第45話 ばいーん、ばいーん攻撃

文字数 2,326文字

 スモールゴブリンたちは無事だろうか。無事にクアトロたちに会えるだろうか。それとも既にクアトロたちに会えたのだろうか。

 鉄格子に阻まれた狭い部屋の中でアストリアはそう考えていた。スモールゴブリンたちが身振り手振りでクアトロたちに状況を説明しようとする姿を想像すると、このような状況でも少しだけ笑みが溢れてくる。クアトロはきっと目を白黒させながらスモールゴブリンたちの意図を汲み取ろうとするだろう。

 自分がなぜ連れ去られたのかは分からないし、このような場所からは早く逃げ出したい。クアトロたちに早く助けてほしいと思う。でもそれによってクアトロたちが傷つくことは嫌だった。

 自力で逃げ出せればいいのだけれどもとアストリアは思う。鉄格子に向かって何度か神聖魔法を放ってみたが、それらは全てが弾かれてしまった。恐らく特殊な魔法処理が施されているのだろう。

 打つ手がないというのはこういう状況なのだろう。アストリアは少しだけ溜息を吐いた。焦っても仕方がない。これから先にあるかもしれない、逃げ出す機会を窺う他にないようだった。

 そう考えていた時だった。轟音と共に鉄格子の前にあった天井が崩れ落ちた。
 舞い上がる粉塵の中、天井に大きな穴が空いたのが分かる。クアトロたちが助けに来てくれたのかと一瞬、アストリアの胸が高鳴った。だが、その希望を打ち砕くかのように天井の空いた穴に現れたのはドラゴンの大きな顔であった。




 「魔族の分際で魔人に楯突こうなどと、笑止千万! 魔人最強と呼ばれる槍使いウギルコスがこの槍でその身を貫いてくれるわ!」
「うっさいわね! 魔人最強だか何だか知らないけど、だからって魔族より強いことにはならないでしょう!」
「下位眷属が何を言ってる?」
「はあ? 下位眷属だからって上位眷属より弱いってことにはならないって言ってるの! 馬っ鹿じゃない? 筋肉ごりら二号の分際で、無理に小難しいことばかり言ってるんじゃないわよ!」

 マルネロの言葉にエリンも珍しくそうだ、そうだと同意していた。
 魔人が六人。しかも一人はいかにもといった感じの筋肉ごりらだ。一方、こちらは口が悪いだけの天使と自分しかいない。どうにも分が悪いわねとマルネロは思う。

 しかし一方では、この場を早く切り抜けてクアトロたちと再び合流しなければいけないとの思いもあった。アストリアを連れ去った魔人の実力を考えると、この先もどのような魔人が出てくるか分からない。

 そう考えるとクアトロ、エネギオス、そしてスタシアナとダースだけでは不安がある。それに何よりも連れ去られたアストリアが心配だ。

 ヴァンエディオとトルネオも大丈夫だろうか。無事に切り抜けられたのであれば、もうこちらに追いついてもいい頃だ。

 何だか考えないといけないことが沢山ある。
 マルネロがそう考えている中でエリンが口を開いた。

「魔人最強の槍使い? こっちは魔族最強の爆乳よ。勝負は見えたわね!」

 マルネロの気持ちも知らず、エリンが胸を反らしてそんなことを言い始めた。

「しかも、ただの爆乳ではなくってよ。第百夫人の残念おっぱいよ! さあ、マルネロ、行っちゃいなさい。残念おっぱい流ばいーん、ばいーん攻撃よ!」

 エリンがそう高らかに宣言する。

「エリン、人の気も知らずにあんたねえ!」

 マルネロは頭の中で、ぶちっと音がしたような気がした。

「きゃあ、きゃあっ! スタシアナ姉様、助けてー。お化けおっぱいが怒ったー。怖いー!」

 形相が変わったマルネロを見て、エリンがきゃあきゃあ言いながらとてとてと逃げ始めた。

「待ちなさい、エリン。今日は許さないわよ!」

 マルネロが手にしていた杖を振り上げて、きゃあきゃあと逃げ回るエリンを追いかける。

「こ、この状況だというのに……き、貴様ら、ふざけおって!」

 自分を全く無視された状況に、自称魔人最強の槍使いであるウギルコスが怒声を放った。

「馬鹿騒ぎをしたままで死ぬがいい!」

 ウギルコスは巨大な槍を水平に構えると、どっしりと低く腰を下ろした。

「我が渾身の一撃で砕け散れ、秘技……」

 その時マルネロが怒りの表情で燃えるような赤い瞳をウギルコスに向けた。

「筋肉ごりらニ号が! うっさいのよ!」

 マルネロはそう言い放つと手にしていた杖の先をウギルコスに向けた。

「神炎……爆式!」
「なっ! その呪文は魔神の……」

 ウギルコスの言葉はそこまでだった。その身は瞬く間に赤黒い炎の渦に飲み込まれる。炎が消え去った後には、ウギルコスが手にしていた巨大な槍も含めて消し炭一つさえも残ってはいなかった。

「な、な……ウ、ウ、ウギルコス様?」

 目にした状況が信じられないのか、残った魔人の一人が喘ぐように言う。

「ほらっ、早く逃げないと、お化けおっぱいに燃やされちゃうんだぞ」

 エリンが少しだけ離れた場所から、某所に怒られる振り付けをしながらそんなことを言っている。急激な魔力消費で荒い息を吐いていたマルネロだったが、エリンの言葉を聞いて再び頭の中で何かが切れる音を聞いた。

「あんたたち、みんな燃えちゃいなさい。神炎……爆式……改!」
「きゃあー、スタシアナ姉様、残念おっぱいがぶち切れたのー。燃やされちゃうよー」

 エリンの言葉もろとも皆、赤黒い炎の渦に巻き込まれる。
 炎が消え去った後に残っていたのは荒い息を吐くマルネロと、壁などが溶けて、ぽっかりと外まで見渡せる大穴。そして、辛うじて自身が発動させた魔法壁に守られたらしいエリンのみだった。

 マルネロはエリンの存在を認識すると、怒りがこもった燃えるかのような赤い瞳をエリンに向けた。

 エリンが喉の奥で短い悲鳴を漏らす。しかし、その直後にマルネロはそのまま倒れ伏したのだった。
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