第14話 不死者の王
文字数 3,444文字
「アストリア様、こちらにいらしたのですね」
そう言いながら、ベラージ帝国にいた頃からアストリアの護衛騎士を務めていたダースが姿を見せた。ダースはちらりとクアトロを一瞥して、当然のようにアストリアの傍に立つ。
ダースの所作にはいつも腹が立つなと思うクアトロだった。何よりも常にアストリアの傍に当たり前のようにいるのが気に食わない。クアトロはそんな子供のようなことを思う。
「ダース卿、よい案を思いついたのです。先の不死者の王の件ですが、お願いをしに行こうかと……」
そう言って話を始めたアストリアの言葉を最後まで聞いたダースは、どうにも微妙な顔をしていた。
「……ということは、アストリア様を殺したことにしてほしいと願い出るということですか?」
「はい」
アストリアがにこにこしながら頷く。
「まあ、ダース、あれだな。騙し討ちのように黙ってやるより、お願いというか宣言ぐらいしてもいいのかなと」
「はい」
クアトロの言葉にも笑顔のままでアストリアは再度、頷くのだった。
「で、またこの面子なのね」
マルネロが溜め息のようなものを吐き出した。クアトロ、アストリア、スタシアナ、ダースの顔がマルネロの傍に並んでいる。
「まあ、国の政には余り関係がない面子だな」
クアトロがもっともらしく言う。
「国王自らが言わないでよ。呆れるのを通り越して、王国民の一人として悲しくなってくるから。それに、私はそれなりに忙しいんだからね。魔法学院の運営とかもあるし」
マルネロはそう言って、胸を少しだけ反らして見せる。その動作だけで、たわわな胸が揺れて黒い服の中でもその存在を主張している。
「あれか。理事長自らが校庭で爆炎魔法をぶっ放して、近隣の住民から怒られたやつだな」
「あ、あれは生徒が生意気だったから、大人の怖さを教えただけよ」
そう反論するマルネロに、そんなことばかりしているから逆ぎれの爆乳などと不名誉な二つ名をつけられるのだとクアトロは思う。
「クアトロさん、ここが不死者の王が住む館ですか。気のせいか不気味な感じが……」
「アストリア様、危険かもしれません。少しお下がり下さい」
アストリアの傍に控えるダースがそんなことを言っている。危険も何も館の門前に立っているだけだろうと思うし、何かあればアストリアのことは必ず自分が守ってみせるのだ。何かと鬱陶しい奴だとクアトロは思う。
「不死者はどこですかー。浄化でーす。浄化しますよー。ぼくが浄化しちゃいますよー」
スタシアナは先程から異様に張り切っている。お経のように浄化という言葉を唱えながら、両手の杖をぶんぶん振り回すので、どちらかというと彼女が一番危険な存在だった。そもそも天使とは、このように不浄な者を積極的に浄化したがる存在だったろうか。しかもスタシアナさん、今は堕天使だし……。
不意に正門前の空間が歪み始めたことに、クアトロは気がついた。腰の長剣に片手を置いて周りに注意を促す。マルネロも身構え、ダースはアストリアをその背に隠す。スタシアナは相変わらず杖をぶんぶんと振り回しているのだったが。
やがて空間の歪みが収まると、軽く頭を垂れて服と一体化している黒い頭巾を被った者が姿を現す。高度な転移魔法だとクアトロは思う。頭を垂れているため、頭巾の中は窺い知れなかった。
「魔族の王、クアトロ様ですな」
やがて、顔を上げて頭巾を被った者が言う。完全に顔が上がって頭巾の中が窺い知れた時、アストリアの息を飲む気配がクアトロに伝わってきた。頭巾の中は骸骨そのものであり、その双眸は漆黒の空洞で塗り潰されている。
「私はトルネオと申します」
「不死者の王か」
「はい。巷ではそう呼ばれているようで。もっとも、私自身がそう名乗った覚えはないのですが」
「ふん、随分と洒落た現れ方をするものだな」
「驚かせてしまいましたか。であれば、お詫びを致しましょう。申し訳ございません」
不死者の王トルネオはそう言って、慇懃に頭を下げた。
「随分と慇懃無礼な感じね。気に入らないわね。燃やすわよ」
マルネロはそう言うと人差し指を立てる。すぐにその指先からは拳ほどの火球が浮かび上がる。
「浄化ですよー。ぼくが浄化するんですよー」
