第5話 依頼

文字数 3,531文字

 都市サイザックから東にある森を抜けた小高い丘に、黄帯病に効果がある薬草が自生している。しかし、東にあるこの森が魔獣の棲家となっていて、この森を通ること自体が危険な行為だといってよかった。

 そして、そのような危険な森を半日で難なく踏破したクアトロたち三人は目的地の小高い丘に辿り着いていた。

「大した魔獣も出なかったし、問題なかったわね」

 マルネロが鼻歌混じりで言う。

「遭遇した魔獣の相手はほぼ俺に押しつけていたけどな」

 クアトロが不満を口にする。

「まあ、それはあれよ。臣下の為には王様が頑張るのが当たり前だしね。それに、何よりも王様としては臣下のために頑張ることこそが崇高な行為じゃないの」
「都合のいい時だけ王様扱いだな。まあ実際、大した手間ではなかったがな。それよりこの辺りだろう? 薬草を探してみてくれ」
「ん! ぼく、頑張ります!」

 スタシアナが、とてとてと走り出す。両手には神聖魔法をより高めるため、自分の背丈よりも高い杖を持っている。
 マルネロも流石に文句を言うことはなく、スタシアナと同じように周囲を探し始める。

「この辺りにも魔獣がいるだろうからな。気をつけてな」

 一応、注意めいた言葉をクアトロは口にしたが、四将と称される二人だ。この辺りの魔獣ごときに遅れを取るようなことは考えられないのだが。

 マルネロとスタシアナが周囲に散って、自分も薬草探しを始めようかとクアトロが思った時だった。

「ふえー」

 スタシアナの悲鳴が聞こえて来る。クアトロは腰の剣に片手を置き、悲鳴が上がった方へとその赤い瞳を向けた。

 視線の先では五体のスモールゴブリンがスタシアナを追いかけている。
 一般的にスモールゴブリンは五歳児程度の大きさで、知能や力も同じく五歳児程度である。力は大したことがないのだが、棍棒などの武器を扱える。集団で襲って来たりもするので、数が多いと少しだけ厄介な魔獣だった。

「ふえー」

 そんなスモールゴブリンにスタシアナは追いかけられて涙目になりながら、とてとてと走っていた。

 ……あ! 
 クアトロが思った時にはスタシアナが躓いて転んでしまう。
 
 見事な転び方で着ている白い服の裾がめくれ上がる。結果、桃色の下着が丸出しとなる。
 それを見て五体のスモールゴブリンは足を止めて一斉に笑い始めた。中には尻を突き出し、その尻を自分で叩いている者もいる。 

 うん。完全に馬鹿にされてるね。スタシアナさん。
 でも可愛い桃色の下着が見えているのでこれはこれでいいのかも。

 クアトロがそんなことを思って見ているとスタシアナが、すくっと立ち上がった。涙を手の甲で拭って乱れた服を直し、ついた泥をぱんぱんと叩く。

 スタシアナは笑ってはしゃぐスモールゴブリンに怒りを覚えたのだろう。手に持っていた杖で、一番手前にいたスモールゴブリンの頭をえいっとばかりに、ぽてっと叩く。

 いやいやスタシアナさん、その杖はそういう使い方をする物ではないかと……。
 
 叩かれたスモールゴブリンが頭を押さえてしゃがみ込む。それなりに痛かったようだ。それを見て、周りのスモールゴブリンが更に笑い出す。杖で叩かれた仲間の様子が面白かったらしい。中には地面を転がって笑っている者もいる。

 仲間に笑われて怒ったのか、叩かれたスモールゴブリンは牙を剥いてスタシアナが持つ杖を引っ張り始めた。当然、スタシアナも杖を奪われまいとして涙目で引っ張り返す。杖の端と端とを持った奇妙な綱引きが始まった。

 スタシアナは涙目になって必死の形相なのだが、所詮は杖の引っ張り合いだ。ある意味、何の緊張感もないようなほのぼのとした光景だった。

 それを見ている他のスモールゴブリンが更に笑い転げる。
 そして、力比べは残念ながらスモールゴブリンが勝ったようだった。

 五歳児程度の力に負けるのか……。
 クアトロは心の中で呟く。

 スモールゴブリンが杖をスタシアナから奪うと、杖を両手で抱えてぴょんぴょん跳ね始めた。まるで勝利の踊りだ。

 下着を見られ、笑われ、杖を奪われ、最後は勝利の踊りを見せつけられたスタシアナさん。怒り心頭のようだった。全身がぷるぷると震えている。そんなスタシアナの様子を見て、スモールゴブリンたちは更に笑い転げる。

