第2話 冒険者組合へ

文字数 3,274文字

 「やっと着いたな」

 クアトロが城門を見上げながら溜め息混じりに言う。クアトロの暗い灰色の髪が風に揺れている。
 ここは人族の国家、ベラージ帝国の最南端に位置する都市、サイザックの城門前だった。

「でも、何か楽しかったわね。クアトロも人族の国に来るのは初めてだもんね」

 風に揺れる燃えるかのような赤い髪を押さえながら、マルネロが屈託ない笑顔で言う。口では色々と言っていたが、この三人での旅が面白かったのだろうとクアトロは思う。

 
 魔族最高位術者と言われているが、マルネロ自身は二十歳そこそこの好奇心が旺盛な普通の女の子なのだ。魔族統一の戦いで苦労した仲間たちと何の気兼ねもない、のんびりとした旅が純粋に楽しかったのだろうとクアトロは思う。

 爆乳魔導師という恥ずかしい二つ名を持っているが。
 クアトロはそこまで考えが至ると、思わず意地の悪い笑みを浮かべてしまう。

「クアトロも楽しそうなのー」

 クアトロの横で、とてとてとついて来ていた堕天使のスタシアナが、ぴょんぴょん跳ねながら言う。漆黒の翼は服の中で器用に畳まれているようで今は見ることができない。
 
 駄目だ。可愛過ぎだ。
 クアトロは心の中で呟く。

「ろりこん魔族……」

 そのクアトロの思いを感じてか、クアトロの様子を横目で見ながらマルネロが呟いた。

「マルネロ、いい加減にしろ。皆が誤解する。俺はろりこんなんかじゃない。たまたま可愛いと思ったのがスタシアナだっただけの話だ。そして、たまたまそのスタシアナの見た目があんな感じだっただけだ」
「うわあ、何それ? その理屈……普通に引くんですけど」

 マルネロが呆れた声を出す。

「それって、俺は鶏肉が好きじゃない。この鶏肉がたまたま美味しかっただけで、他の鶏肉は美味しくないんだって言ってるのと同じで意味が分からないし、かなり発言が痛いんですけど」
「鶏肉と一緒にするな。鶏肉には個性がないが、人間には個性があるだろう。俺は決して、ろり……その、何だ、決して小さい女の子全般が好きなわけではない……多分」
「多分って……何、最後の言葉? その断言できない感じ。普通に気持ち悪いんだけど」

 マルネロが冷たい目でクアトロを見ている。

「こんなのが王なんだから、魔族の未来もきっと終わりよね」
「……俺を王にしたのはお前らだ。それに、ヴァンエディオがいれば問題はない。あれが俺を立派な王にしてくれる」

 クアトロは魔族最高の知者と言われるヴァンエディオの名を口にして、胸を張って見せた。

「うわあ。まさかの他人任せだ」

 マルネロは、最早どん引きの様相だ。

「うるさい。そもそも俺は王も魔族統一も興味なかったんだぞ。単に強い奴と戦いたかっただけだ」
「……そうね。クアトロもエネギオスと同じ脳筋だもんね」

 マルネロが呆れたように言う。

「……脳筋言うな。考えることがあまり好きではないだけだ」

 クアトロが反論する。改めて他人からそう言われると流石に傷つく。

「クアトロは脳筋なんかじゃないですよー。凄く優しい人なんですよー」 

 軽く落ち込むクアトロを気遣ってか、スタシアナが口を挟んできた。さらに優しくクアトロの背中をなでなでしてくれる。

「ありがとう、スタシアナ。スタシアナは、いつも可愛くて優しいんだな。どこかの爆乳魔導師とは大違いだな」

 クアトロはそう言って、自分よりも頭三つ程の低い位置にあるスタシアの頭に片手を置いて優しく撫でる。

「えへへ」
「何が、えへへよ。ろりこん大魔王に、ろりこんばばあが」
「こらっ、マルネロ。ぼくは、ろりこんばばあなんかじゃないですよ。それにそんな汚い言葉ばかり使わないで下さい」
「そうだぞ、マルネロ。こんなに可愛い子に向かって毒づくんじゃない。スタシアナにお前の品のない言葉が移るじゃないか」
「いやあ、その言葉使いもやめて! ぼくって何? ぼくって何なの。これ以上聞くと精神が崩壊するから。もうしてるかも! 新手の精神攻撃魔法なの? もう嫌なのー!」

