第16話 アストリアの提案
文字数 3,115文字
「で、お前は何でここにいるんだ?」
「いやですよ、クアトロ様。わたしの館、ぼろぼろになったじゃないですか。マルネロさんとスタシアナさんが、あんなに魔法をぶっ放しまくるから」
玉座に座るクアトロの目の前にいる黒い頭巾を被った骸骨が平然とした顔でそう言った。正確には骸骨なので、その表情が変わることはないのだが。
黒い頭巾を被っている骸骨、名をトルネオと言う。巷では泣く子も黙る不死者の王として名が通っている。また直近ではベラージ帝国皇女アストリアを殺害したことでも有名だった。
「いや、お前の館が崩壊したのは知っている。で、何でここにいる。大体、アストリアを殺したお前がこの王宮にいて、ふらふらしているのはおかしいだろう?」
「えーっ? クアトロ様、冷たいじゃないですか。わたしは行くあてもないし、こんな外見ですから家なんかも借りられない。宿にも泊まれないんですよ。だから、こうしてここにいるんじゃないですか。いやだなあ、もう」
トルネオはそう言って胸を張って見せた。いやいや、だからと言ってこの場にいる理由にはならないだろうとクアトロは心の中で呟く。
「それにわたしの館を壊したのは、クアトロ様のお連れの方々じゃないですか。なら、それなりの責任を主には取って頂かないと……」
……何かトルネオ、性格や雰囲気が大きく変わってきている。前までは重々しくていかにもといった感じの雰囲気だったのに、今は単なる図々しいおっさんみたいになっているとクアトロは思う。
「いや、責任って、そういう問題じゃないだろう」
「えーっ。駄目なんですか?」
トルネオは驚きながら軽くのけ反る素振りを見せた。しかもこの骸骨、何か一つひとつの動作に腹が立つ。
「そんなことを言わないで下さいよ。皇女殺しの汚名を被ってあげたじゃないですか」
「いや、もういい。お前、喋るな。何か頭が痛くなってきた」
クアトロはトルネオにあっちに行けとばかりに片手を振る。
そこへスタシアナが一人で、とてとてと玉座の前にやって来る。
「あれー? トルネオ、クアトロを虐めているんですか。今度は本当に、びよーんですよ」
「これはこれはスタシアナさん。いつも可愛らしくて、荒んだわたしの心も洗われる気分ですね」
「えへへ」
スタシアナが褒められて照れた笑いを浮かべる。
「クアトロ様を虐めてなんていないですよ。親交を深めていたのですよ」
「そっかあ。じゃあ大丈夫ですねー」
スタシアナの言葉に、何が大丈夫なのだろうかとクアトロは思う。
「あ、そうだ、ぼく、トルネオにお願いがあったんです。ワイバーンの骨を貰ったので、それでスケルトンワイバーンを作って空を飛べないかなって」
「ほう、それは面白そうですね」
理由は良く分からないが、なぜかトルネオもスタシアナのお願いに乗り気になっているようだった。
「ですよね! ぼくも空を飛べれば皆が喜ぶと思うんです。じゃあ早速、行きましょう」
スタシアナはそう言うとトルネオと連れ立って、とてとてと出て行く。
あれだけ不浄な者は浄化だと騒いでいたのに、その話はどこにいったのかとクアトロは思う。しかも、今ではおっさん化してしまったトルネオと、一番仲が良さそうなのはスタシアナだった。
まあ、そもそもスタシアナは堕天使なわけで、不浄な者にあそこまでこだわる理由もない筈なのだが。
それにしてもとクアトロは思う。スタシアナの態度が変わったのもそうなのだが、トルネオの性格の変わり様は何なのだ。
あの一件の終盤から、それまでとは違って物凄い小物感が出ていたのは間違いない。だが、今では飲み屋によくいそうな単なるお調子者のおっさんでしかない。とてもではないが、泣く子も黙ると言われた不死者の王と同一人物とは思えなかった。
