第13話 クアトロとアストリア

文字数 3,622文字

「アストリアが何で妃になるんですかー」
「まあ、スタシアナさん、その辺りのお話は、三人でゆっくりと別の場所でお話し合いを。よいですね、クアトロ様」
「あ、うん。そうだな」

 ヴァンエディオの奴、こっちに押しつけやがったと思ったクアトロだったが、確かに三人で解決しなければいけない問題であることには間違いがない。ただ、話し合ったところで解決するとは思えないのだが……。

 ヴァンエディオの言葉に頷くクアトロを見て、スタシアナは膨れっ面でそっぽを向く。クアトロとしてはスタシアナに嫌われることも辛いのだ。何だかお腹が痛くなってきたと思うクアトロだった。
 それらの様子を呆れた顔で見ながらエネギオスが口を開いた。

「で、ヴァンエディオ、アストリアが死んでしまう理由はどうする? 急な病死や事故でといったわけにはいかないだろう」
「そうですね。最初の一手は真実味がないと、全体がいかにも虚構に見えてきますからね」
「そうか? どんな理由だろうが、都合がよすぎて嘘くさいと思うが」

 そのエネギオスの言葉にも一理あると思うクアトロだった。一方では、どうせ嘘なのだから下手な小細工をしても意味がないような気もする。

「確かに下手な小細工は意味がないですが、余りに真実味がないのもいかがなものかと。となると、実際の出来事に紐づけるのがよいでしょうね」
「実際の出来事とは?」

 クアトロがそう尋ねる。クアトロに尋ねられてヴァンエディオは少しだけ考える素振りを見せた。

「最近、不死者の王の動きが活発化しているとの話を聞いております。それに上手く絡められればと」

 不死者の王、名をトルネオ。また意外な名前が出てきなとクアトロは思う。不死者の王とは、自らが生み出したアンデットなどを従えて遥か昔より存在しているという者だった。彼がその地に出現してから経過した時間は、三百年とも四百年とも言われていた。

「不死者! どこですか? 浄化です! ぼくが浄化するんですよー」

 天使の血が騒ぐのだろうか。スタシアナが青い瞳を見開く。そして、金色の髪を宙で踊らせながら両手をぶんぶんと振り回す。

「スタシアナさん、少しは落ち着きましょうね。ここに不浄な者はいませんので」

 ヴァンエディオが両手を振り回しながら息巻くスタシアナを宥める。

「不死者の王といえば、魔族とも長年に渡って何かと因縁がある相手。しかもこの時分に不穏な動きがあるとなれば適切かと」
「確かにな。それで不死者の王トルネオの不穏な動きとは?」

 クアトロはヴァンエディオの言葉に頷きながら言う。

「申し訳ございません。具体的なことはまだ何も。ただ、この王都内に彼の配下が度々出没しているとの報告を受けております」
「ならば探ってみるか……」

 クアトロは新しいおもちゃでも見つけたかのように、どこか嬉しそうに言うのだった。




 翌日、クアトロは中庭に一人で佇むアストリアを見かけた。今は珍しく護衛の騎士、ダースの姿が見えない。
 軽い日差しを浴びて木製の椅子に腰掛けているアストリアの姿は一枚の絵のように美しかった。 
 
 肩まで伸びる明るい栗色の髪が陽光を受けて輝いている。
 近くで自分を見詰めるクアトロに気がついて、アストリアが笑顔を浮かべた。クアトロは見惚れていた気恥ずかしさを少しだけ覚えながらアストリアの横に腰掛けた。

「どうだ、魔族の国は?」

 その問いにアストリアは小首を傾げる。

「そうですね。人族と何も変わりません。皆、親切で私に優しくしてくれますし」
「そうか」

 クアトロは頷く。

「でも、勢いでクアトロさんと来てしまいたしたが、そのことで親切にしてくれる皆に迷惑がかかっていると思うと申し訳なくて」
「気にするな。皆、迷惑などとは思ってない。また俺が厄介ごとを持ってきたと思っているだけだ。アストリアが迷惑だなんて決して思ってないぞ。大丈夫だから、アストリアは何も気にすることなどない」

 アストリアに妙な負い目を抱かせてはならないと思いクアトロは必死にそう言った。その様子が面白かったのかアストリアは少しだけ笑う。

「クアトロさん、同じことですよ。私自身がその厄介ごとの原因なのですから」
「そ、そうか?」

 クアトロは照れたように暗い灰色の髪を掻く。

「でもな、アストリア。俺がお前を……その、何だ。花嫁にしたいと思ったのは本当だ。だから、お前をさらったのだ。なので、お前は全然悪くない。厄介ごとなんかではない。悪いのはお前をさらった俺なのだからな」

