第23話 狂人ども
文字数 2,327文字
冒険者組合は人で溢れ返っていた。クアトロたちは辛うじて空いていた角の卓に座って周囲の様子を伺う。
組合内にいた人たちが、ちらちらと奇妙な仮面をつけているトルネオを見ている。
……ごくごく当たり前の反応だ。まるで見てくれと言わんばかりだとクアトロは思う。本当に頭が痛くなってきた。
好意的に捉えるのであれば、トルネオがあまりにも目立ち過ぎて誰もクアトロやマルネロの赤い瞳に注意を向けないことであろうか。
そんなクアトロの思いも知らずに、トルネオは先程から首を左右に振り続けている。それも微妙な感じで。
……このまま燃やしてしまおうか。
芽生えてくる殺意に似たものを辛うじて飲み込みながら、クアトロはアストリアの横に座るダースに目で合図を送った。ダースもクアトロの意思を読み取って軽く頷く。
明らかに魔族の血を引くと分かる者が二人、子供が二人、奇妙な仮面をつけた気が触れている者が一人といった一行の中では、一番まともに見えるのがダースぐらいであろう。
ダースは背後の卓に座っている男だけの三人組に声をかけた。
「凄い人ですね。何かあったんですか?」
「お、おう」
珍妙な一団の一人に急に声をかけられて、背後の三人組は明らかに戸惑った様子を見せた。
それはそうだろうとクアトロも思う。奇妙な仮面をつけて奇妙な動きをしている者がいる一行なんて、誰も積極的に関わり合いになりたくはない。
「凄いのを連れているな、兄ちゃん」
三人組の統率役なのだろう。三人の中で一番年上に見える四十歳ぐらいにみえる髭面の男が言う。
「ちょっと顔を魔獣の酸でやられちゃってね。そのショックからか、時々おかしくなるのよ」
マルネロがダースの横から咄嗟にもっともらしいことを言う。
「そうか、そりゃ難儀だな。まだ小さい子もいるみたいだし……」
髭面の男がアストリアとスタシアナに目を向ける。いかつい見た目と違って案外気のいい男のようだった。
「そうなのよ。妹たちもまだ小さくてね。それはそうと、随分と人が多いみたいだけど」
「おう、知らないのか? エミリー王国が傭兵を募っていてな。腕に覚えがある冒険者たちが集まって来ているのさ。ま、俺たちもその内の一人だがな」
「傭兵って、戦争でも始まるの?」
「姉ちゃん、本当に何も知らないんだな。何でも天使様が降臨して、魔族を討伐するって話だぜ」
「……魔族を」
「ああ、それで王国の兵士やダナ教騎士団だけでは兵士の数が足らないらしい。それで、金で傭兵も集めているんだとよ」
「ふうん……」
マルネロの呟きと共にマルネロの周囲の大気が震える。魔族討伐という言葉に怒りを覚えたのだろう。マルネロの体内で瞬時に練られた魔力が周囲の大気に影響を及ぼしていた。
「流石に子供やそのおかしな仮面は連れて行けないだろうが、兄ちゃんたちも参加したらどうだ。見たところ兄ちゃんたちは魔族の血を引いているようだが、傭兵だったらそんなことは気にしやしねえって話だ。結構な給金を貰えるらしいぜ。何、所詮は傭兵だからな。自分が死なないように適当にやっていればいいんだからよ」
髭面の男はそう言って豪快に笑う。その顔にマルネロが燃えるような赤い瞳を向けるのだった。
エミリー王国の若き国王ライトル三世は玉座の上で不機嫌極まりなかった。当たり散らしたい所であったが、流石にそれを自重するぐらいの分別は持っていた。せいぜい腹いせに、目の前にいる宰相に不機嫌な顔をして見せるぐらいである。
八つ当たりをされている宰相もそれは承知の上で、淡々と国王に事実を述べていく。
「王国騎士団の城下への集結は完了しております。ダナ教騎士団も総本山に集結しつつあるようです。後は義勇兵、正確に言えば傭兵なのですが、こちらも集まりつつあり、近いうちにに出兵の準備は整うかと」