 マルネロが赤い髪を揺らして、そう絶叫するのだった。




 「……それにしても俺達、ヴァンエディオから追い出された感じがあるよな」

 思い出したようにクアトロが呟く。

「何、その今更気がついたような言葉は? でも実際、王様なんて国が統一されたら、いてもいなくてもあまり関係ないもんね」

 更にマルネロは言葉を続けた。

「しかも、建国したばかりの何かと忙しい中、暇だから何とかしろなんて言う馬鹿ちん王ではね」
「馬鹿ちん王は頼むからやめてくれ……」

 何かマルネロの悪態に一つ一つを反応するのが疲れてきた。そう思うクアトロだった。

「それにマルネロ、お前だって俺と似たような物だろう。護衛と言えば聞こえがいいが、要はいても大して役に立たないから、そこの馬鹿ちん王と一緒に邪魔にならないよう出かけてろってことだろ」

 そしてスタシアナは……クアトロは視線をスタシアナに向けた。

「えへっ」

 クアトロと視線が合うとスタシアナは、こてっと小首を傾げて微笑んだ。
 ……可愛い。
 うん。可愛いから何でも許すのだが、国づくりにその可愛さはきっといらないな。マルネロと同様に自分の護衛をヴァンエディオに命じられたのもよく分かる。

 ちなみに脳筋のエネギオスは新しく設立される王国軍の整備でかなり忙しいらしい。今ここにいる役立たず三人組とは違うようだった。同じ脳筋のくせに生意気だぞとクアトロは思う。

 もっとも、王国軍の整備が急務であることはクアトロも分かっているつもりだった。約三百年ぶりの統一となった過程での大規模な内戦で魔族全体は疲弊している。それに乗じて人族の国家が不穏な動きをしないとも限らないのだ。
 
 ただ人族は人族で互いに長いこと覇を競って争っており、この時期に魔族に目を向けて……といったことは考え難いのだったが。

 そもそも、魔族は個の意識が強くて性格的にも大勢では群れたがらない。魔族の歴史を見てみても、魔族の統一国家が現れたのは数える程なのだ。その魔族を統一したのだからクアトロは十分に称賛されても良いのだが、自身にその意識はあまりなかった。

 それは謙虚といったことではなくて、クアトロ自身はただ単に強者と言われる者と戦ってみたく、また戦っていただけだった。他の細事をヴァンエディオたちに任せていたら人が集まり、祭り上げられ、気づけば魔族を統べる王になっていただけだとクアトロは本気で思っていた。

 称賛されるならば、そんなクアトロを担ぎ上げて魔族統一を試みて、それを成し遂げたヴァンエディオなのではないかとクアトロは思っている。
 もちろんヴァンエディオとて、単純にクアトロを魔族の王にしたかった訳でもないはずだった。ヴァンエディオがクアトロを王にしてまで何をやりたいのか。クアトロにもそれは分からない。

 ただそれが面白ければ、それに付き合うし、つまらなければ付き合わない。それがクアトロにとって邪魔になるのであれば、叩き潰すだけだと思っている。それによってヴァンエディオにクアトロが返り討ちに遭うのであれば、それはそれまでのことだ。

 短い黒髪を逆立てているヴァンエディオの顔をクアトロは思い浮かべた。魔族には比較的珍しい白皙で整った顔立ちなのだが、笑うと意外に口が大きい。

 クアトロはあの顔は魔族というより魔人だなと思っている。笑うと悪そうな顔立ちになるのだ。魔族最高の知者と言われているヴァンエディオがクアトロを王にしてまで何をしようとしているのか、興味がない訳でもないのだが……。

 考えても分からないことは考えない。それがクアトロの主義だ。これは主義であって、決して頭が悪い訳ではないぞとも思う。
 ヴァンエディオのことを脳裏から追い出すと、クアトロは口を開いた。

「よし、そろそろ行くか。冒険者組合ってところにも行ってみたいんだ」

 クアトロは楽しげにそう言って歩みを進めた。新たな物に触れることで気分が高揚しているのが自分でも分かる。
 次いでマルネロが、最後にスタシアナが、とてとてとそんな魔族の王に付き従って歩みを進めるのだった。
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