そのようなことを考えているとクアトロはまた頭が痛くなってきた気がした。クアトロが玉座の上でうなだれていると、アストリアが自称護衛騎士のダースを伴ってやって来るのが見えた。
明るい栗色の髪が歩調に合わせて僅かに揺れている。深緑色の瞳を真っ直ぐにクアトロに向けて歩くその姿は、何よりも美しいのではとクアトロは思うのだった。
「どうしたんだ、アストリア?」
クアトロは玉座の前に姿を見せたアストリアに声をかけた。アストリアの美少女然とした姿を見るとトルネオの言葉ではないが、本当に心が洗われる気がする。
姿を見せたアストリアに決意めいた表情が浮かんでいることに、クアトロは気がついた。
「クアトロさん、今日はお願いがあって来ました」
アストリアの顔が少し上気しているのが分かる。アストリアのお願いなど初めてなので、何か頼られた感じがしてクアトロは嬉しくなってくる。
「アストリアのお願いなら何でも聞いてやるぞ。何だ? ドラゴン退治にでも行くか?」
「違いますよ」
アストリアが苦笑する。
「クアトロさんと私、そしてダース卿の三人で、野遊びに行きましょう」
「……野遊び?」
クアトロは思わず言葉を繰り返した。アストリアの背後に控えているダースの顔を見ると、口をへの字に結んで険しい顔をしている。
「そうです。野遊びです。お互いに仲良くなるには、やっぱり野遊びが一番だと思うんですよね」
「お互いに仲良く……誰と誰が?」
仲良くなることの一番が野遊びだなんて聞いたことがなかった。それに、嫌な予感を覚えてクアトロは尋ねた。いや、答えは既にわかっていたのかもしれない。
「もちろん、ダース卿とです」
アストリアが嬉しそうに微笑む。
アストリアの言葉に、どの辺がもちろんなのだろうかとクアトロは思う。
「い、いや、それはどうかと思うぞ」
クアトロは、ちらりちらりとダースに視線を向けながら言った。流石にう〇こ騎士は苦手なのだとは言えない。当のダースは相変わらず口をへの字に結んで苦虫を噛み潰した表情でアストリアの背後に立っている。
「……駄目でしょうか?」
アストリアの顔に悲しげな表情が浮かぶ。そんな顔をアストリアにされてしまうと、何も言えなくなってしまうクアトロだった。
「い、いや、駄目ではないが……なあ、ダースはどうなんだ」
「……私はアストリア様の言葉に従いますので」
あ、こいつ裏切りやがったとクアトロは心の中で呟く。
「ダース卿、私が言うから従うといったことではないのですよ」
めっとばかりにアストリアがダースに言う。アストリアに怒られやがったと思い、クアトロの口元が少しだけ緩む。ダースは目ざとくそれに気づいたようで、更に険しい表情を浮かべるのだった。
「ダース卿、クアトロさんも同意してくれたのですから、そんな顔はやめて下さい。仲良くなるための野遊びなのですから」
「は、はあ……」
また怒られたと思い、クアトロの口元が益々緩んでいく。それを見てダースの顔が益々険しくなるのだった。
「ですがアストリア様、いきなり野遊びと申しましても一体どこへ?」
「先日、スタシアナさんに連れて行ってもらった丘が王都の外れにあります。凄く景色が良くて気持ちがいいところでした。あ、クアトロさんは場所を知っているかもしれませんね。でも、あの場所でご飯を食べたら、楽しくてきっとお互いに仲良くなれると思うんです」
いやいや、どこぞの女学生ではあるまいし、一緒に食事をしたからといって仲良くなれるはずもないだろうとクアトロは思う。しかも相手は何かと相性が悪いダースなのだ。
しかし、深緑色の瞳をきらきらさせながら熱心に語った先ほどのアストリアを思い出すと、とてもではないがそんなことを言えないと思うクアトロだった。
「ね、クアトロさん、ダース卿、いい考えでしょう?」