「出兵の準備はいいが、どこを通って魔族へ攻め込むつもりだ。隣のアケドニ王国に通過の許可でも頼むつもりか」
ライトル三世は忌々しげに吐き捨てる。それも当然で、隣国アケドニ王国とは長いこと領土問題で争っている。魔族を討伐するので兵を通してくれと言ったところで承知するとは思えない。アケドニ王国としては、呑気に自国へ他国の兵を引き入れて、そのまま王都まで攻め上られたらたまったものではないのだから。
しかし、ダナ教にはこの理屈が通用しない。魔族を征伐する聖戦なのである。それに反する者などは魔族に与する者として、国ごと滅ぼしてしまえと言い出すに決まっていた。
しかし、アケドニ王国と事を構えたところでエミリー王国が無傷で済むはずもなく、さらにそこから魔族への征討を行うなど最早、狂気の沙汰と言って良かった。
「狂人どもが……」
再びライトル三世は忌々しげに呟く。このままだと国ごと滅びかねない。政治にある意味で長いこと宗教を利用してきたつけが回ってきたのだとの苦々しい思いがあった。
しかも、よりによって頼んでもいない天使が降臨し、聖戦を命じる事態が起こるとは。いっそのこと魔人や魔族のせいにして、降臨した天使を誅殺するかとも思ったライトル三世だった。しかし、それではダナ教徒の復讐心に火をつけ、その狂気を煽るだけでしかないと思い止まったのだった。
まさに八方塞がりだった。このまま魔族討伐へと向かえば間違いなく隣国アケドニ王国と戦端を開くこととなる。そうなれば、破滅までは一直線だった。
「宰相、降臨された天使様と会う手筈を整えろ」
「はい?」
「何を間抜け面しているのだ。聖戦を止めるよう天使様を説得する。説得できなければ、この国も私も終わりだ。急げ、早くしろ!」
最後は怒号となり、宰相は蹴飛ばされたようにライトル三世の前から駆け出して行ったのだった。
組合内にいた人たちが、ちらちらと奇妙な仮面をつけているトルネオを見ている。
……ごくごく当たり前の反応だ。まるで見てくれと言わんばかりだとクアトロは思う。本当に頭が痛くなってきた。
好意的に捉えるのであれば、トルネオがあまりにも目立ち過ぎて誰もクアトロやマルネロの赤い瞳に注意を向けないことであろうか。
そんなクアトロの思いも知らずに、トルネオは先程から首を左右に振り続けている。それも微妙な感じで。
……このまま燃やしてしまおうか。
芽生えてくる殺意に似たものを辛うじて飲み込みながら、クアトロはアストリアの横に座るダースに目で合図を送った。ダースもクアトロの意思を読み取って軽く頷く。
明らかに魔族の血を引くと分かる者が二人、子供が二人、奇妙な仮面をつけた気が触れている者が一人といった一行の中では、一番まともに見えるのがダースぐらいであろう。
ダースは背後の卓に座っている男だけの三人組に声をかけた。
「凄い人ですね。何かあったんですか?」
「お、おう」
珍妙な一団の一人に急に声をかけられて、背後の三人組は明らかに戸惑った様子を見せた。
それはそうだろうとクアトロも思う。奇妙な仮面をつけて奇妙な動きをしている者がいる一行なんて、誰も積極的に関わり合いになりたくはない。
「凄いのを連れているな、兄ちゃん」
三人組の統率役なのだろう。三人の中で一番年上に見える四十歳ぐらいにみえる髭面の男が言う。
「ちょっと顔を魔獣の酸でやられちゃってね。そのショックからか、時々おかしくなるのよ」
マルネロがダースの横から咄嗟にもっともらしいことを言う。
「そうか、そりゃ難儀だな。まだ小さい子もいるみたいだし……」
髭面の男がアストリアとスタシアナに目を向ける。いかつい見た目と違って案外気のいい男のようだった。
