第43話 トルネオと魔人の片腕
文字数 1,861文字
トルネオがそう言うと同時に、魔人の肘から先が鮮血と共に宙を舞った。切り離された魔人の腕は宙で弧を描くと、トルネオが差し伸べた手の中に吸い込まれるように収まった。
魔人は叫び声を流石にあげなかったものの、呻き声を漏らしている。
「お、おい、これでいいだろう。早くここから出してくれ。飲み込まれちまう」
その額に脂汗を浮かべながら魔人が言う。赤黒い液体から伸ばされた無数の手が魔人に纏わりついており、魔人は既に胸の下あたりまで沈み込んでいる。
「……」
トルネオが、こてっとその骨だけの顔を傾けた。
「な、何の真似だ?」
「さあ、何の話でしょうか?」
「て、てめえ!」
怒号と共に魔人の額に憤怒を表すかのような太い血管が浮かび上がった。
「この片腕はありがたく頂戴します。このことに関しては礼を述べましょうか。ありがとうございます。あなた方の主、ナサニエルとやらがクアトロ様に働いた非礼。その代償の一つとして、まずはあなたの命をもらい受けます」
「て、てめえ、騙しやがったな!」
「騙すとは人聞きが悪いですね。わたしは助けるなどと言ったつもりはないのですが。それに不死者の王と取り引きなどとは魔人も甘いですね」
「て、てめえ!」
魔人の言葉もそこまでだった。赤黒い液体から伸ばされた無数の手が、魔人の肩、首、髪の毛、顔といたるところに纏わりついて一気に魔人を液体の中に引き摺り込んだ。それこそ悲鳴を上げる間もなかったようだった。
やがて扉を閉じるように地面が左右から動き始めて、赤黒い液体が地表から消えていく。
「……なかなかの鬼畜ぶりですね、トルネオさん。私はともかく、マルネロさんあたりならどん引きでしょうね」
一連の出来事を見守っていたヴァンエディオがトルネオに声をかけた。
「……褒められたと思っておきましょうか、ヴァンエディオさん」
トルネオはヴァンエディオに顔を向けずにそう言った。その片手には今も赤い血が滴り落ちている魔人の片腕がある。
「それにしても、ヴァンエディオさん。わたしとヴァンエディオさんの口調、思いっきり被っていますね……」
「……ほう、何か不都合でも。それとも、私と同じでは嫌……ですか?」
ヴァンエディオの赤い瞳が妖しい光を帯び始めた。
「いえいえ、嫌なんて滅相もない」
クアトロは骨だけの片手を慌てたように左右に振って見せた。
「ただ……何かと困るんじゃないかと」
「……誰がですか?」
「いやあ、誰かがですよ。ここにはいない誰かがです」
「……まあ、何となくは分かりますが。恐らくは失敗したと思っているでしょうね」
「……でしょうね。恨み言が聞こえる気がします。まあ稚拙な表現力に磨きをかけて頂くしかないでしょうね」
トルネオはそう言って、顎の骨をかくかくと上下に動かした。どうやら声を出さずに笑っているようだった。
「また来たのー」
先頭をとてとてと歩いていたスタシアナが、その漆黒の翼で宙に舞い上がってクアトロたちの前で防御魔法を展開した。
スタシアナが展開した防御魔法と氷系の魔法がぶつかり、周囲を氷の粒が舞い落ちた。
「ガリスとキースはどうした? どこで遊んでいる?」
ガリスとキースとは先程の魔人のことだろうか。クアトロはそう思い、声がする方へと赤い瞳を向けた。
姿を現したのは巨大な槍を肩に担いだ魔人だった。槍も大きいが、その筋骨隆々たる体躯はエネギオスを軽く凌駕していた。
「あらあら。もの凄い筋肉ごりらが出てきたわね。これじゃあ流石のエネギオスも筋肉ごりらの二つ名を奪われちゃうんじゃない?」
マルネロがエネギオスに皮肉な視線を向けた。
「マルネロ、てめえ、くだらねえことを言ってんじゃねえ。大体、俺の二つ名は筋肉ごりらじゃねえ!」
エネギオスがマルネロに怒りの表情を浮かべる。その遣り取りを聞きながら、こいつらに緊張感はないのだろうかとクアトロは思う。相手は自分たち魔族の上位眷属である魔人なのだ。
「そこの筋肉ごりら! 初対面なのに個人名を出すんじゃないわよ。馬っ鹿じゃない! 何? 筋肉ごりらって皆、脳みそが筋肉な訳わけ。そういう眷属なの?」
……どんな眷属だよ。
マルネロの言葉にクアトロは心の中で呟く。
「マルネロ、いい加減にしろ。叩っ斬るぞ!」
エネギオスが怒声を放つ。
「うっさい、筋肉ごりら一号。ここは私に任せてさっさと行きなさい。邪魔なんだから。エネギオス、クアトロとアストリアを頼んだわよ」
