第30話 視線の先にあるもの
文字数 3,115文字
玉座に座っていることに飽きたクアトロは宮廷の中庭にいた。もしかしたらアストリアでも……と思っていたのだが生憎と誰もいない。皆、王を差し置いて忙しいらしい。
玉座に座っている時と同様に何をするでもなく、中庭で陽の光を浴びていると天使のエリンが姿を見せた。薄い灰色の髪が陽を浴びて白色に輝いて見える。その背には白い翼が揺れていて、美少女然とした顔立ちによく似合っていた。
「魔族の王様は随分と暇そうなのね」
茶色の瞳をクアトロに向けて、エリンがなかなか痛烈なことを口にする。
「何かと優秀なヴァンエディオがいるからな。奴に任せておけば俺は特にすることもない」
実際、国の運営に関してクアトロは全くと言っていいほど役に立っていない。例えば何かがあっても玉座の上であーとかうーとか言ってる間に、万事ヴァンエディオが片付けてくれる流れになっていた。
改めてそう考えると何とも頭が悪そうなのだが、事実なのだから仕方がない。
「どうした。スタシアナと一緒じゃなかったのか?」
卓を挟んでクアトロの真正面に座ったエリンにクアトロは声をかけた。
「スタシアナ姉様は、トルネオとか言う変な骸骨とどこかへ出掛けて行きました」
……変な骸骨。まあ、確かに変な骸骨ではあるなとクアトロも思う。
元天使と不浄の者。互いに相反する組み合わせにも関わらず、スタシアナとトルネオは何かと仲がいい。かなりの頻度で行動を共にしていた。
「それにしても、スタシアナ姉様はクアトロのどこが良かったのかしら」
エリンが不躾にクアトロの顔を見ている。
しばらくすると、それでは足りないとばかりにテーブルの上に身を乗り出した。
「ちょっと届かないわ。もっと顔を近づけて」
エリンはそう言ってクアトロの両頬を小さな両手で挟むと、自分の方へと引き寄せる。
クアトロは前屈みとなってテーブルの上へ身を乗り出す格好になっていた。
眼前に、正確にはクアトロの鼻先にエリンの小さな顔がある。可愛らしいと言うよりもエリンは美しい顔立ちをしている。こんな眼前に美しい少女の顔があると流石に気恥ずかしくなってくる。
「こうして見ると顔は……まあ悪くないわよね。でも何かね、頭が悪そうなのよ……」
余計なお世話だとクアトロは思う。確かに頭がいいと褒められたことはない。
クアトロは人の顔を好き勝手に言うなと思いながら、身を捩ってエリンの両手から逃れる。
「あら意外ね。照れているのかしら」
クアトロの様子を見てエリンが大人びた微笑みを浮かべる。
「照れてなんぞいない」
クアトロはそう言って自分の足元に視線を向けた。実際は思いっきり照れていた。
照れもあって視線を逸らした先で、自分の靴紐が解けてしまっていることにクアトロは気がついた。
座ったままで身を屈めて靴紐を結び直したクアトロは、その体勢のままでふと視線を持ち上げた。当然、視線の先には椅子に座るエリンの両足がある。そしてその両足の付け根には……。
いやいや、いかんだろうとクアトロは思う。実年齢がいくつかは置いといて、見た目はまだ八歳ほどの子供なのだ。しかし、その思いに反してクアトロの視線はエリンの足の付け根にある白い物に釘つけとなっている。
様々な葛藤の中で視線を外せないままにそれを凝視していると、今度は少しずつエリンの足が開き始めた。見えている白の面積が大きくなっていく。
……わざと……か……?
いや、不味いだろう。これは流石に不味いだろう。衛兵さんに怒られる件だ。
だが、視線を逸らすことができない。おかあさーん、と何故かクアトロは叫びたくなる気分だった。
「あ、あんたたち、な、何してるの?」
……マルネロの声だった。
クアトロは慌てて上半身を起こす。クアトロの視界には唖然とした顔のマルネロと引き攣った顔をしているアストリアの顔がある。
再び、おかあさーんとクアトロは叫びたくなる。
「ク、クアトロ、何してたの? こんな所で昼間っから羞恥ぷれいなの? しかも、子供相手に!」
「ク、クアトロさん……」
アストリアも言葉が出ない様子だった。
「ま、待て。誤解だ。誤解だぞ、マルネロ。お前は誤解をしてる!」
「はあ? 何が誤解なの。覗いてたじゃない。覗いていたわよね?」
クアトロは無言で、ぶんぶんと首を左右に振った。首を振るその速度は光速を超えた気がする。
「エリン、あなたも見せていたわよね?」
マルネロが燃えるような赤い瞳をエリンに向けた。エリンはそれを受け止めると、無言で子供離れした妖艶な笑みを浮かべて見せる。
いや違うんだとクアトロは叫びたかった。
何なんだ? エリンの意味ありげな笑みは?
