第48話 終焉
文字数 3,247文字
ナサニエルは呆けたように口を開けている。加えて片頬が引きつっているのが見て取れた。それも無理はないとクアトロも思う。どの程度の味方なのかは知らないが、味方だと思っていたドラゴンに仲間をいきなり食われたのだから。
「こ、こらっ! だ、駄目ですよ。いきなりそんなことをしては!」
そんな言葉と共に慌てた様子で姿を現したのはアストリアだった。アストリアは遥か上の位置にあるドラゴンの顔に向かって、両手を伸ばしてぴょんぴょんと跳ねている。
……どうやら叱っているらしい。
今度はクアトロが呆けたように口を開ける番だった。アストリアに続いて二体のスモールゴブリンが姿を現した。アストリアがぴょんぴょんと跳ねているのを見て、スモールゴブリンたちもぴょんぴょんと跳ね始めた。スモールゴブリンたちは何故か楽しげだ。
……まったく状況がわからん。
クアトロが周囲を見渡すとエネギオスたちも唖然とした顔をしている。囚われているはずのアストリアが、古代種のドラゴンやスモールゴブリンたちといきなり姿を見せればその反応も当然だった。
……まあ、何だかよく分からないが、アストリアは無事らしい。ならば、俺がやることは……。
次の瞬間、クアトロはナサニエルの背後にいた。
「まずは左腕だな」
クアトロが長剣を一閃させた。切り離されたナサニエルの左腕が綺麗に弧を描きながら宙を舞った。
「貴様!」
ナサニエルが距離を取ろうと飛びのいた。クアトロは深追いをせずに距離を取ったナサニエルに向けて長剣の切先を向けた。
「お前はここで死ね」
「ふざけるな。魔族風情が。魔人の王に勝てると思っているのか!」
失った片腕から流れる血を気にも止めようとせず、怒号と共にナサニエルがクアトロとの距離を一気に詰めた。クアトロの懐に入って来たナサニエルに向かってクアトロが上段から長剣を振り下ろす。
「舐めるな、魔族!」
長剣はナサニエルが発動した障壁によって弾かれる。ナサニエルは残る右腕をクアトロのがら空きとなっている胸に向けた。
「お前こそ魔族を舐めすぎた。そしてアストリアを怖がらせた。その罪は大きい」
クアトロに向けて伸ばされていたナサニエルの肘から先が、鮮血を吹き出しながら床に転がる。ナサニエルの両目がこれ以上ないくらいに見開かれていた。
両腕を失って耐えがたい痛みがあるのだろう。それなのに声ひとつさえも上げないのは流石と言うべきか。クアトロはそんなことを思っていた。
「終わりだな。魔神の刃だ。防ぐ術はない。魔神刀……斬!」
自身の運命を悟ったのか。クアトロの言葉にナサニエルが、いやいやと言うように首を左右に振った。
次の瞬間、ナサニエルの首から上が床に転がっていた。
クアトロは大きく息を吐くとアストリアに視線を向けた。アストリアは青白い顔で立ち竦んでいる。
できれば、誰かを殺す姿をアストリアには見せたくなかったとクアトロは思う。そんなクアトロの思いが伝わったのか、アストリアはぎこちなく微笑んでクアトロに礼を述べた。
「クアトロさん、助けて頂いてありがとうございます」
「いや、俺の方こそアストリアに怖い思いをさせてしまった。悪かったな」
「いえそんな……こうして助けてもらいましたし、それに私は大丈夫です」
アストリアはそう言って微笑む。その微笑みはまだぎこちなかったが、言葉に嘘はないようだった。
「ろりろり姫、無事か?」
大剣を肩に担いだままでエネギオスが近寄って来る。
「で、あのドラゴンと一緒なのはどういうことなんだ?」
もっともなエネギオスの言葉だった。
「それが……友達になって……助けてもらった……でしょうか?」
「はあ?」
エネギオスが間の抜けた声を上げる。アストリアの背後ではまだ二体のスモールゴブリンが、ぴょんぴょんと跳ねている。
「馬鹿みたいな声を出してるんじゃないわよ。スモールゴブリンと同じようにドラゴンを使役したってことでしょう」
