な花が添えられている。
「これは装飾しているのですよね……」
アストリアが呟くように言う。
「まあ、そうだろうな。彼らなりに頑張ったのではないかな。座れと言うことか?」
クアトロはそう言って、一歩、二歩と歩みを進めた。
「痛っ!」
クアトロは後頭部を背後から、ぽかっと叩かれる。背後を振り返ると一体のスモールゴブリンがぴょんぴょん跳ねながら、うぎゃうぎゃと言っている。
「クアトロではないみたいね」
マルネロが苦笑混じりに言う。
「そのようですね」
アストリアはそう言うと、敷き詰められている花々を極力踏まないようにと、静かに前へと進み出る。
「アストリア様……」
「大丈夫です、ダース卿。危険なことはないかと」
歩みを進めたアストリアがゆっくりと椅子に腰を下ろす。その瞬間、一斉に歓声のようなものが周囲から湧き上がった。どこから出て来たのか数十体のスモールゴブリンがクアトロたちを囲んでいた。そして、そのどれもがうぎゃうぎゃと言いながら小踊りしている。
若干の戸惑いを見せて椅子に座っているアストリアに、クアトロは苦笑を浮かべながら近づいた。
「まあ、訊くまでもないが、彼らは何と?」
「我らの救世主、我らの守り神だというようなことを……」
「えーっ? 何なの。スモールゴブリンの救世主って?」
ことの顛末を知らないエリンが素っ頓狂な声を上げる。クアトロは一通りをエリンに説明をして、更に言葉を続けた。
「おそらく、古代種のドラゴンに虐められていた連中だろう。アストリアがあの時に奴らを助けたから、そう思っているんじゃないか?」
クアトロはそう言いながら、そう不思議な話ではいと思っていた。魔獣は強い者に従う習性がある。スモールゴブリンは知性があるので、その意識も強い筈だった。加えて、本人は意識していないようだが、アストリアはやはり魔獣を使役する能力を有しているのだろう。
「あの時、古代種のドラゴンを追い払ってくれたのはエネギオスさんですよ?」
「こいつら、そうは思っていないようだ。古代種のドラゴンを追い払えるような強いエネギオスを連れて来たのがアストリアだと思っているんだろう。だからアストリアの方が強いのだと」
「そんな……」
アストリアが言い淀む。アストリアの様子から不穏なものを感じ取ったのだろう。アストリアが喜んでいないので、スモールゴブリンたちは明らかに落胆していた。彼らの中には悲しげな泣き声を上げている者もいる。何か母親に想定外で怒られた子供みたいになっているとクアトロは思う。
「アストリア、何かこの子たち、可愛そうなんだけど」
マルネロがそう言いながらアストリアに赤い瞳を向けた。
「え。ええ……」
やがて一体のスモールゴブリンがアストリアの前に進み出てきた。そして、地面に両膝を着きながらアストリアにうぎゃうぎゃと訴えかける。
アストリアも真剣な面持ちでそれを聞くと口を開いた。
「分かりました。でも、常にこちらにいることはできません。それでよければ、あなた方の言う通りにしましょう」
生真面目にアストリアがそう言うと、周囲のスモールゴブリンたちから一斉に歓声のようなものが上がる。
クアトロはどういうことだとエリンに顔を向けたが、エリンも首を傾げている。そんなクアトロにアストリアが深緑色の瞳を向けた。
「クアトロさん、私、スモールゴブリンの女王になってしまいました……」
「へ……?」
アストリアは何とも形容し難い顔をしている。それを見てエリンが弾けるように笑い出した。
「アストリア、あなたも大変ね。元人族の皇女にして魔王の花嫁、その正体はスモールゴブリンの女王でしてよ」
「女王になられるとは……。アストリア様も立派になられて……」
ダースは何故か感無量と言った感じで涙ぐんでいる。
「え? そういう話なの。魔獣の女王なのよ?」
ダースの言葉にマルネロが驚いている。
いやいや、何とも……。
クアトロはそう心の中で呟いた。
以降、巷で昔話の一つとして子供たちに語られることになるスモールゴブリンの女王が誕生した瞬間であった。