第19話 スモールゴブリン
文字数 2,409文字
アストリアも自分に近づいてくる影に気がついたようだった。顔を強張らせながらも瞬時に立ち上がると、二歩、三歩と後退する。クアトロとダースは、アストリアに近づく影とアストリアとの間に割り込むと長剣を抜き払った。
スモールゴブリンか。
数が多いと面倒だなと思いながら、手にしている長剣を振り下ろそうとしたクアトロをアストリアが押し止めた。
「待ってください、クアトロさん!」
その声と同時にクアトロは長剣を振り下ろす手を止める。
「この子たち、何か言っています!」
叫ぶように言うアストリアにクアトロは一瞬だけ目を向けて、すぐさま目の前にいるスモールゴブリンに視線を戻した。
確かにスモールゴブリンが襲って来る気配はなくて、何やらうぎゃうぎゃ言いながらアストリアたちに向かって平伏しているように見えなくもなかった。
クアトロは再び背後にいるアストリアへ赤い瞳を向けた。アストリアは真剣な顔つきで、深緑色の瞳をスモールゴブリンに向けている。
稀に魔獣の言葉を解する者がいて、その者であれば魔獣の使役も可能だとの話を聞いたことがあった。アストリアにもその素養がもしかするとあるのかもしれない。
「アストリア様、彼らが何を言っているのか分かるのですか?」
アストリアを庇うようにして立っていたダースが尋ねた。
「そうですね。何となくにはなってしまうのですが……」
「彼らは一体何を?」
「何か一生懸命訴えて、お願いしているようで……」
アストリアはそう言うと、より真剣な表情を浮かべてスモールゴブリンを見つめた。今、正面には三体のスモールゴブリンいて、それぞれがうぎゃうぎゃと言っている。クアトロにはどんなに耳を澄ましても、うぎゃうぎゃとしか聞こえない。
「……助けてほしいと言ってます」
「助ける?」
クアトロが言葉を繰り返すとアストリアが大きく頷いた。
「はい。何でも彼らの縄張りに大きなドラゴンが住み着いてしまったようです」
「そのようなことまで彼らが言っていることが、お分かりになるのですか」
ダースが驚いた表情で言うと、アストリアが小さく頷いた。
「ええ。正確には分かりませんが、そのようなことを言っているのは間違いないと思います」
アストリアはそう言うと、再びスモールゴブリンに視線を向けた。
「そうですね。大きなドラゴンに仲間が虐められているから、助けてほしいとも言っていますね」
いやいや、魔獣に助けてほしいと言われてもと思い、クアトロはダースに視線を向けた。ダースも同じ思いだったようで、複雑そうな表情でクアトロに黒い瞳を向ける。
「分かりました。ここのお二人はとても強い戦士なのです。聞いてみますね」
アストリアはスモールゴブリンたちにそう言った。魔獣が人語を解するなどとは聞いたことがない。よってスモールゴブリンたちにそんなことを言ったところでと思ったクアトロだったが、うぎゃうぎゃと騒いでいたスモールゴブリンたちが急に大人しくなった。
……何か、通じているらしい。
「クアトロさん、ダース卿、どうにかしてあげられないものでしょうか?」
アストリアが柳眉を悲しげに寄せる。その顔は反則だなと思いつつ、クアトロは口を開いた。
「いや、どうにかと言われても……どんなドラゴンがいるのかもわからないし……なあ、ダース……」
「分かりました。お任せ下さい」
「本当ですか、ダース卿」
あ、こいつまた裏切りやがったと心の中でクアトロは呟く。
ダースの言葉を聞いたアストリアの顔が途端に明るくなる。
それを見ながら、ダースの奴が点数稼ぎをしやがったと心の狭いことを思うクアトロだった。
「皆さん、安心して下さい。ここのお二人が何とかして下さるとのことです」