アストリアは弾けるような笑顔でそう言うのだった。
「いやですよ、クアトロ様。わたしの館、ぼろぼろになったじゃないですか。マルネロさんとスタシアナさんが、あんなに魔法をぶっ放しまくるから」
玉座に座るクアトロの目の前にいる黒い頭巾を被った骸骨が平然とした顔でそう言った。正確には骸骨なので、その表情が変わることはないのだが。
黒い頭巾を被っている骸骨、名をトルネオと言う。巷では泣く子も黙る不死者の王として名が通っている。また直近ではベラージ帝国皇女アストリアを殺害したことでも有名だった。
「いや、お前の館が崩壊したのは知っている。で、何でここにいる。大体、アストリアを殺したお前がこの王宮にいて、ふらふらしているのはおかしいだろう?」
「えーっ? クアトロ様、冷たいじゃないですか。わたしは行くあてもないし、こんな外見ですから家なんかも借りられない。宿にも泊まれないんですよ。だから、こうしてここにいるんじゃないですか。いやだなあ、もう」
トルネオはそう言って胸を張って見せた。いやいや、だからと言ってこの場にいる理由にはならないだろうとクアトロは心の中で呟く。
「それにわたしの館を壊したのは、クアトロ様のお連れの方々じゃないですか。なら、それなりの責任を主には取って頂かないと……」
……何かトルネオ、性格や雰囲気が大きく変わってきている。前までは重々しくていかにもといった感じの雰囲気だったのに、今は単なる図々しいおっさんみたいになっているとクアトロは思う。
「いや、責任って、そういう問題じゃないだろう」
「えーっ。駄目なんですか?」
トルネオは驚きながら軽くのけ反る素振りを見せた。しかもこの骸骨、何か一つひとつの動作に腹が立つ。
「そんなことを言わないで下さいよ。皇女殺しの汚名を被ってあげたじゃないですか」
「いや、もういい。お前、喋るな。何か頭が痛くなってきた」
クアトロはトルネオにあっちに行けとばかりに片手を振る。
そこへスタシアナが一人で、とてとてと玉座の前にやって来る。
「あれー? トルネオ、クアトロを虐めているんですか。今度は本当に、びよーんですよ」
「これはこれはスタシアナさん。いつも可愛らしくて、荒んだわたしの心も洗われる気分ですね」
「えへへ」
スタシアナが褒められて照れた笑いを浮かべる。
「クアトロ様を虐めてなんていないですよ。親交を深めていたのですよ」
「そっかあ。じゃあ大丈夫ですねー」
スタシアナの言葉に、何が大丈夫なのだろうかとクアトロは思う。
「あ、そうだ、ぼく、トルネオにお願いがあったんです。ワイバーンの骨を貰ったので、それでスケルトンワイバーンを作って空を飛べないかなって」
「ほう、それは面白そうですね」
理由は良く分からないが、なぜかトルネオもスタシアナのお願いに乗り気になっているようだった。
「ですよね! ぼくも空を飛べれば皆が喜ぶと思うんです。じゃあ早速、行きましょう」
スタシアナはそう言うとトルネオと連れ立って、とてとてと出て行く。
あれだけ不浄な者は浄化だと騒いでいたのに、その話はどこにいったのかとクアトロは思う。しかも、今ではおっさん化してしまったトルネオと、一番仲が良さそうなのはスタシアナだった。
まあ、そもそもスタシアナは堕天使なわけで、不浄な者にあそこまでこだわる理由もない筈なのだが。
それにしてもとクアトロは思う。スタシアナの態度が変わったのもそうなのだが、トルネオの性格の変わり様は何なのだ。
あの一件の終盤から、それまでとは違って物凄い小物感が出ていたのは間違いない。だが、今では飲み屋によくいそうな単なるお調子者のおっさんでしかない。とてもではないが、泣く子も黙ると言われた不死者の王と同一人物とは思えなかった。