 怒りに震えながらスタシアナは両手を前に突き出すと、呪文を唱え始めた。スタシアナの周囲が金色に輝き始める。それを見てもスモールゴブリンたちはまだ、うきゃきゃと笑い転げている。

 スタシアナの金色の長い髪の毛が宙を舞うように踊り始める。
 スタシアナさん、その呪文は……。
 
「……消滅」

 その言葉と共にスタシアナの両手から金色の光が放たれる。瞬く間にその光は五体のスモールゴブリンを包み込んだ。

 スモールゴブリンを包み込んだ光が霧散した後、彼らの姿はそこになかった。
 スモールゴブリンがいた所には僅かな湯気が立ち昇っている。神聖魔法においては上位魔法となる消滅の魔法だった。

 因みに神聖魔法の上位魔法は魔族や人族では使えない。その上位の存在である天使などでないと使用できない魔法だった。先ほどの魔力量だと、巨大な邪竜ですらも一撃で消滅が可能だったかもしれない。

 そんな大魔法をスモールゴブリンごときに……。
更に魔法の範囲内にあった草木なども見事に消滅していた。もしかすると、そこには目当ての薬草があったかもしれないのだ。

 当然スモールゴブリンが持っていた杖も消滅してしまっている。確かあの杖はかなり価値がある魔道具だったはずである。

「……スタシアナ、大丈夫か?」

 言いたいことは沢山あったが、それらを飲み込んで、クアトロはスタシアナに声をかける。
 スタシアナは肩で息をしながら無言で頷いた。それはそうだろうとクアトロは思う。あんな魔法を使えば、急激な魔力の消費で息も切れる。

 やれやれとクアトロが思った時、背後から今度はマルネロの悲鳴が聞こえてきた。

「いやー! 何なのよ、このスモールゴブリンは? ちょっとやめなさいよ。引っ張らないでったら!」

 見ると一体のスモールゴブリンがマルネロの首下あたりで服を掴んでぶら下がっている。

「ちょっと、破れるから止めなさいって。この服、とても貴重なのよ!」

 止めろと言って、魔獣が止めるはずもない。ローブにぶら下がっている仲間の様子が面白いのか、他のスモールゴブリンがぶら下がっている仲間の足を引っ張り始めた。さらに、それを引っ張る仲間の腰を持って他のスモールゴブリンが引っ張る。

 ……大きなかぶだ。
 クアトロは思う。

 既に四体のスモールゴブリンが、前にいる仲間の腰を掴んで引っ張っている。それになぜか皆が楽しそうだ。

 やがて、布が裂ける音とマルネロの悲鳴が重なる。胸元が見事に破け、白の下着に覆われた見事なたわわな胸の大半が露わになる。爆乳魔導師の異名を持つ、たわわな胸だ。

「あんたたち、ぶち殺す!」

 血相を変えて物騒な言葉を口にしたマルネロが、燃えるような赤い瞳をさらに輝かせて呪文を唱え始める。

「マルネロ、止めろ!」 

 止めろと言って、ぶち切れたマルネロが止めるはずもなくて、クアトロは更に叫んだ。
 
「スタシアナ、伏せろ!」
「爆炎!」

 衝撃、爆音、そして熱風と煙がクアトロを襲う。煙が少しだけ収まった後も、ぱらぱらと上空から小石が降り続いている。
 やがて視界が完全に戻った時、マルネロは仁王立ち状態になって肩で息をしていた。マルネロより先の地面は大きく抉れて焼け焦げている。

「マルネロ、どんな魔法をぶっ放してるんだ。薬草どころか草木も丘までが全部、ぶっ飛んで燃えちまったぞ!」
「わ、悪さをしたあいつらが悪いんだからね!」

 悪びれるどころか、マルネロは開き直って見せる。

「スタシアナもだぞ。ドラゴンゾンビでも浄化するつもりだったのか!」
「だってあのモンスターがぼくの下着を見たんですよー……」

 いや、あれはスタシアナが勝手に転んで見せたのではとクアトロは思う。

「クアトロも見たんですかー……ぼくの下着?」

 スタシアナは上目使いで、クアトロを見る。

「い、いや……」

 スタシアナにそう言われて、クアトロは視線を逸らす。確かにあの光景をクアトロは脳裏に焼きつけていた。後で何をするわけでもないが、脳裏には焼きつけた。いつでも脳裏に浮かべられる自信がある。

「 ……えっち」

 スタシアナが青い瞳を逸らして、顔を赤くする。
 えっちと言われて、クアトロも顔を赤くする。少し胸がどきどきしていることを自覚する。

「はあ? 何をこんな所で、青春らぶこめを全開で始めているのよ! しかも、ろりこん版羞恥ぷれい。馬っ鹿じゃない!」

 赤い髪を振り乱しながらマルネロはそんな二人を見て絶叫する。
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