どうやら本当に意思の疎通ができているようだった。アストリアの言葉を聞くと、スモールゴブリンたちが両手を挙げて、ぴょんぴょんと飛び跳ね始めた。どう見てもスモールゴブリンたちは喜んでいる感じだ。
そして、まさかの魔獣に依頼されたドラゴン退治が始まったのであった。
三体のスモールゴブリンが、うぎゃうぎゃ言いながらクアトロたちを先導していた。アストリアが言うには、彼らがドラゴンの居場所まで案内してくれるらしい。
魔獣と魔族と人族の一行。何とも奇妙な集団だった。魔獣が常時無秩序に魔族や人族を襲うわけではないのだが、魔族や人族と行動を共にすることもない。
やはり、アストリアには魔獣を使役する能力があるのかもしれない。クアトロがそこまで考えた時だった。一行は切り立った崖の上に到着した。先導していたスモールゴブリンたちは小声になりながら、うぎゃうぎゃと崖の下を指差している。
「この下にいると言っているのでしょうか」
ダースがそんなスモールゴブリンたちの様子を見て言う。
「ええ、そうでしょうね」
「アストリア様、まずは私が……」
怖々と覗き込もうとしていたアストリアを押し止めると、代ってダースが崖下を覗き込んだ。崖下を覗き込んで振り返ったダースの顔が強張っている。
「どうした。そんなにでかいのがいたのか?」
「いや、それもあるが……あれは古代種のドラゴンだ」
「古代種? もう地上には十体も生存していないという話だぞ。何でこんな所に……」
クアトロはそう言って自らも崖下を覗き込む。ダースの言葉通り、崖の下では黒褐色のドラゴンがその巨体を横たえていた。どうやら眠っているようだったが、その額には三本の角があり、下半身から生える二本の太い尻尾もあった。クアトロも目にするのは初めてだったが、その姿は間違いなく噂に聞く古代種のドラゴンだった。
古代種のドラゴンとは魔族や人族が魔人、天使の眷属として地上に生み出される前から地上に生存し、君臨していたドラゴンたちのことである。その力は通常のドラゴンとは比較にならないらしい。そして、魔族や人族を極端に嫌っており、通常は魔族や人族の居住域に姿を見せることはなかった。
スモールゴブリンか。
数が多いと面倒だなと思いながら、手にしている長剣を振り下ろそうとしたクアトロをアストリアが押し止めた。
「待ってください、クアトロさん!」
その声と同時にクアトロは長剣を振り下ろす手を止める。
「この子たち、何か言っています!」
叫ぶように言うアストリアにクアトロは一瞬だけ目を向けて、すぐさま目の前にいるスモールゴブリンに視線を戻した。
確かにスモールゴブリンが襲って来る気配はなくて、何やらうぎゃうぎゃ言いながらアストリアたちに向かって平伏しているように見えなくもなかった。
クアトロは再び背後にいるアストリアへ赤い瞳を向けた。アストリアは真剣な顔つきで、深緑色の瞳をスモールゴブリンに向けている。
稀に魔獣の言葉を解する者がいて、その者であれば魔獣の使役も可能だとの話を聞いたことがあった。アストリアにもその素養がもしかするとあるのかもしれない。
「アストリア様、彼らが何を言っているのか分かるのですか?」
アストリアを庇うようにして立っていたダースが尋ねた。
「そうですね。何となくにはなってしまうのですが……」
「彼らは一体何を?」
「何か一生懸命訴えて、お願いしているようで……」
アストリアはそう言うと、より真剣な表情を浮かべてスモールゴブリンを見つめた。今、正面には三体のスモールゴブリンいて、それぞれがうぎゃうぎゃと言っている。クアトロにはどんなに耳を澄ましても、うぎゃうぎゃとしか聞こえない。
「……助けてほしいと言ってます」
「助ける?」
クアトロが言葉を繰り返すとアストリアが大きく頷いた。
「はい。何でも彼らの縄張りに大きなドラゴンが住み着いてしまったようです」
「そのようなことまで彼らが言っていることが、お分かりになるのですか」
