第28話 突入

文字数 2,730文字

 「……あっさりと中に入れたわね」

 マルネロが拍子抜けしたように言う。実際、門前にいた護衛兵に咎められることもなく、敷地内に侵入できたのだった。信徒などの出入りも多いためか敷地内でも咎められることはなかった。もっとも、流石にいるだけで目立つ奇妙な仮面を被っているトルネオは宿屋に残してきていたのだが。

 天使や大司教がいるだけでなく、今日は国王も来ていると言うのに不用心なことだとクアトロは思う。もっともクアトロたちにとっては好都合な話ではあるのだったが。

 敷地内にいる者たちの会話によると、練兵場で国王や大司教と共に天使がその姿を現すとのことだった。クアトロたち五人はそれを聞いて練兵場へと向かうのだった。




 練兵場の入り口は流石に警護の者が立っていた。警護の者たちは中に入る者を順番に確認しているようだった。おそらくはダナ教騎士団に属している者以外は通ることが許されないのだろう。
 強行突破をするわけにもいかず、クアトロたちは遠まきにそれを見ていた。

「クアトロさん、どうしましょうか? このまま立っていても怪しまれるだけでしょうし」

 もっともなアストリアの問いかけにクアトロはマルネロに視線を送った。

「忍び込めない以上は強行突破ね」

 マルネロが人の悪そうな笑みを浮かべる。結局、そうなるのかとクアトロは思う。ただ、自分もそれに代わる案を持ってはいないので、文句は言えない。

「天使や国王が姿を見せれば何らかの反応があるはず。そしたら一気に行くわよ」
「何か行き当たりばったりなのー」

 かつての同族と戦うことになるかもしれないというのに、スタシアナが何故か嬉しそうにしている。
 突破することは難しくないだろうが、突破した後はどうするのだとクアトロが思っていると、練兵場の方から歓声のようなものが上がった。天使たちがその姿を現したようだった。
 
 不意にマルネロがアストリアに振り返った。

「これから沢山の人族が傷つき、死んでしまうかもしれない。アストリア、覚悟はいいかしら?」

 人族のアストリアには酷な言葉だろうとクアトロは思う。だが、マルネロの言葉にアストリアは真剣な眼差しで頷いた。

「はい。私はもう魔族の仲間ですから」
「よし、いい子ね」

 マルネロはアストリアの明るい茶色の頭に手の平を置いて、声を張り上げた。

「行くわよ!」
「行くですよー」

 マルネロに続いてスタシアナも嬉しそうに駆け出して行く。
 そんな二人の様子に策も何もあったものではないとクアトロは思う。このまま天使ごとその場にいる者全てを滅ぼしてしまうつもりなのだろうか。最早、それが一番手っ取り早い気もするのだが……。
 そんなことを考えながらクアトロもその後を追うのだった。




 先頭をマルネロとスタシアナが駆けて行く。マルネロの魔法で入口の警護に当たっていた者たちが、爆音と共に吹き飛ばされる。生じた爆煙の中に躊躇いなくクアトロたちは走り込んで行った。

 練兵場に突入すると、場内は爆音と共に現れた乱入者で騒然となっていた。ざっと二百名ほどがいるのだろうか。何が起こったのかも分からずに右往左往するダナ教騎士団に向かって、マルネロが炎の魔法を乱発する。あちらこちらで爆音と悲鳴が上がる。
 果敢にも怯まずに斬りかかって来た者が、ダースによって一刀で斬り伏せられる。

「アストリア様、もっと近くに!」

 ダースがアストリアに注意を喚起する。アストリアのことはダースに任せていれば問題ないとクアトロは思い、練兵場の奥に目を向けた。やはり練兵場を見渡せる高台があり、そこに人影が見える。それらが天使や国王と思って間違いないだろう。

 さて、どうするかとクアトロは思う。天使が一筋縄でいかないのは分かっているが、その殺害を試みるか、それとも連れ出して説得を試みるのか。

「マルネロ、ダースと一緒にアストリアを頼む! スタシアナ、正面だ。突っ込むぞ!」

 クアトロは叫ぶと長剣を握り直して走り出した。マルネロも頷いて、アストリアの側に寄り添う。
 剣を抜いて抵抗する者、逃げ出そうとする者、それらをことごとく斬り伏せ、魔法で吹き飛ばしながらクアトロは走った。気づくと傍らに漆黒の翼をその背から生やしたスタシアナが低空で飛翔している。

「あっ!」

 そのスタシアナが短く叫んだ。

「クアトロ、ちょっと離れているんですよー」

 何を思ったのかスタシアナはそう言うと、低空のまま宙で停止する。

「消滅!」

 スタシアナが差し出した両手から金色の光が放たれ、その直線上にいた者たちがことごとく消滅して行く。一直線に放たれた金色の光が薄れると、そこには一本の道筋ができていた。スタシアナはその道を漆黒の翼を広げて滑るように滑走して行く。

「お、おい、スタシアナ、一人では危ないぞ!」

 しかし、スタシアナは止まらずに高台の直前で急上昇すると、その高台の上に静かに降り立った。

 国王、大司教と思しき人物が急な乱入者に腰を抜かしたようにして座り込んでいる。高台の上に降り立ったスタシアナは漆黒の翼を広げて、何故か仁王立ちとなっていた。その瞳の先には十歳にも満たないであろう少女が唖然とした表情で立ち尽くしている。

 薄い灰色の髪と茶色の瞳を持つ少女の背中には白い翼が見える。その少女が天使であることは間違いなかった。

 スタシアナはその少女を睨みつけながら片手を振り上げた。それを見上げる少女の顔が恐怖で歪むのが見えた。

 ……ぽてっ。

 スタシアナの拳が少女の頭に振り下ろされた。そしてもう一度。さらにもう一度……。

 ……ぽてっ。ぽてっ。

「痛い、痛いです、スタシアナ姉様」

 少女は自分の頭を両手で庇いながら泣き声を上げる。

 え? 
 スタシアナさん、何を……?
 クアトロは心の中で呟きながら高台に駆け寄った。

「こらあ、エリン! こんな悪いことをして。ぼくは怒ってるんですよ」

 スタシアナはそう言いながら、頭を両手で庇いながらうずくまっている天使の薄い灰色の頭をぽてぽてと叩く。

「だ、だってスタシアナ姉様が魔族のところに行ったまま帰って来ないから。魔族を滅ぼせばスタシアナ姉様も帰って来るって思ったのー」

 天使はそう言って、わんわんと泣き始める。

「く、黒の翼? き、貴様、魔族に与したと言う堕天使か!」

 座り込んでいた大司教が気丈にも立ち上がり、スタシアナを指差してそう喚き立てた。

「うるさい人族なのです。お前はもう消えちゃいなさい!」

 スタシアナはそう言って、片手を大司教に向ける。瞬く間に大司教は黄金色に包まれて淡い湯気となり消えてしまう。

「エリン、こんな騒ぎを起こして。後でぼくがたっぷりとお仕置きするんですよー!」

 スタシアナの言葉に天使の泣き声が一層高まるのだった。
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