第68話 首なし骸骨

文字数 1,955文字

 首なし骸骨が鉄格子の前から左手に向かって、ひょこひょこと歩いて行く。その奇妙な姿をエリンは無言で見送りながら、何とも気持ちの悪い絵面だと思っていた。

「凄いです、トルネオ! 見えているのですか?」

 隣ではスタシアナが無邪気に頭蓋骨だけとなったトルネオに問いかけていた。

「駄目ですね。目がないですから」

 トルネオがあっさりとそんな言葉を返した。
 骸骨なのだから最初から目なんてないだろうにと思うエリンだったが、そう口にすることはなかった。

 余計なことを言って、エリンはいつもうるさいのですとスタシアナにまた頭を叩かれたらたまったものではない。

 そんなことをエリンが考えていたら、首なし骸骨が消えて行った方向から悲鳴が上がった。

 何事かと思っていると、四つん這いになった天使が今にも泣き出しそうな顔でエリンたちがいる鉄格子の前を通り過ぎて行く。

 そして、その後ろからは首なし骸骨がやって来る。絵面としては追いかけられている天使と、それを追いかけている首なし骸骨となっていた。

 ……何だか怖いわね。
 それを見てエリンは心の中で呟いた。

 首なし骸骨に追いかけられた天使はそのまま見えなくなってしまった。首なし骸骨自体は視界がないために方向を見誤ったのか、鉄格子にぶつかってその場で尻餅をつく格好となっていた。

「あー駄目ですー。やっぱりちゃんと歩けないですー」

 スタシアナが悔しそうに両手をばたばたさせている。

「いやあ、スタシアナさん、申し訳ないです」

 頭蓋骨のトルネオがそんな言葉を呑気に返していた。

 ……この人たちは一体、何をしようとしているのだろうか。
 スタシアナとトルネオの中では目的がここから逃げ出すことではなく、首なし骸骨を真っ直ぐに歩かせるに変わってしまっているようだった。

 ……何か、凄く疲れる。
 そうエリンが思った時だった。鉄格子の外側、廊下側にきらりと光る物があることにエリンは気がついた。

「スタシアナ姉様、あれって……」

 エリンがそう言って指差す方にスタシアナが青色の瞳を向けた。

「あ、鍵! ぼくの作戦勝ちなんですよー。さあ、トルネオ、あの鍵を拾いますよー!」

 何の鍵だかもまだ分からないし、そもそもは偶然の産物なのだったが、何故かスタシアナは胸を反らして誇らしげだった。

 だが、ここからが大変だった。鉄格子の外にある首なし骸骨は目が見えないため、足元にある鍵がなかなか拾えない。右だ左だ、上だ下だとスタシアナは大騒ぎだった。

 最後の方では頭蓋骨だけになったトルネオの頭をぺちぺちと叩き始めて、トルネオが泣き声混じりの悲鳴を上げる始末だった。

 そもそも頭蓋骨であるトルネオの視界の中に鍵があるのだから、上手に体を操作できそうなものなのだが、何故かそう簡単な話ではないようだった。

 大騒ぎの末にどこが開くかも分からない鍵を手にした時、エリンの疲労感は尋常ではなかった。

「ほら、エリン。早く開けるんですよ!」

 既に鍵が開く前提でスタシアナがエリンを急かしていた。そんな都合よくことが運ぶはずがないのにと思いながら、エリンは鍵穴にその鍵を差し込んだ。

 ……あ、入った。
 ……回った。

「えーっ?」

 エリンが短い叫び声を上げる。そんなエリンを不思議そうな顔で見ながらスタシアナが口を開いた。

「何を間抜けな顔をして遊んでいるんですか。ほら、早く出るんですよー」

 スタシアナはそう言って、天真爛漫といった笑顔を浮かべるのだった。




 「やはり魔法は封じられているようですね」

 首だけ骸骨。もしくは首なし骸骨から脱して完全復活したトルネオが服を纏いながらそう言った。

「んー、でも心あたりはあるんですよねー」
「ほう……」

 トルネオが興味深げな声で言う。それにはエリンにも思い当たる者がいた。そもそも天使とはいえ、魔法をこうも完全に使えなくさせることのできる者などそうはいない。

 ……ならば普通に考えれば、あの娘かとエリンは思った。

「でもスタシアナ姉様、魔法が使えないままだと、またすぐに捕まりますよ?」

 エリンがそう疑問を呈した。

「大丈夫ですよー。リベリべのへなちょこ魔法封じの範囲なんて、せいぜいこの建物内ぐらいだと、ぼくは思いますよー。この建物を出ればきっと使えるんですよー」

 魔法封じを行ったと思しきリベラートのことをリベリべ呼ばわりしながら、スタシアナはそう言った。

 確かに魔法封じの範囲はそれが精一杯かもしれない。しかし、魔法も使えないのにこの建物から外に出られるとは思えなかった。それこそ今だって他の天使に見つかってしまえば、抵抗する術もなくすぐに鉄格子の向こうへと戻されてしまうことだろう。

「エリンは心配性ですねー。きっと大丈夫なんですよー」

 スタシアナはそう言って可憐に、かつ不敵に笑って見せたのだった。
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