マルネロが話に割り込んできた。
「そんなことはどうでもいいわ。アストリア、無事でよかった。心配してたのよ。すぐに助けてあげられなくてごめんね」
マルネロの言葉にアストリアは無言で首を左右に振った。
「アストリア様! 申し訳ございません」
今度はダースが駆け寄って来て、床に片膝をつけて頭を下げる。
「ダース卿、あなたが謝る必要はありません。それにこうして助けに来てくれました。頭を下げるのは私の方です。皆さんもありがとうございました」
アストリアは皆に頭を下げる。
「すごい大きなドラゴンなのー」
スタシアナが口をあんぐりと開けてドラゴンを見上げている。
「そうですわね。それに中々凶暴そうな顔をして……」
隣でエリンがスタシアナに同意していた。
「アストリア、これ王宮で飼うのですかー?」
スタシアナが無邪気にそんなことをアストリアに訊いてくる。
「いえ、流石に飼うことはできないかなと……」
「えーそうなのですかー?」
アストリアに否定されてスタシアナはどこか不服そうだった。こんな馬鹿でかいドラゴン、王宮に置いておける場所などないだろうにと思いクアトロは苦笑する。それに古代種のドラゴンと天使は仇敵だったような……。
「それにしてもアストリア様、ドラゴンを使役するとは流石でございます」
今度はダースがアストリアを微妙な角度から褒め始めた。
「使役といいますか……友達でしょうか」
アストリアもどこか的の外れた言葉を返している。
「そもそもドラゴン、それも古代種のドラゴンを使役できるのか?」
クアトロがもっともな疑問を口にする。
「アストリア様だからできるのだ」
ダースが胸を張ってよく分からないことを言っていたが、クアトロはそれを無視することにした。
「ドラゴンも魔獣ですからね。前例がないだけで、スモールゴブリンを使役できるのであれば、同じように使役できる可能性はあるでしょうね」
ヴァンエディオの言葉にそんな物かと思うクアトロだったが、そんな単純な話ではない気もする。
「まあ、いいじゃないの。どうせクアトロには考えても分からないんだし、アストリアは無傷。そして、皆も無事だったんだから」
マルネロがそう明るく言う。どうせ考えてもわからないには引っかかるものがあるが、マルネロの言う通りで、アストリアも含めて皆が無事だったので単純によかったなとも思う。
「おい、マルネロ、俺はどうなる? こいつと戦うつもりだったんだぞ。お前らばかり魔人と戦いやがって、ずるくないか?」
エネギオスが遥か上から自分たちを覗き込むようにして見ている古代種のドラゴンを指さした。
「はあ? ずるいって何よ。私も好きで戦ったわけじゃないのよ」
「俺だけじゃない。外には魔族の将兵の一万がいるんだぞ。皆、魔人と戦うのを楽しみにしてたんだ」
「……楽しみって、何よ? 魔族って皆、筋肉ごりらの馬鹿なわけ?」
「あ、同族を馬鹿にしやがった」
「馬鹿になんてしてないわよ。馬鹿なのって訊いたんでしょう?」
「あ! また馬鹿にしやがった!」
不毛な会話を繰り返しているマルネロとエネギオスは放っておくとして、クアトロは改めてアストリアに視線を向けた。
アストリアがクアトロの視線を感じ取って少しだけ笑顔を見せた。アストリアが古代種のドラゴンを使役できた理由もそうだが、なぜ魔人がアストリアを連れ去ったのか。分からないこともまだあるが、取り敢えずはアストリア含めて皆が無事でよかったのだとクアトロは改めて思う。
「クアトロ様、わたしのことも少しは褒めて下さいよ。わたし、頑張ったんですよ」
綺麗にまとめようとしていたクアトロを嘲笑うかのように、トルネオがクアトロの下へとやって来る。その手には妙な物を握りしめていた。最早、嫌な予感しかしない。
「あ、あの、トルネオさん、その手にあるのは……」
アストリアの顔が引き攣る。