「そうなのよ。妹たちもまだ小さくてね。それはそうと、随分と人が多いみたいだけど」
「おう、知らないのか? エミリー王国が傭兵を募っていてな。腕に覚えがある冒険者たちが集まって来ているのさ。ま、俺たちもその内の一人だがな」
「傭兵って、戦争でも始まるの?」
「姉ちゃん、本当に何も知らないんだな。何でも天使様が降臨して、魔族を討伐するって話だぜ」
「……魔族を」
「ああ、それで王国の兵士やダナ教騎士団だけでは兵士の数が足らないらしい。それで、金で傭兵も集めているんだとよ」
「ふうん……」
マルネロの呟きと共にマルネロの周囲の大気が震える。魔族討伐という言葉に怒りを覚えたのだろう。マルネロの体内で瞬時に練られた魔力が周囲の大気に影響を及ぼしていた。
「流石に子供やそのおかしな仮面は連れて行けないだろうが、兄ちゃんたちも参加したらどうだ。見たところ兄ちゃんたちは魔族の血を引いているようだが、傭兵だったらそんなことは気にしやしねえって話だ。結構な給金を貰えるらしいぜ。何、所詮は傭兵だからな。自分が死なないように適当にやっていればいいんだからよ」
髭面の男はそう言って豪快に笑う。その顔にマルネロが燃えるような赤い瞳を向けるのだった。
エミリー王国の若き国王ライトル三世は玉座の上で不機嫌極まりなかった。当たり散らしたい所であったが、流石にそれを自重するぐらいの分別は持っていた。せいぜい腹いせに、目の前にいる宰相に不機嫌な顔をして見せるぐらいである。
八つ当たりをされている宰相もそれは承知の上で、淡々と国王に事実を述べていく。
「王国騎士団の城下への集結は完了しております。ダナ教騎士団も総本山に集結しつつあるようです。後は義勇兵、正確に言えば傭兵なのですが、こちらも集まりつつあり、近いうちにに出兵の準備は整うかと」
「出兵の準備はいいが、どこを通って魔族へ攻め込むつもりだ。隣のアケドニ王国に通過の許可でも頼むつもりか」
ライトル三世は忌々しげに吐き捨てる。それも当然で、隣国アケドニ王国とは長いこと領土問題で争っている。魔族を討伐するので兵を通してくれと言ったところで承知するとは思えない。アケドニ王国としては、呑気に自国へ他国の兵を引き入れて、そのまま王都まで攻め上られたらたまったものではないのだから。
しかし、ダナ教にはこの理屈が通用しない。魔族を征伐する聖戦なのである。それに反する者などは魔族に与する者として、国ごと滅ぼしてしまえと言い出すに決まっていた。
しかし、アケドニ王国と事を構えたところでエミリー王国が無傷で済むはずもなく、さらにそこから魔族への征討を行うなど最早、狂気の沙汰と言って良かった。
「狂人どもが……」
再びライトル三世は忌々しげに呟く。このままだと国ごと滅びかねない。政治にある意味で長いこと宗教を利用してきたつけが回ってきたのだとの苦々しい思いがあった。
しかも、よりによって頼んでもいない天使が降臨し、聖戦を命じる事態が起こるとは。いっそのこと魔人や魔族のせいにして、降臨した天使を誅殺するかとも思ったライトル三世だった。しかし、それではダナ教徒の復讐心に火をつけ、その狂気を煽るだけでしかないと思い止まったのだった。
まさに八方塞がりだった。このまま魔族討伐へと向かえば間違いなく隣国アケドニ王国と戦端を開くこととなる。そうなれば、破滅までは一直線だった。
「宰相、降臨された天使様と会う手筈を整えろ」
「はい?」
「何を間抜け面しているのだ。聖戦を止めるよう天使様を説得する。説得できなければ、この国も私も終わりだ。急げ、早くしろ!」
最後は怒号となり、宰相は蹴飛ばされたようにライトル三世の前から駆け出して行ったのだった。