第58話 鍵となり器となる者
文字数 2,109文字
ベラージ帝国の帝都リドルはマルネロが思っていた以上の賑わいを見せていた。近い内に魔族との戦端が開かれるかもしれないといった雰囲気はどこにもないように感じられた。
もしかすると帝国民はそんなことなどは何も知らないのかもしれないとマルネロは思う。
「……にしてもダース、その変装は微妙じゃない?」
マルネロが隣で歩くダースの顔をまじまじと見る。ダースの顔は見事なもじゃもじゃ髭で覆われていた。違和感があり過ぎて、逆に目立っている。
「マルネロ殿、ここは念には念を入れておかないといけないですからね」
何かと生真面目なダースが、さも当然だといった顔で言う。どこかの面白骸骨と同じようなことを言っているとマルネロは思う。だが、生真面目なダースにそんな顔をされてしまうと、それ以上のことを言う気もなくなってくるようだった。マルネロは短く溜息を吐いた。
横でとてとてと歩いているエリンに顔を向けると、エリンはまだぶつぶつと言っている。スタシアナと離れさせられたことがまだ気に入らないのだろう。
髭もじゃの若い男と魔導師風の若い女。そして、人目を引く美少女……。
どう考えても奇妙な取り合わせで逆に目立っている気がする。クアトロのように頭が痛くなってくるマルネロだった。
「で、どうするの、ダース。騎士団長とやらには、どうやって会うつもりなの?」
まさか城門から堂々と入って行けるはずもなく、マルネロはダースにそう尋ねた。
「騎士団長の自宅に、まずは行ってみましょう。騎士団長はいないでしょうが、家の者に見知った方がいるかもしれません」
「わかったわ。じゃあエリン、行くわよ」
「えー? もう歩くのが疲れたのだけれども……」
エリンは不満をそう言いながらもついてくるのだった。
「随分と大きな屋敷ね。一国の騎士団長ってこういうものなのかしら?」
目の前にそびえる巨大な門を見上げながらエリンが、あんぐりと口を開けていた。
「ヴェリアス様は王家の縁戚にあたる家柄ですからね」
ダースがエリンにそんな説明をしている。
三人が門前で立っていると二人の衛兵が現れて、それと同時に門が開かれた。
「ダース卿、ヴェリアス様がお待ちです」
……ダースの懸命な変装も全く意味がなかったようだった。
あっさりと身元が割れてしまったダースたちは、そうして広大な屋敷の中に通されたのだった。
屋敷の応接室には既にヴェリアス騎士団長が待っていた。ダースは一礼をすると、ヴェリアスの前に腰掛ける。マルネロとエリンもダースに続いて何となく頭を下げてその横に座る。
「息災のようだな、ダース。アストリア様もご無事か?」
ダースがヴェリアスの問いかけに黙って頷いた。
ヴェリアスも大きく頷き返すと、隣のマルネロに視線を向けた。
「ほう……赤い髪に赤い瞳。ダースと行動を共にしているということは、四将のマルネロ殿か?」
マルネロは頷く。
「お初にお目にかかります……ではないですね。あの節は失礼致しました」
ヴェリアスは何か思い出したのか苦い顔をしてみせた。そんな顔を見ながら、どうもこの騎士団長は何を考えているのかが分からないとマルネロは思っていた。
ダースは信頼しているようだったが、軽率に屋敷の中に入って来てしまったことをマルネロは少しだけ後悔していた。
正確にはクアトロが、なのだったがマルネロたちは何といっても一度、ヴェリアスを殺しているのだ。そのことで恨みを抱いていてもおかしくはない。
マルネロは咄嗟の動きに対応できるようにと、魔導師の杖を手元に引き寄せた。そんなマルネロを見てヴェリアスが口元を僅かに緩めた。
「マルネロ殿、警戒する必要はない。お主たちをどうにかするつもりはない」
いささか拍子抜けする思いでマルネロは、はあと頷く。続いてヴェリアスはダースに視線を向けて口を開いた。
「それよりもダース、この状況で帝都に潜入するとは随分と思い切ったな」
「危険なことは承知しています。ですが、アストリア様の身に危険が迫っているとなれば話は別ですので」
「そうか。お前のアストリア様への忠誠は変わらんのだな」
「それでヴェリアス騎士団長、何が起こっているのでしょうか? 魔族にさらわれたアストリア様を助けるための動きとは思えませんが」
ダースの問いにヴェリアスは一瞬だけ押し黙った後、首を左右に振った。
「ダース、私は既に騎士団長を解任されている」
ダースの顔に驚きの表情が浮かぶ。
「ゆえに今、帝国内で起きていることに関して、私は噂以上の物を知らないのが現状だ」
ヴェリアスが自嘲気味に言う。
「ではヴェリアス殿、噂でよいのでご教示頂けると助かります」
マルネロが燃えるかのような赤い瞳をヴェリアスに向ける。
ヴェリアスが自分に向けられたマルネロの赤い瞳を暫くの間、無言で見つめた。
「ふむ。アストリア様は魔族の皆に慕われているようだな。アストリア様を差し出せば人族と魔族で争う必要はないのだが、そのつもりは微塵もないようだ……」
ヴェリアスの言葉にマルネロは軽く頷いた。
