第65話 転んだの?
文字数 2,187文字
炎系魔法、水系魔法。グリフォードが得意とするそれら全てが白髪の魔人に防がれてしまう。やはり感じていた通り実力の差は明らかであった。
その間にも数人の魔族がバスガルやグリフォードを助けようと白髪の魔人に向かって飛びかかって行ったのだったが、瞬時に斬り刻まれる結果となっていた。
自分が敵う相手ではないと思っていたがここまで実力差があるとは……。
このままでは父親を連れて逃げ出す機会もない。グリフォードの中で焦燥感が募る一方だった。
「小僧が。わしを舐めるなよ!」
その時、右手首を斬り落とされて片膝を地につけていた父親のバスガルが何の予兆もなく不意に動いた。さらにその巨体に似合わない速さで魔人の背後に立つと、バスガルは丸太のような片腕を魔人の首に巻きつける。
ほんの一瞬であった。バスガルの太い腕に巻きつかれた首は瞬時に折れ曲がったのだった。
……何とも原始的な。
グリフォードはそれを唖然として見ていた。流石と言えば流石なのだが、剣でも魔法でもなくて全くもって予想外のもの。しかも、限りなく野蛮な攻撃だった。
そのような野蛮な攻撃で、一瞬にして息絶えた魔人に少しだけ同情したくもなってくる。
「父上、怪我の方は? すぐに手当を」
グリフォードの言葉を受けてバスガルはなくなった右腕の先に一瞬だけ目を向けた。しかし、すぐに何でもないと言いたげに腕を上下に振った。その度に鮮血が周囲に飛び散る。
「何でもない。かすり傷だ」
腕の先が斬り落とされて今も鮮血が滴り落ちているというのに、かすり傷もないだろうにとグリフォードは思う。しかし、怒られそうなのでそれを口にしないことにする。
治癒魔法で応急処置を終えたバスガルは、即座に周囲の将兵に撤退を命じる一方でグリフォードに向かって口を開いた。
「のう、グリフォード……」
「はい、父上?」
「この右手、クアトロのところにいたちび助でも治せんかのう」
……ちび助。
四将の堕天使スタシアナのことを言っているのだろうとグリフォードは思う。いくら元天使とはいっても手は生やせないのでは。
蜥蜴ではないのだから……。
父親が珍しく意気消沈しているようだったので、グリフォードはそれも言わないことにした。
「どうでしょうか。今度、訊いてみることにしましょう……」
グリフォードはそう言葉を返したのだった。
本陣近くで魔族の撤退を指揮していたマルネロの前に、揺らぐ空間が同時にいくつも出現した。
その数、数百といったところだろうか。おそらく戦場全体でほぼ同時にこの現象が起きているであろうことは容易に想像ができた。
程なくしてこの揺らぐ空間から魔人が姿を現すのだろう。
厄介ねとマルネロは思う。残された時間はあまりないはずだった。面倒なので特大魔法で全てを焼き払ってしまおうかとも思ったが、それでは撤退中の魔族を間違いなく巻き込んでしまうことになるだろう。
そうこう逡巡している間に、揺らぐ空間から魔人が姿を現し始めた。その数、三百、いや五百か。
あらまあ、仲良くぞろぞろと……。
虫じゃあるまいし……。
そんなことを心の中で呟いたが、それを言っている場合ではないことも分かっている。
「駄目ですよ、マルネロさん。マルネロさんの魔法は制御が大雑把ですからね」
そう言いながらヴァンエディオが現れた。特大魔法を放つことを考えていたことをまるで知っているような物言いだった。
「ヴァンエディオ、クアトロたちは?」
「大丈夫です。アストリア様、ダースさんと共に撤退頂きました。四将が傍にいないのが気になりますが。まあ、クアトロ様であれば大丈夫でしょう」
ヴァンエディオの言葉にマルネロは軽く頷いた。
「ではこの魔人たちを……」
ヴァンエディオがそう言っている間に、数十人の魔人がヴァンエディオとマルネロを目掛けて襲いかかってくる。その背後では魔法の詠唱も始まっているようだった。
気が早いというか、気が短いというのか……どれだけ魔人って短絡的なのよとマルネロは思う。
我が眷族ながら恥ずかしくなる。
自分のことを棚に上げているそんなマルネロの思いを知ってか、ヴァンエディオが笑みを口元に浮かべる。
ヴァンエディオによって瞬く間に作りだされた渦を巻いている灰色の球体が、襲いかかる魔人たちに向かって飛んでいく。
灰色の球体はどれも狙いを違うことはなく、襲いかかってきた魔人や後方で魔法を詠唱する魔人たちの頭部をそれぞれに包み込んだ。
やがて灰色の球体が宙で霧散すると既に魔人の頭部は失われており、そこから勢いよく鮮血が吹き出す。
相変わらず何とも無慈悲な攻撃だとマルネロは思う。全くもって敵にはしたくない感じだ。
「……容赦がねえな」
そんな言葉と共に大剣を肩に担いだエネギオスが姿を現した。エネギオスが珍しく額と肩口から出血している。
「珍しいわね。エネギオスが怪我をしてるなんて。どうしたの。転んだの?」
マルネロの問いかけにエネギオスがそっぽを向く。
「転ぶか! 少し油断をしただけだ。それよりクアトロとろりろり姫は?」
「大丈夫ですよ。先に撤退頂いています。さあ我々も行きましょうか。魔人も天使も全てを殺して差し上げたいところですが、これだけの数ですときりがないですからね。仕返しは後日ということで……」
