第72話 それぞれの戦い

文字数 1,924文字

ざっと二百名ほどだろうか。天使たちの集団が姿を現した。そして、その集団の中央には天使長のミネルがいる。

 ……これは不味い。流石に逃げられないかも。エリンは心の中で呟く。

「ミネル、久しぶりですねー」

 エリンの気持ちも知らず、端正な顔に厳しい表情を浮かべているミネルにスタシアナが呑気な声でそう言った。

「……スタシアナ。エリンもですが、やり過ぎましたね」
「やり過ぎ?」

 スタシアナがこてっと首を傾げて見せた。

「ミネルが魔族の皆を虐めるからですよー」
「……経過した時が余りに長すぎました。だから、こぴーを繰り返し、あなたたちのような劣化した者も生まれてしまう。悲しい現実ですね」

 ……こぴー? 劣化?
 エリンにはミネルの言おうとしていることが分からなかった。

 ……いえ、違う。
 ……分かる。

「劣化? 違うんですよー。こぴーを繰り返したから、ぼくは分かってきたんですよー」

 スタシアナはそう言うと両手で杖を構えた。

「エリン、トルネオ。遠慮はいらないです。ここの天使どもを根絶やしにしますよ」
「ほう、これは過激な。でも、いいでしょう。スタシアナさんの頼みとあらば……」

 トルネオがそう言って一歩前に踏み出した。

 ……何かが分かりそうな気がしていた。大事なことだ。とても大事なことだ。
 それは天使の根源に関わることで……。
 ……駄目だった。考えがまとまらない。
 
 まあいいわとエリンは思う。こうなってしまった以上、天使の側にはもう戻れないのだ。ならば、スタシアナ姉様と共に行くだけ。

 エリンはそう決意すると、茶色の瞳で目の前に現れた天使たちを睨みつけるのだった。




 「……どうやら来たようですね」

 ヴァンエディオが呟くように言う。

「随分と早かったな」

 エネギオスがそう言って立ち上がった。

「え? え? そうなの? 何も感じないけれど……」

 マルネロがそう言って辺りを見渡す。次いでマルネロは探るような顔でクアトロを見た。
 クアトロは微妙にその視線を外すと口を開いた。

「……来てると言えば、そんな感じもしなくもないな」

 その言葉にマルネロが呆れたような顔をする。

「……何、その頭が悪そうな答えは。まあ、いいわ。それより何人ぐらいなのかしら」

 マルネロがもっともな疑問を口にする。

「さあ、どうだろうな。多くはないが、百か、二百か」

 エネギオスがそう応じて、クアトロに視線を向けた。

「クアトロとダースはろりろり姫と後方で待機だな。俺たち三人で迎え撃つ。一番強くて偉そうな奴をとっ捕まえるぞ。何、奴らもここに俺たちがいるとは思ってないはず。不意打ちで半分は殲滅できるだろうしな」

 エネギオスの言葉に皆が頷く。そこでマルネロが思い出したようにアストリアに向かって口を開いた。

「そう言えばあの古代種のドラゴンはどうしたのかしら?」

 その言葉にアストリアが首を傾げた。

「気がついたら、どこかに飛び去って行ってました」
「そう。まあ、いいんじゃない? あんなに大きいのがいても邪魔だしね。奴らの中に天使がいたら戻ってくるかもしれないし」

 マルネロはそう言って笑顔を浮かべた。

「はい……あの、マルネロさん、気をつけて下さい。皆さんも気をつけて下さい。守られるばかりで何もできない私がもどかしいです」
「大丈夫よ、アストリア。あなたは魔族の王、クアトロの花嫁なんだから。臣下の私たちが守るのは当然よ」
「ですが……」

 尚も何かを言おうとするアストリアをヴァンエディオが押しとどめた。

「アストリア様、お気になさらずに。我ら魔族は強者と戦うことを欲します。それに個人的にもこの顛末に多いに興味がありますしね」
「……はい。本当に申し訳ないです。皆さん、気をつけて下さい」

 アストリアがそう言って頭を下げる。魔人や天使が相手なのだ。エネギオスが口にするほど楽な相手ではないはずだった。だが敢えてアストリアが負担だと思わないようにエネギオスたちがこういった言い方をしていることは明らかだった。

 アストリアもその思いは承知しているのだろう。そのことには触れずに頭を下げていた。

 さて、とクアトロは思う。いずれにせよアストリアだけではない。四将も含めて最後は自分が全部守ってやる。
 ……う〇こ騎士のダースも含めてな。
 クアトロは改めてそう思うのだった。

「では皆さん、行きましょう。狭い宮殿内よりも外で迎え撃ちましょうか」
「そうだな。長期戦になるかもな。マルネロ、でかい魔法を撃ちまくるなよ。すぐに魔力が底をつくぞ」
「分かってるわよ。失礼ね!」

 エネギオスの言葉にマルネロがそう反論している。

「エネギオス、ヴァンエディオ、そしてマルネロ、頼んだぞ」

 改めてそう言ったクアトロに三人が無言で頷いたのだった。
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