トルネオが現れたからだろう。スタシアナが杖を更にぶんぶんと振り回し始めた。うん。スタシアナさん、絶対に杖の使い方を勘違いしていると思うクアトロだった。
「マルネロ、燃やすのは少しだけ待ってくれ。それと、スタシアナを少しは落ち着かせてくれ」
クアトロがそう言うと、杖を振り回していたスタシアナがマルネロに羽交い締めにされる。
「浄化ですよー。ぼくが、びよーんって浄化するんですよー」
まだスタシアナはそんなことを言って、マルネロの腕の中でばたばたと暴れていた。
「不死者の王、今日は頼みごとがあってここに来た」
「ほう、魔族の王が私ごときに頼みごとを。よいでしょう。まずは話を聞くとしましょうか。それでは話は我が館の中にて……」
トルネオはそう言って、一礼をしながらクアトロ達を館の中へと促した。トルネオが余りにも素直だったため、クアトロはいささか拍子抜けする気分だった。
「クアトロさん、中に入るのはちょっとだけ気味が悪いのですが……」
アストリアが少し血の気が引いたように見える顔で言う。
「お嬢さん、流石に不死者と言えども、気味が悪いと真正面から言われてしまうと傷つくのですが……」
「あ、ごめんなさい。でも……」
「アストリア、大丈夫だ。俺たちがついている。トルネオ、不用意に彼女を怖がらせるな。次に怖がらせるようなことがあれば、不死者の王とはいえ……消すぞ」
「これは不死者に対して恐ろしいことを仰る。承知致しました。消されては堪らないので、気をつけることとします。それでは皆さま、我が屋敷へ」
トルネオは再度そう言って館の中へと皆を促したのだった。
不死者の王の館に入ると、広く薄暗い応接間へと通された。卓の上には燭台が置かれていて、そこで燃える蝋燭の炎が僅かに揺らめいている。
皆が椅子に座ると一体の骸骨が姿を見せた。その骸骨は両手で盆を持っいてその上には飲み物が載せられている。
骸骨が比較的緩慢な動きで飲み物を順に配り始めた。クアトロの隣に座るアストリアの顔が青ざめているのが分かる。
「トルネオ、少し演出が過ぎるようだな」
クアトロがトルネオに向けている赤い瞳をすっと細めた。
「これは失礼致しました。怖がらせるつもりはなかったのですが、何せここにはあのような者しかおりませんので」
トルネオが慇懃に非礼を詫びる。
「……馬鹿にしてるの? 本当に燃やすわよ」
「浄化です! びよーんって浄化します」
マルネロとスタシアナが同時に言う。
「いえいえ、滅相もない。お詫びをさせて頂いているだけですので」
トルネオが片手を上げて左右に振る。当然、その片手も白い骨である。
「魔族の王クアトロ様。その配下で四将と称され、最高位魔術師と言われているマルネロ様。そして同じく四将の堕天使スタシアナ様とお見受けします。そして、そちらのお二方は?」
「はい。申し遅れました。アストリアとダースと申します」
アストリアがそう言うと、トルネオが軽く首を傾げた。
「ふむ。聞き覚えがあるお名前ですね。最近、魔族の王がベラージ帝国の帝都を襲撃し、その第四皇女を連れ去られたとか。そしてその第四皇女のお名前がアストリア様……」
「不死者の王、噂には聞いていたけど耳が早いわね」
「配下の者から、たまたま聞き及んだだけでございます」
「ふん、どうかしらね」
マルネロが鼻で笑う。
「でも事情を知っているのなら話が早いわね」
「ほう。では頼みごととは、それに関係することだと……」
「そうだ」
クアトロはトルネオの言葉に頷き、言葉を続けた。
「アストリアをお前が殺したことにしてもらいたい」
流石に予想外の言葉だったようだ。トルネオが一瞬、黙り込む。
「私にそうさせる理由は分かりませんが、私がアストリア様を殺したことにして……どのような得が私にあると。例えば、今後は死者を無償で提供頂けるとか、魔族の墓地が掘り起こし放題になるなど」
「ないな」
「ないわね」
「ないですー」
クアトロ、マルネロ、スタシアナが一斉にそう返事をした。
アストリアは申し訳なさそうな顔をし、ダースは呆れた表情を浮かべている。ダースは、これでは交渉になっていないと思っているのだろう。だがクアトロは元より交渉するつもりなどなかった。宣言をしに来ただけである。