そのようなことを考えているとクアトロはまた頭が痛くなってきた気がした。クアトロが玉座の上でうなだれていると、アストリアが自称護衛騎士のダースを伴ってやって来るのが見えた。
明るい栗色の髪が歩調に合わせて僅かに揺れている。深緑色の瞳を真っ直ぐにクアトロに向けて歩くその姿は、何よりも美しいのではとクアトロは思うのだった。
「どうしたんだ、アストリア?」
クアトロは玉座の前に姿を見せたアストリアに声をかけた。アストリアの美少女然とした姿を見るとトルネオの言葉ではないが、本当に心が洗われる気がする。
姿を見せたアストリアに決意めいた表情が浮かんでいることに、クアトロは気がついた。
「クアトロさん、今日はお願いがあって来ました」
アストリアの顔が少し上気しているのが分かる。アストリアのお願いなど初めてなので、何か頼られた感じがしてクアトロは嬉しくなってくる。
「アストリアのお願いなら何でも聞いてやるぞ。何だ? ドラゴン退治にでも行くか?」
「違いますよ」
アストリアが苦笑する。
「クアトロさんと私、そしてダース卿の三人で、野遊びに行きましょう」
「……野遊び?」
クアトロは思わず言葉を繰り返した。アストリアの背後に控えているダースの顔を見ると、口をへの字に結んで険しい顔をしている。
「そうです。野遊びです。お互いに仲良くなるには、やっぱり野遊びが一番だと思うんですよね」
「お互いに仲良く……誰と誰が?」
仲良くなることの一番が野遊びだなんて聞いたことがなかった。それに、嫌な予感を覚えてクアトロは尋ねた。いや、答えは既にわかっていたのかもしれない。
「もちろん、ダース卿とです」
アストリアが嬉しそうに微笑む。
アストリアの言葉に、どの辺がもちろんなのだろうかとクアトロは思う。
「い、いや、それはどうかと思うぞ」
クアトロは、ちらりちらりとダースに視線を向けながら言った。流石にう〇こ騎士は苦手なのだとは言えない。当のダースは相変わらず口をへの字に結んで苦虫を噛み潰した表情でアストリアの背後に立っている。
「……駄目でしょうか?」
アストリアの顔に悲しげな表情が浮かぶ。そんな顔をアストリアにされてしまうと、何も言えなくなってしまうクアトロだった。
「い、いや、駄目ではないが……なあ、ダースはどうなんだ」
「……私はアストリア様の言葉に従いますので」
あ、こいつ裏切りやがったとクアトロは心の中で呟く。
「ダース卿、私が言うから従うといったことではないのですよ」
めっとばかりにアストリアがダースに言う。アストリアに怒られやがったと思い、クアトロの口元が少しだけ緩む。ダースは目ざとくそれに気づいたようで、更に険しい表情を浮かべるのだった。
「ダース卿、クアトロさんも同意してくれたのですから、そんな顔はやめて下さい。仲良くなるための野遊びなのですから」
「は、はあ……」
また怒られたと思い、クアトロの口元が益々緩んでいく。それを見てダースの顔が益々険しくなるのだった。
「ですがアストリア様、いきなり野遊びと申しましても一体どこへ?」
「先日、スタシアナさんに連れて行ってもらった丘が王都の外れにあります。凄く景色が良くて気持ちがいいところでした。あ、クアトロさんは場所を知っているかもしれませんね。でも、あの場所でご飯を食べたら、楽しくてきっとお互いに仲良くなれると思うんです」
いやいや、どこぞの女学生ではあるまいし、一緒に食事をしたからといって仲良くなれるはずもないだろうとクアトロは思う。しかも相手は何かと相性が悪いダースなのだ。
しかし、深緑色の瞳をきらきらさせながら熱心に語った先ほどのアストリアを思い出すと、とてもではないがそんなことを言えないと思うクアトロだった。
「ね、クアトロさん、ダース卿、いい考えでしょう?」
アストリアは弾けるような笑顔でそう言うのだった。