「……ちっ、口の減らねえ魔導師だ。マルネロ、気をつけろ。あの魔人、強いぞ」
エネギオスの言葉にマルネロは頷いた。
魔人は叫び声を流石にあげなかったものの、呻き声を漏らしている。
「お、おい、これでいいだろう。早くここから出してくれ。飲み込まれちまう」
その額に脂汗を浮かべながら魔人が言う。赤黒い液体から伸ばされた無数の手が魔人に纏わりついており、魔人は既に胸の下あたりまで沈み込んでいる。
「……」
トルネオが、こてっとその骨だけの顔を傾けた。
「な、何の真似だ?」
「さあ、何の話でしょうか?」
「て、てめえ!」
怒号と共に魔人の額に憤怒を表すかのような太い血管が浮かび上がった。
「この片腕はありがたく頂戴します。このことに関しては礼を述べましょうか。ありがとうございます。あなた方の主、ナサニエルとやらがクアトロ様に働いた非礼。その代償の一つとして、まずはあなたの命をもらい受けます」
「て、てめえ、騙しやがったな!」
「騙すとは人聞きが悪いですね。わたしは助けるなどと言ったつもりはないのですが。それに不死者の王と取り引きなどとは魔人も甘いですね」
「て、てめえ!」
魔人の言葉もそこまでだった。赤黒い液体から伸ばされた無数の手が、魔人の肩、首、髪の毛、顔といたるところに纏わりついて一気に魔人を液体の中に引き摺り込んだ。それこそ悲鳴を上げる間もなかったようだった。
やがて扉を閉じるように地面が左右から動き始めて、赤黒い液体が地表から消えていく。
「……なかなかの鬼畜ぶりですね、トルネオさん。私はともかく、マルネロさんあたりならどん引きでしょうね」
一連の出来事を見守っていたヴァンエディオがトルネオに声をかけた。
「……褒められたと思っておきましょうか、ヴァンエディオさん」
トルネオはヴァンエディオに顔を向けずにそう言った。その片手には今も赤い血が滴り落ちている魔人の片腕がある。
「それにしても、ヴァンエディオさん。わたしとヴァンエディオさんの口調、思いっきり被っていますね……」
「……ほう、何か不都合でも。それとも、私と同じでは嫌……ですか?」
ヴァンエディオの赤い瞳が妖しい光を帯び始めた。
「いえいえ、嫌なんて滅相もない」
クアトロは骨だけの片手を慌てたように左右に振って見せた。
「ただ……何かと困るんじゃないかと」
「……誰がですか?」
「いやあ、誰かがですよ。ここにはいない誰かがです」
「……まあ、何となくは分かりますが。恐らくは失敗したと思っているでしょうね」
「……でしょうね。恨み言が聞こえる気がします。まあ稚拙な表現力に磨きをかけて頂くしかないでしょうね」
トルネオはそう言って、顎の骨をかくかくと上下に動かした。どうやら声を出さずに笑っているようだった。
「また来たのー」
先頭をとてとてと歩いていたスタシアナが、その漆黒の翼で宙に舞い上がってクアトロたちの前で防御魔法を展開した。
スタシアナが展開した防御魔法と氷系の魔法がぶつかり、周囲を氷の粒が舞い落ちた。
「ガリスとキースはどうした? どこで遊んでいる?」
ガリスとキースとは先程の魔人のことだろうか。クアトロはそう思い、声がする方へと赤い瞳を向けた。
姿を現したのは巨大な槍を肩に担いだ魔人だった。槍も大きいが、その筋骨隆々たる体躯はエネギオスを軽く凌駕していた。
「あらあら。もの凄い筋肉ごりらが出てきたわね。これじゃあ流石のエネギオスも筋肉ごりらの二つ名を奪われちゃうんじゃない?」
マルネロがエネギオスに皮肉な視線を向けた。
「マルネロ、てめえ、くだらねえことを言ってんじゃねえ。大体、俺の二つ名は筋肉ごりらじゃねえ!」
エネギオスがマルネロに怒りの表情を浮かべる。その遣り取りを聞きながら、こいつらに緊張感はないのだろうかとクアトロは思う。相手は自分たち魔族の上位眷属である魔人なのだ。
「そこの筋肉ごりら! 初対面なのに個人名を出すんじゃないわよ。馬っ鹿じゃない! 何? 筋肉ごりらって皆、脳みそが筋肉な訳わけ。そういう眷属なの?」
……どんな眷属だよ。
マルネロの言葉にクアトロは心の中で呟く。
「マルネロ、いい加減にしろ。叩っ斬るぞ!」
エネギオスが怒声を放つ。
「うっさい、筋肉ごりら一号。ここは私に任せてさっさと行きなさい。邪魔なんだから。エネギオス、クアトロとアストリアを頼んだわよ」
「……ちっ、口の減らねえ魔導師だ。マルネロ、気をつけろ。あの魔人、強いぞ」
エネギオスの言葉にマルネロは頷いた。