第27話 天使とライトル三世

文字数 2,676文字

 ライトル三世はその日、これ以上ない程に苦虫を噛み潰した顔をしていた。確かに天使様と話せる場を作れと命じたのだが、これでは話が違う。

 そもそも、自分がなぜダナ教騎士団を激励しに赴かねばならないのか。激励してほしければ、奴等から王宮に来るべきなのだ。

 大体、自分はこの聖戦騒ぎには反対なのだ。そうであるにも関わらず、それを歓迎するかのような行為をしなければならないとは。国王としての権威はどこに行ってしまったのだろうかとライトル三世は思っていた。

 贅を尽くした馬車内の向かいには宰相が青白い顔で座っている。この聖戦騒ぎの一件では全くもって役に立たない宰相であったが、無能は無能なりにこの事態を重く受け止めているようだった。

 この役立たずがと心の中で宰相を罵ったライトル三世だったが、それで事態が好転するはずもないことは分かっていた。このまま座していれば、折角王位に着いたと言うのに破滅への坂道を転がり続けるだけなのだ。

 あの狂った大司教とそもそもの原因である降臨した天使を誅殺できればと何度も思ったのだが、どこを探してもその術がない状況だった。

 やがて馬車は降臨した天使がいるダナ教騎士団領内へと入った。そもそも王都内に騎士団如きがこのような領地を持っていること自体、どう考えてもおかしいのだとライトル三世は思う。何せ許可がなければ国王ですら足を踏み入れることもできないのだ。

 ダナ教の総本山としても知られるダナ教騎士団領内は物々しい雰囲気で満ちていた。降臨した天使を警護すると言う名目なのだろうが、あちらこちらにダナ教騎士団所属の騎士を目にする。更にこれから魔族と戦争を始めることもあってか殺伐とした雰囲気で満ちていた。宗教の総本山だというのに聖職者や信徒の姿もあまり見えず、武装した騎士だらけなのだ。

「狂信者どもが……」

 ライトル三世が馬車内で呟く。向かいに座る宰相が素早く顔を上げて青い顔で左右を見る。そんな小物じみた宰相の様子も更にライトル三世の苛立ちを増幅させているのだった。

「落ち着け。聞こえたりはせぬ」

 叱責とは言えないぐらいの語調であったにもかかわらず、宰相は首を竦める。

 やがて馬車が止まって扉が開かれた。馬車から降り立ったライトル三世を待ち受けていた者は、大司教ではなくて小柄な老人であった。王の出迎えにも来ないとは。既に大司教の権勢は、一国の王を超えたということかとライトル三世は自嘲気味に思う。

 実際、ダナ教騎士団は流石にエミリー王国内にしか存在しないが、ダナ教徒は大陸全土に存在しているのだ。国王や領主自らがダナ教の熱烈な信徒であるということも珍しくはない。彼らに信仰の高低はあるものの、それら一部の教徒が一斉に立ち上がれば、エミリー王国の運命など風前の灯火だろう。それがかつては大陸の盟主国と言われていた悲しい現実だった。

「国王様、ベントス大司教が応接の間にて天使様と共にお待ちです」

 小柄な老人は慇懃に頭を下げて、ライトル三世にそう告げた。これでは自分が呼びつけられたに等しいと内心では憤慨するライトル三世だったが、それを表に出すことはなく表面上は鷹揚に頷いてみせた。

 王宮から連れて来た護衛の騎士が二人と最早、役に立たない宰相が一人。これがエミリー王国国王のお供だと思うと忸怩たる思いがある。それら負の感情を全て飲み込んでライトル三世は足を踏み出すのだった。




 宰相と護衛の騎士が応接の間へ入室することを断られたライトル三世は、最早どうにでもしてくれといった気分だった。中に入ると大司教の護衛と思しき兵が三名おり、ライトル三世に鋭い視線を向けてくる。

 貴様らの王ではないのかと叱責したいところであったが、それを胸の奥にライトル三世は仕舞い込む。椅子に座る者が二人。王が入室したと言うのに立ち上がる気配もない。

 一人は言わずと知れた大司教。となれば、もう一人は天使ということになるのだろう。実際、ライトル三世も上位眷属である天使を目にするのは初めてであったので、そう言う意味では興味があった。

「ライトル三世陛下、ご足労を頂きありがとうございます」

 座ったままとはいえ、流石にベントス大司教が謝辞を述べた。ライトル三世はそれに片手で応えて長椅子に腰を下ろした。正面にベントス大司教、その斜め正面に天使が座している。

 天使は薄い灰色の髪に茶色の瞳を持つ、見た目は八歳程度の少女だった。ただその背中からは確かに白い翼があって、それが人族の上位眷属となる天使であることを示していた。

「何だ、私の顔がおかしいのか?」

 天使が茶色の瞳をライトル三世に向けて、にこりともせずに言う。

「い、いえ、天使様、そのようなことは。ただ、随分とお若いご様子なので……」
「ふん、人族の物差しによる見た目がどうなのかは知らないが、これでも貴様の十倍程度を生きている」
「は、はあ」

 天使などの上位眷属は数百年を楽に生きるという話は本当なのだとライトル三世は改めて思う。

「ここの大司教とやらが魔族を滅ぼすための兵を挙げてくれると約束してくれた。そして、そのためには貴様の力が必要だと言う。勿論、協力するのだろうな」
「お会いできまして光栄でございます……」
「ふん、余計な修辞ならいらないな。どうなのかと訊いている」

 容赦のない天使の言葉にライトル三世は鼻白む。なる程。見た目はともかくとして、物言いは成人と何ら変わらないとライトル三世は思った。

「仰せのままに。今、国中の兵を集め、来たるべき聖戦に備えているところでございます」
「そうか。ならば急げ。我々の眷属が魔族を滅ぼしたとなれば、神もお喜びになる」

 天使がその少女然とした姿に似合わない表情で、にやりと笑う。

「ほ、本当でございましょうか、天使様。我ら眷属の最上位であられる至高の神々がお喜びになられると」

 大司教が口角に泡をつけながら、まさに喚き立てるように言う。

「もちろんだ。特に大司教、貴様の厚い信仰心、私からも間違いなく上申しておくぞ。ことが上手く運ぶのであれば、天界に転生ということもあり得る」
「は、ははあ」

 大司教はそう言って頭を垂れる。その顔は至福の極みで卒倒しそうな顔つきとなっていた。
 ライトル三世はそれを冷ややかな目でみていた。狂信者はある意味で分かりやすいが、この天使は中々の食わせ者で侮れないと感じていた。

「では陛下、騎士団が練兵場にて陛下をお待ちです。皆、聖戦に向けて陛下のお言葉を待っていますゆえ」

 歓喜に打ち震える大司教はそのままで、騎士の一人がそうライトル三世を促したのだった。
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