そんなヴァンエディオの言葉と共に皆、撤退を開始するのだった。
その間にも数人の魔族がバスガルやグリフォードを助けようと白髪の魔人に向かって飛びかかって行ったのだったが、瞬時に斬り刻まれる結果となっていた。
自分が敵う相手ではないと思っていたがここまで実力差があるとは……。
このままでは父親を連れて逃げ出す機会もない。グリフォードの中で焦燥感が募る一方だった。
「小僧が。わしを舐めるなよ!」
その時、右手首を斬り落とされて片膝を地につけていた父親のバスガルが何の予兆もなく不意に動いた。さらにその巨体に似合わない速さで魔人の背後に立つと、バスガルは丸太のような片腕を魔人の首に巻きつける。
ほんの一瞬であった。バスガルの太い腕に巻きつかれた首は瞬時に折れ曲がったのだった。
……何とも原始的な。
グリフォードはそれを唖然として見ていた。流石と言えば流石なのだが、剣でも魔法でもなくて全くもって予想外のもの。しかも、限りなく野蛮な攻撃だった。
そのような野蛮な攻撃で、一瞬にして息絶えた魔人に少しだけ同情したくもなってくる。
「父上、怪我の方は? すぐに手当を」
グリフォードの言葉を受けてバスガルはなくなった右腕の先に一瞬だけ目を向けた。しかし、すぐに何でもないと言いたげに腕を上下に振った。その度に鮮血が周囲に飛び散る。
「何でもない。かすり傷だ」
腕の先が斬り落とされて今も鮮血が滴り落ちているというのに、かすり傷もないだろうにとグリフォードは思う。しかし、怒られそうなのでそれを口にしないことにする。
治癒魔法で応急処置を終えたバスガルは、即座に周囲の将兵に撤退を命じる一方でグリフォードに向かって口を開いた。
「のう、グリフォード……」
「はい、父上?」
「この右手、クアトロのところにいたちび助でも治せんかのう」
……ちび助。
四将の堕天使スタシアナのことを言っているのだろうとグリフォードは思う。いくら元天使とはいっても手は生やせないのでは。
蜥蜴ではないのだから……。
父親が珍しく意気消沈しているようだったので、グリフォードはそれも言わないことにした。
「どうでしょうか。今度、訊いてみることにしましょう……」
グリフォードはそう言葉を返したのだった。
本陣近くで魔族の撤退を指揮していたマルネロの前に、揺らぐ空間が同時にいくつも出現した。
その数、数百といったところだろうか。おそらく戦場全体でほぼ同時にこの現象が起きているであろうことは容易に想像ができた。
程なくしてこの揺らぐ空間から魔人が姿を現すのだろう。
厄介ねとマルネロは思う。残された時間はあまりないはずだった。面倒なので特大魔法で全てを焼き払ってしまおうかとも思ったが、それでは撤退中の魔族を間違いなく巻き込んでしまうことになるだろう。
そうこう逡巡している間に、揺らぐ空間から魔人が姿を現し始めた。その数、三百、いや五百か。
あらまあ、仲良くぞろぞろと……。
虫じゃあるまいし……。
そんなことを心の中で呟いたが、それを言っている場合ではないことも分かっている。
「駄目ですよ、マルネロさん。マルネロさんの魔法は制御が大雑把ですからね」
そう言いながらヴァンエディオが現れた。特大魔法を放つことを考えていたことをまるで知っているような物言いだった。
「ヴァンエディオ、クアトロたちは?」
「大丈夫です。アストリア様、ダースさんと共に撤退頂きました。四将が傍にいないのが気になりますが。まあ、クアトロ様であれば大丈夫でしょう」
ヴァンエディオの言葉にマルネロは軽く頷いた。
「ではこの魔人たちを……」
ヴァンエディオがそう言っている間に、数十人の魔人がヴァンエディオとマルネロを目掛けて襲いかかってくる。その背後では魔法の詠唱も始まっているようだった。
気が早いというか、気が短いというのか……どれだけ魔人って短絡的なのよとマルネロは思う。
我が眷族ながら恥ずかしくなる。
自分のことを棚に上げているそんなマルネロの思いを知ってか、ヴァンエディオが笑みを口元に浮かべる。
ヴァンエディオによって瞬く間に作りだされた渦を巻いている灰色の球体が、襲いかかる魔人たちに向かって飛んでいく。
灰色の球体はどれも狙いを違うことはなく、襲いかかってきた魔人や後方で魔法を詠唱する魔人たちの頭部をそれぞれに包み込んだ。
やがて灰色の球体が宙で霧散すると既に魔人の頭部は失われており、そこから勢いよく鮮血が吹き出す。
相変わらず何とも無慈悲な攻撃だとマルネロは思う。全くもって敵にはしたくない感じだ。
「……容赦がねえな」
そんな言葉と共に大剣を肩に担いだエネギオスが姿を現した。エネギオスが珍しく額と肩口から出血している。
「珍しいわね。エネギオスが怪我をしてるなんて。どうしたの。転んだの?」
マルネロの問いかけにエネギオスがそっぽを向く。
「転ぶか! 少し油断をしただけだ。それよりクアトロとろりろり姫は?」
「大丈夫ですよ。先に撤退頂いています。さあ我々も行きましょうか。魔人も天使も全てを殺して差し上げたいところですが、これだけの数ですときりがないですからね。仕返しは後日ということで……」
そんなヴァンエディオの言葉と共に皆、撤退を開始するのだった。