 上手く言えないもどかしさがクアトロにあった。でも、自分の気持ちには何の偽りもないことをアストリアに伝えたいと思うクアトロだった。

「はい。私はクアトロさんの花嫁となるために、魔族の国に来たのですからね」

 その気持ちが伝わったのかは分からないが、アストリアは少しだけ顔を赤らめて花嫁という言葉を口にする。

「でも、花嫁になるには建前上、死なねばならないのですよね」
「そうだな。ヴァンエディオが言うように、それが一番の策だと思う」
「そして、その濡れ衣を不死者の王に着せるのですよね」
「濡れ衣と言ってしまうと少し気が引けるかもしれないが、所詮は不浄の存在だからな。そもそも、存在自体が罪だという見方もある。スタシアナはこれを機会に不死者の存在を一掃すると言って張り切っているぞ」

 アストリアはそれを聞くと微笑みを浮かべた。

「スタシアナさんは、ちょこちょこしていて可愛いですね。仲良くなれるといいのだけれども……」
「そうだな。スタシアナは、あんなことを言っていても本当は優しくていい子だ。大丈夫だ。アストリアなら直に仲良くなれる……」

 そこまで言って、クアトロはアストリアが少し膨れっ面をして、深緑色の瞳を自分に向けていることに気がついた。

「クアトロさん、女の子の前で他の女の子を褒めるなんて、失礼なことなんですからね」
「そ、そうなのか。すまん」

 最初に可愛いと褒めたのはアストリアだろうと思いながらもクアトロは頭を下げる。

「でも、不死者の王ですか……不死者の王と呼ばれる者がいると聞いたことはありますけど、どのような方なのでしょうか?」
「そうだな。俺も直接、会ったことはない。それに王と言っても広大な領地を支配しているわけでもなくて、支配する不死者たちと館に引きこもっている感じかな」
「引きこもっている……ですか?」

 アストリアはクアトロの言葉を繰り返す。

「噂ではもう長い間、何かの研究をしているらしい。引きこもっている間は実害などないのだが、稀に魔族が住む地域にやって来る」
「何か余り魔族の方々と諍いを起こす要素が感じられないのですが」

 アストリアの言葉にクアトロは頷く。

「そうだな。しかも、魔族が棲む地域に来たからといっても害は殆どない。魔族を襲ったりするわけでもない。することと言えば、墓を荒らすぐらいだな。ヴァンエディオは不穏な動きと言ったが、実際、大した問題ではないはずだ」
「お墓をですか……死者の復活などでしょうか」
「どうだろうな。不死者の王なのだからそれは可能だろうが、無秩序に死者を復活させて……といった考えはないようだ。世間での噂通り何かの研究に使っているようだぞ。まあ、墓を掘り起こされた親族には迷惑な話なんだろうがな」

 それを聞いてアストリアは、うーんと考える素振りを見せた。

「急にどうした。お腹でも痛くなったか?」

 クアトロがアストリアの様子を見て焦る素振りを見せる。

「お腹なんて痛くないです。クアトロさんはもう少し女の子に対する言葉を選んで発言して下さいね」

 アストリアは先ほどと同じように白い頬を可愛らしく膨らませながら不満を口にした。
 はい、とクアトロは頷いてうなだれる。何が不味かったのかわからないが、またアストリアを怒らせてしまったようだった。

「不死者の王がクアトロさんの言うような方だとすると、ますます私を殺したといった濡れ衣を着せるのが申し訳ない気が……」
「まあ確かにアストリアが言うのも分からなでもない。不死者の王も死者とはいえ感情はあるのだから、身に覚えがないことを言われれば当然怒るだろうな」
「そうですよ。でしたらここはお願いしてみてはどうでしょうか?」

 アストリアは胸の前で両手の平を重ね合わせた。よいことを思いついたといった感じで、クアトロに深緑色の瞳を向けてにこにこしている。
 
 うん。やっぱり何をしても美しくて可愛いな。そのような様子のアストリアを見てそう思うクアトロだった。
 
 ただ、お願いといっても一国の皇女を殺したことにしてくれと言ったところで、不死者の王が承知してくれるとは思えない。
 だが……。

「お願いか。してみる価値はあるのかもしれないな」

 お願いはともかくとしても、そういうことになるから宜しくなといったことを確かに言っておくべきかもしれない。言ったところでそれに同意するとは思えないが、揉めるにしても黙って行うのとは結果が違ってくる気がする。
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