「あ、これですか? いやあ、珍しいでしょう。魔人の片腕です。この骨でスケルトンをですね……」
アストリアの叫び声が響き渡ったのだった。
「こ、こらっ! だ、駄目ですよ。いきなりそんなことをしては!」
そんな言葉と共に慌てた様子で姿を現したのはアストリアだった。アストリアは遥か上の位置にあるドラゴンの顔に向かって、両手を伸ばしてぴょんぴょんと跳ねている。
……どうやら叱っているらしい。
今度はクアトロが呆けたように口を開ける番だった。アストリアに続いて二体のスモールゴブリンが姿を現した。アストリアがぴょんぴょんと跳ねているのを見て、スモールゴブリンたちもぴょんぴょんと跳ね始めた。スモールゴブリンたちは何故か楽しげだ。
……まったく状況がわからん。
クアトロが周囲を見渡すとエネギオスたちも唖然とした顔をしている。囚われているはずのアストリアが、古代種のドラゴンやスモールゴブリンたちといきなり姿を見せればその反応も当然だった。
……まあ、何だかよく分からないが、アストリアは無事らしい。ならば、俺がやることは……。
次の瞬間、クアトロはナサニエルの背後にいた。
「まずは左腕だな」
クアトロが長剣を一閃させた。切り離されたナサニエルの左腕が綺麗に弧を描きながら宙を舞った。
「貴様!」
ナサニエルが距離を取ろうと飛びのいた。クアトロは深追いをせずに距離を取ったナサニエルに向けて長剣の切先を向けた。
「お前はここで死ね」
「ふざけるな。魔族風情が。魔人の王に勝てると思っているのか!」
失った片腕から流れる血を気にも止めようとせず、怒号と共にナサニエルがクアトロとの距離を一気に詰めた。クアトロの懐に入って来たナサニエルに向かってクアトロが上段から長剣を振り下ろす。
「舐めるな、魔族!」
長剣はナサニエルが発動した障壁によって弾かれる。ナサニエルは残る右腕をクアトロのがら空きとなっている胸に向けた。
「お前こそ魔族を舐めすぎた。そしてアストリアを怖がらせた。その罪は大きい」
クアトロに向けて伸ばされていたナサニエルの肘から先が、鮮血を吹き出しながら床に転がる。ナサニエルの両目がこれ以上ないくらいに見開かれていた。
両腕を失って耐えがたい痛みがあるのだろう。それなのに声ひとつさえも上げないのは流石と言うべきか。クアトロはそんなことを思っていた。
「終わりだな。魔神の刃だ。防ぐ術はない。魔神刀……斬!」
自身の運命を悟ったのか。クアトロの言葉にナサニエルが、いやいやと言うように首を左右に振った。
次の瞬間、ナサニエルの首から上が床に転がっていた。
クアトロは大きく息を吐くとアストリアに視線を向けた。アストリアは青白い顔で立ち竦んでいる。
できれば、誰かを殺す姿をアストリアには見せたくなかったとクアトロは思う。そんなクアトロの思いが伝わったのか、アストリアはぎこちなく微笑んでクアトロに礼を述べた。
「クアトロさん、助けて頂いてありがとうございます」
「いや、俺の方こそアストリアに怖い思いをさせてしまった。悪かったな」
「いえそんな……こうして助けてもらいましたし、それに私は大丈夫です」
アストリアはそう言って微笑む。その微笑みはまだぎこちなかったが、言葉に嘘はないようだった。
「ろりろり姫、無事か?」
大剣を肩に担いだままでエネギオスが近寄って来る。
「で、あのドラゴンと一緒なのはどういうことなんだ?」
もっともなエネギオスの言葉だった。
「それが……友達になって……助けてもらった……でしょうか?」
「はあ?」
エネギオスが間の抜けた声を上げる。アストリアの背後ではまだ二体のスモールゴブリンが、ぴょんぴょんと跳ねている。
「馬鹿みたいな声を出してるんじゃないわよ。スモールゴブリンと同じようにドラゴンを使役したってことでしょう」
マルネロが話に割り込んできた。
「そんなことはどうでもいいわ。アストリア、無事でよかった。心配してたのよ。すぐに助けてあげられなくてごめんね」