ダースが驚いた表情で言うと、アストリアが小さく頷いた。
「ええ。正確には分かりませんが、そのようなことを言っているのは間違いないと思います」
アストリアはそう言うと、再びスモールゴブリンに視線を向けた。
「そうですね。大きなドラゴンに仲間が虐められているから、助けてほしいとも言っていますね」
いやいや、魔獣に助けてほしいと言われてもと思い、クアトロはダースに視線を向けた。ダースも同じ思いだったようで、複雑そうな表情でクアトロに黒い瞳を向ける。
「分かりました。ここのお二人はとても強い戦士なのです。聞いてみますね」
アストリアはスモールゴブリンたちにそう言った。魔獣が人語を解するなどとは聞いたことがない。よってスモールゴブリンたちにそんなことを言ったところでと思ったクアトロだったが、うぎゃうぎゃと騒いでいたスモールゴブリンたちが急に大人しくなった。
……何か、通じているらしい。
「クアトロさん、ダース卿、どうにかしてあげられないものでしょうか?」
アストリアが柳眉を悲しげに寄せる。その顔は反則だなと思いつつ、クアトロは口を開いた。
「いや、どうにかと言われても……どんなドラゴンがいるのかもわからないし……なあ、ダース……」
「分かりました。お任せ下さい」
「本当ですか、ダース卿」
あ、こいつまた裏切りやがったと心の中でクアトロは呟く。
ダースの言葉を聞いたアストリアの顔が途端に明るくなる。
それを見ながら、ダースの奴が点数稼ぎをしやがったと心の狭いことを思うクアトロだった。
「皆さん、安心して下さい。ここのお二人が何とかして下さるとのことです」
どうやら本当に意思の疎通ができているようだった。アストリアの言葉を聞くと、スモールゴブリンたちが両手を挙げて、ぴょんぴょんと飛び跳ね始めた。どう見てもスモールゴブリンたちは喜んでいる感じだ。
そして、まさかの魔獣に依頼されたドラゴン退治が始まったのであった。
三体のスモールゴブリンが、うぎゃうぎゃ言いながらクアトロたちを先導していた。アストリアが言うには、彼らがドラゴンの居場所まで案内してくれるらしい。
魔獣と魔族と人族の一行。何とも奇妙な集団だった。魔獣が常時無秩序に魔族や人族を襲うわけではないのだが、魔族や人族と行動を共にすることもない。
やはり、アストリアには魔獣を使役する能力があるのかもしれない。クアトロがそこまで考えた時だった。一行は切り立った崖の上に到着した。先導していたスモールゴブリンたちは小声になりながら、うぎゃうぎゃと崖の下を指差している。
「この下にいると言っているのでしょうか」
ダースがそんなスモールゴブリンたちの様子を見て言う。
「ええ、そうでしょうね」
「アストリア様、まずは私が……」
怖々と覗き込もうとしていたアストリアを押し止めると、代ってダースが崖下を覗き込んだ。崖下を覗き込んで振り返ったダースの顔が強張っている。
「どうした。そんなにでかいのがいたのか?」
「いや、それもあるが……あれは古代種のドラゴンだ」
「古代種? もう地上には十体も生存していないという話だぞ。何でこんな所に……」
クアトロはそう言って自らも崖下を覗き込む。ダースの言葉通り、崖の下では黒褐色のドラゴンがその巨体を横たえていた。どうやら眠っているようだったが、その額には三本の角があり、下半身から生える二本の太い尻尾もあった。クアトロも目にするのは初めてだったが、その姿は間違いなく噂に聞く古代種のドラゴンだった。
古代種のドラゴンとは魔族や人族が魔人、天使の眷属として地上に生み出される前から地上に生存し、君臨していたドラゴンたちのことである。その力は通常のドラゴンとは比較にならないらしい。そして、魔族や人族を極端に嫌っており、通常は魔族や人族の居住域に姿を見せることはなかった。