そう言いながら、ベラージ帝国にいた頃からアストリアの護衛騎士を務めていたダースが姿を見せた。ダースはちらりとクアトロを一瞥して、当然のようにアストリアの傍に立つ。
ダースの所作にはいつも腹が立つなと思うクアトロだった。何よりも常にアストリアの傍に当たり前のようにいるのが気に食わない。クアトロはそんな子供のようなことを思う。
「ダース卿、よい案を思いついたのです。先の不死者の王の件ですが、お願いをしに行こうかと……」
そう言って話を始めたアストリアの言葉を最後まで聞いたダースは、どうにも微妙な顔をしていた。
「……ということは、アストリア様を殺したことにしてほしいと願い出るということですか?」
「はい」
アストリアがにこにこしながら頷く。
「まあ、ダース、あれだな。騙し討ちのように黙ってやるより、お願いというか宣言ぐらいしてもいいのかなと」
「はい」
クアトロの言葉にも笑顔のままでアストリアは再度、頷くのだった。
「で、またこの面子なのね」
マルネロが溜め息のようなものを吐き出した。クアトロ、アストリア、スタシアナ、ダースの顔がマルネロの傍に並んでいる。
「まあ、国の政には余り関係がない面子だな」
クアトロがもっともらしく言う。
「国王自らが言わないでよ。呆れるのを通り越して、王国民の一人として悲しくなってくるから。それに、私はそれなりに忙しいんだからね。魔法学院の運営とかもあるし」
マルネロはそう言って、胸を少しだけ反らして見せる。その動作だけで、たわわな胸が揺れて黒い服の中でもその存在を主張している。
「あれか。理事長自らが校庭で爆炎魔法をぶっ放して、近隣の住民から怒られたやつだな」
「あ、あれは生徒が生意気だったから、大人の怖さを教えただけよ」
そう反論するマルネロに、そんなことばかりしているから逆ぎれの爆乳などと不名誉な二つ名をつけられるのだとクアトロは思う。
「クアトロさん、ここが不死者の王が住む館ですか。気のせいか不気味な感じが……」
「アストリア様、危険かもしれません。少しお下がり下さい」
アストリアの傍に控えるダースがそんなことを言っている。危険も何も館の門前に立っているだけだろうと思うし、何かあればアストリアのことは必ず自分が守ってみせるのだ。何かと鬱陶しい奴だとクアトロは思う。
「不死者はどこですかー。浄化でーす。浄化しますよー。ぼくが浄化しちゃいますよー」
スタシアナは先程から異様に張り切っている。お経のように浄化という言葉を唱えながら、両手の杖をぶんぶん振り回すので、どちらかというと彼女が一番危険な存在だった。そもそも天使とは、このように不浄な者を積極的に浄化したがる存在だったろうか。しかもスタシアナさん、今は堕天使だし……。
不意に正門前の空間が歪み始めたことに、クアトロは気がついた。腰の長剣に片手を置いて周りに注意を促す。マルネロも身構え、ダースはアストリアをその背に隠す。スタシアナは相変わらず杖をぶんぶんと振り回しているのだったが。
やがて空間の歪みが収まると、軽く頭を垂れて服と一体化している黒い頭巾を被った者が姿を現す。高度な転移魔法だとクアトロは思う。頭を垂れているため、頭巾の中は窺い知れなかった。
「魔族の王、クアトロ様ですな」
やがて、顔を上げて頭巾を被った者が言う。完全に顔が上がって頭巾の中が窺い知れた時、アストリアの息を飲む気配がクアトロに伝わってきた。頭巾の中は骸骨そのものであり、その双眸は漆黒の空洞で塗り潰されている。
「私はトルネオと申します」
「不死者の王か」
「はい。巷ではそう呼ばれているようで。もっとも、私自身がそう名乗った覚えはないのですが」
「ふん、随分と洒落た現れ方をするものだな」
「驚かせてしまいましたか。であれば、お詫びを致しましょう。申し訳ございません」
不死者の王トルネオはそう言って、慇懃に頭を下げた。
「随分と慇懃無礼な感じね。気に入らないわね。燃やすわよ」
マルネロはそう言うと人差し指を立てる。すぐにその指先からは拳ほどの火球が浮かび上がる。
「浄化ですよー。ぼくが浄化するんですよー」