マルネロの言葉にアストリアは無言で首を左右に振った。
「アストリア様! 申し訳ございません」
今度はダースが駆け寄って来て、床に片膝をつけて頭を下げる。
「ダース卿、あなたが謝る必要はありません。それにこうして助けに来てくれました。頭を下げるのは私の方です。皆さんもありがとうございました」
アストリアは皆に頭を下げる。
「すごい大きなドラゴンなのー」
スタシアナが口をあんぐりと開けてドラゴンを見上げている。
「そうですわね。それに中々凶暴そうな顔をして……」
隣でエリンがスタシアナに同意していた。
「アストリア、これ王宮で飼うのですかー?」
スタシアナが無邪気にそんなことをアストリアに訊いてくる。
「いえ、流石に飼うことはできないかなと……」
「えーそうなのですかー?」
アストリアに否定されてスタシアナはどこか不服そうだった。こんな馬鹿でかいドラゴン、王宮に置いておける場所などないだろうにと思いクアトロは苦笑する。それに古代種のドラゴンと天使は仇敵だったような……。
「それにしてもアストリア様、ドラゴンを使役するとは流石でございます」
今度はダースがアストリアを微妙な角度から褒め始めた。
「使役といいますか……友達でしょうか」
アストリアもどこか的の外れた言葉を返している。
「そもそもドラゴン、それも古代種のドラゴンを使役できるのか?」
クアトロがもっともな疑問を口にする。
「アストリア様だからできるのだ」
ダースが胸を張ってよく分からないことを言っていたが、クアトロはそれを無視することにした。
「ドラゴンも魔獣ですからね。前例がないだけで、スモールゴブリンを使役できるのであれば、同じように使役できる可能性はあるでしょうね」
ヴァンエディオの言葉にそんな物かと思うクアトロだったが、そんな単純な話ではない気もする。
「まあ、いいじゃないの。どうせクアトロには考えても分からないんだし、アストリアは無傷。そして、皆も無事だったんだから」
マルネロがそう明るく言う。どうせ考えてもわからないには引っかかるものがあるが、マルネロの言う通りで、アストリアも含めて皆が無事だったので単純によかったなとも思う。
「おい、マルネロ、俺はどうなる? こいつと戦うつもりだったんだぞ。お前らばかり魔人と戦いやがって、ずるくないか?」
エネギオスが遥か上から自分たちを覗き込むようにして見ている古代種のドラゴンを指さした。
「はあ? ずるいって何よ。私も好きで戦ったわけじゃないのよ」
「俺だけじゃない。外には魔族の将兵の一万がいるんだぞ。皆、魔人と戦うのを楽しみにしてたんだ」
「……楽しみって、何よ? 魔族って皆、筋肉ごりらの馬鹿なわけ?」
「あ、同族を馬鹿にしやがった」
「馬鹿になんてしてないわよ。馬鹿なのって訊いたんでしょう?」
「あ! また馬鹿にしやがった!」
不毛な会話を繰り返しているマルネロとエネギオスは放っておくとして、クアトロは改めてアストリアに視線を向けた。
アストリアがクアトロの視線を感じ取って少しだけ笑顔を見せた。アストリアが古代種のドラゴンを使役できた理由もそうだが、なぜ魔人がアストリアを連れ去ったのか。分からないこともまだあるが、取り敢えずはアストリア含めて皆が無事でよかったのだとクアトロは改めて思う。
「クアトロ様、わたしのことも少しは褒めて下さいよ。わたし、頑張ったんですよ」
綺麗にまとめようとしていたクアトロを嘲笑うかのように、トルネオがクアトロの下へとやって来る。その手には妙な物を握りしめていた。最早、嫌な予感しかしない。
「あ、あの、トルネオさん、その手にあるのは……」
アストリアの顔が引き攣る。
「あ、これですか? いやあ、珍しいでしょう。魔人の片腕です。この骨でスケルトンをですね……」
アストリアの叫び声が響き渡ったのだった。