「アストリア様は鍵となり器となる者らしい」
「鍵、器……ですか?」
マルネロは意味が分からず、その言葉を繰り返した。
もしかすると帝国民はそんなことなどは何も知らないのかもしれないとマルネロは思う。
「……にしてもダース、その変装は微妙じゃない?」
マルネロが隣で歩くダースの顔をまじまじと見る。ダースの顔は見事なもじゃもじゃ髭で覆われていた。違和感があり過ぎて、逆に目立っている。
「マルネロ殿、ここは念には念を入れておかないといけないですからね」
何かと生真面目なダースが、さも当然だといった顔で言う。どこかの面白骸骨と同じようなことを言っているとマルネロは思う。だが、生真面目なダースにそんな顔をされてしまうと、それ以上のことを言う気もなくなってくるようだった。マルネロは短く溜息を吐いた。
横でとてとてと歩いているエリンに顔を向けると、エリンはまだぶつぶつと言っている。スタシアナと離れさせられたことがまだ気に入らないのだろう。
髭もじゃの若い男と魔導師風の若い女。そして、人目を引く美少女……。
どう考えても奇妙な取り合わせで逆に目立っている気がする。クアトロのように頭が痛くなってくるマルネロだった。
「で、どうするの、ダース。騎士団長とやらには、どうやって会うつもりなの?」
まさか城門から堂々と入って行けるはずもなく、マルネロはダースにそう尋ねた。
「騎士団長の自宅に、まずは行ってみましょう。騎士団長はいないでしょうが、家の者に見知った方がいるかもしれません」
「わかったわ。じゃあエリン、行くわよ」
「えー? もう歩くのが疲れたのだけれども……」
エリンは不満をそう言いながらもついてくるのだった。
「随分と大きな屋敷ね。一国の騎士団長ってこういうものなのかしら?」
目の前にそびえる巨大な門を見上げながらエリンが、あんぐりと口を開けていた。
「ヴェリアス様は王家の縁戚にあたる家柄ですからね」
ダースがエリンにそんな説明をしている。
三人が門前で立っていると二人の衛兵が現れて、それと同時に門が開かれた。
「ダース卿、ヴェリアス様がお待ちです」
……ダースの懸命な変装も全く意味がなかったようだった。
あっさりと身元が割れてしまったダースたちは、そうして広大な屋敷の中に通されたのだった。
屋敷の応接室には既にヴェリアス騎士団長が待っていた。ダースは一礼をすると、ヴェリアスの前に腰掛ける。マルネロとエリンもダースに続いて何となく頭を下げてその横に座る。
「息災のようだな、ダース。アストリア様もご無事か?」
ダースがヴェリアスの問いかけに黙って頷いた。
ヴェリアスも大きく頷き返すと、隣のマルネロに視線を向けた。
「ほう……赤い髪に赤い瞳。ダースと行動を共にしているということは、四将のマルネロ殿か?」
マルネロは頷く。
「お初にお目にかかります……ではないですね。あの節は失礼致しました」
ヴェリアスは何か思い出したのか苦い顔をしてみせた。そんな顔を見ながら、どうもこの騎士団長は何を考えているのかが分からないとマルネロは思っていた。
ダースは信頼しているようだったが、軽率に屋敷の中に入って来てしまったことをマルネロは少しだけ後悔していた。
正確にはクアトロが、なのだったがマルネロたちは何といっても一度、ヴェリアスを殺しているのだ。そのことで恨みを抱いていてもおかしくはない。
マルネロは咄嗟の動きに対応できるようにと、魔導師の杖を手元に引き寄せた。そんなマルネロを見てヴェリアスが口元を僅かに緩めた。
「マルネロ殿、警戒する必要はない。お主たちをどうにかするつもりはない」
いささか拍子抜けする思いでマルネロは、はあと頷く。続いてヴェリアスはダースに視線を向けて口を開いた。
「それよりもダース、この状況で帝都に潜入するとは随分と思い切ったな」
「危険なことは承知しています。ですが、アストリア様の身に危険が迫っているとなれば話は別ですので」
「そうか。お前のアストリア様への忠誠は変わらんのだな」
「それでヴェリアス騎士団長、何が起こっているのでしょうか? 魔族にさらわれたアストリア様を助けるための動きとは思えませんが」
ダースの問いにヴェリアスは一瞬だけ押し黙った後、首を左右に振った。
「ダース、私は既に騎士団長を解任されている」
ダースの顔に驚きの表情が浮かぶ。
「ゆえに今、帝国内で起きていることに関して、私は噂以上の物を知らないのが現状だ」
ヴェリアスが自嘲気味に言う。
「ではヴェリアス殿、噂でよいのでご教示頂けると助かります」
マルネロが燃えるかのような赤い瞳をヴェリアスに向ける。
ヴェリアスが自分に向けられたマルネロの赤い瞳を暫くの間、無言で見つめた。
「ふむ。アストリア様は魔族の皆に慕われているようだな。アストリア様を差し出せば人族と魔族で争う必要はないのだが、そのつもりは微塵もないようだ……」
ヴェリアスの言葉にマルネロは軽く頷いた。
「アストリア様は鍵となり器となる者らしい」
「鍵、器……ですか?」
マルネロは意味が分からず、その言葉を繰り返した。