トルネオが現れたからだろう。スタシアナが杖を更にぶんぶんと振り回し始めた。うん。スタシアナさん、絶対に杖の使い方を勘違いしていると思うクアトロだった。
「マルネロ、燃やすのは少しだけ待ってくれ。それと、スタシアナを少しは落ち着かせてくれ」
クアトロがそう言うと、杖を振り回していたスタシアナがマルネロに羽交い締めにされる。
「浄化ですよー。ぼくが、びよーんって浄化するんですよー」
まだスタシアナはそんなことを言って、マルネロの腕の中でばたばたと暴れていた。
「不死者の王、今日は頼みごとがあってここに来た」
「ほう、魔族の王が私ごときに頼みごとを。よいでしょう。まずは話を聞くとしましょうか。それでは話は我が館の中にて……」
トルネオはそう言って、一礼をしながらクアトロ達を館の中へと促した。トルネオが余りにも素直だったため、クアトロはいささか拍子抜けする気分だった。
「クアトロさん、中に入るのはちょっとだけ気味が悪いのですが……」
アストリアが少し血の気が引いたように見える顔で言う。
「お嬢さん、流石に不死者と言えども、気味が悪いと真正面から言われてしまうと傷つくのですが……」
「あ、ごめんなさい。でも……」
「アストリア、大丈夫だ。俺たちがついている。トルネオ、不用意に彼女を怖がらせるな。次に怖がらせるようなことがあれば、不死者の王とはいえ……消すぞ」
「これは不死者に対して恐ろしいことを仰る。承知致しました。消されては堪らないので、気をつけることとします。それでは皆さま、我が屋敷へ」
トルネオは再度そう言って館の中へと皆を促したのだった。
不死者の王の館に入ると、広く薄暗い応接間へと通された。卓の上には燭台が置かれていて、そこで燃える蝋燭の炎が僅かに揺らめいている。
皆が椅子に座ると一体の骸骨が姿を見せた。その骸骨は両手で盆を持っいてその上には飲み物が載せられている。
骸骨が比較的緩慢な動きで飲み物を順に配り始めた。クアトロの隣に座るアストリアの顔が青ざめているのが分かる。
「トルネオ、少し演出が過ぎるようだな」
クアトロがトルネオに向けている赤い瞳をすっと細めた。
「これは失礼致しました。怖がらせるつもりはなかったのですが、何せここにはあのような者しかおりませんので」
トルネオが慇懃に非礼を詫びる。
「……馬鹿にしてるの? 本当に燃やすわよ」
「浄化です! びよーんって浄化します」
マルネロとスタシアナが同時に言う。
「いえいえ、滅相もない。お詫びをさせて頂いているだけですので」
トルネオが片手を上げて左右に振る。当然、その片手も白い骨である。
「魔族の王クアトロ様。その配下で四将と称され、最高位魔術師と言われているマルネロ様。そして同じく四将の堕天使スタシアナ様とお見受けします。そして、そちらのお二方は?」
「はい。申し遅れました。アストリアとダースと申します」
アストリアがそう言うと、トルネオが軽く首を傾げた。
「ふむ。聞き覚えがあるお名前ですね。最近、魔族の王がベラージ帝国の帝都を襲撃し、その第四皇女を連れ去られたとか。そしてその第四皇女のお名前がアストリア様……」
「不死者の王、噂には聞いていたけど耳が早いわね」
「配下の者から、たまたま聞き及んだだけでございます」
「ふん、どうかしらね」
マルネロが鼻で笑う。
「でも事情を知っているのなら話が早いわね」
「ほう。では頼みごととは、それに関係することだと……」
「そうだ」
クアトロはトルネオの言葉に頷き、言葉を続けた。
「アストリアをお前が殺したことにしてもらいたい」
流石に予想外の言葉だったようだ。トルネオが一瞬、黙り込む。
「私にそうさせる理由は分かりませんが、私がアストリア様を殺したことにして……どのような得が私にあると。例えば、今後は死者を無償で提供頂けるとか、魔族の墓地が掘り起こし放題になるなど」
「ないな」
「ないわね」
「ないですー」
クアトロ、マルネロ、スタシアナが一斉にそう返事をした。
アストリアは申し訳なさそうな顔をし、ダースは呆れた表情を浮かべている。ダースは、これでは交渉になっていないと思っているのだろう。だがクアトロは元より交渉するつもりなどなかった。宣言をしに来ただけである。