そこにあったのだ。たまたまあったのだ。見たとか見せたといった話ではないのだ。
「あれえ、どうしたんですかー? 皆で何か楽しそうですねー」
そんな場にスタシアナがトルネオを伴って、とてとてと近づいて来た。
「ちょっとスタシアナ、クアトロがあんたの妹分の下着を覗いていたんだけど。しかもそこの妹分、それを黙って覗かせていたわよ」
「え……」
スタシアナが沈黙する。
「い、いや違うぞ、スタシアナ。それは誤解なんだ」
そう誤解なのだ。確かに見ていたが、覗いたのではない。そこにあったから見ただけなのだ。
「何が誤解なのよ! 私とアストリアが見たんだからね」
マルネロが容赦なくクアトロを追い詰めてくる。クアトロは無言で、ぶんぶんと首を左右に振る。
「クアトロ様、いつかそうなるだろうと思っていました。クアトロ様は、とうとう超えてはいけない線を超えてしまったのですね」
トルネオが溜め息をつきながら残念そうに、そして厳かに宣言するかの如く言った。
いやいや、何を言ってるんだ、このおっさん骸骨は? 俺はどこも超えていやしないとクアトロは心の中で叫ぶ。
「クアトロ様、大丈夫です。皆、クアトロ様がろりこんで筋金入りの変態さんだと知っています。ここは変態さんの矜持を持って素直に謝りましょう。そうすれば皆さんも許してくれるはず」
何か嫌な汗がさっきから止まらない。大丈夫って何だ? 許すって何だ? 変態さんの矜持って何なのだ? そもそも俺は変態などではないぞ。クアトロはそう叫びたかった。
「まあまあ、皆さん、落ち着いて下さい。クアトロ様もこうして深く反省しています。だから今回は許してあげて下さい」
トルネオが重々しく言う。
この骸骨、さっきから何を言っているんだ? 話が更にややこしくなっている気がするぞ? 頼む、お前はもう黙っていてくれ! クアトロは心の中で絶叫していた。
「クアトロ、そんなに見たいのなら、ぼくに言ってくれればよかったのですー」
スタシアナがそう言って、服の裾を持ち上げ始める。
「ち、ちょっと何なのよ? スタシアナまで何言ってるの。天使って皆、露出狂な訳?」
マルネロが慌ててスタシアナの手を掴んだ。
「あ、あの、クアトロさん。やっぱり殿方は、そう言った物を見たいものなのでしょうか……?」
アストリアが顔を赤らめながら、蚊の鳴くような声でそう訊いてきた。
「え、え? アストリア、今、その質問って必要?」
マルネロが驚いた顔でスタシアナを見る。アストリアは顔を真っ赤にしたままで俯いてしまう。
「い、いや、見たいと言えば見たいのだが……いやいや違うぞ、アストリア! 覗いていた訳ではないからな」
クアトロは慌ててそう否定した。
「クアトロったら、そんなに必死で否定すると余計に怪しくてよ……」
妖艶な笑みを浮かべながら、エリンまでがそんなことを言い始める始末だった。
最早、収拾がつかない。俺、終わったな……。
……おかあさーん!
そう叫びたいクアトロだった。
玉座に座っている時と同様に何をするでもなく、中庭で陽の光を浴びていると天使のエリンが姿を見せた。薄い灰色の髪が陽を浴びて白色に輝いて見える。その背には白い翼が揺れていて、美少女然とした顔立ちによく似合っていた。
「魔族の王様は随分と暇そうなのね」
茶色の瞳をクアトロに向けて、エリンがなかなか痛烈なことを口にする。
「何かと優秀なヴァンエディオがいるからな。奴に任せておけば俺は特にすることもない」
実際、国の運営に関してクアトロは全くと言っていいほど役に立っていない。例えば何かがあっても玉座の上であーとかうーとか言ってる間に、万事ヴァンエディオが片付けてくれる流れになっていた。
改めてそう考えると何とも頭が悪そうなのだが、事実なのだから仕方がない。
「どうした。スタシアナと一緒じゃなかったのか?」
卓を挟んでクアトロの真正面に座ったエリンにクアトロは声をかけた。
「スタシアナ姉様は、トルネオとか言う変な骸骨とどこかへ出掛けて行きました」
……変な骸骨。まあ、確かに変な骸骨ではあるなとクアトロも思う。
元天使と不浄の者。互いに相反する組み合わせにも関わらず、スタシアナとトルネオは何かと仲がいい。かなりの頻度で行動を共にしていた。
「それにしても、スタシアナ姉様はクアトロのどこが良かったのかしら」
エリンが不躾にクアトロの顔を見ている。
しばらくすると、それでは足りないとばかりにテーブルの上に身を乗り出した。
「ちょっと届かないわ。もっと顔を近づけて」
エリンはそう言ってクアトロの両頬を小さな両手で挟むと、自分の方へと引き寄せる。
クアトロは前屈みとなってテーブルの上へ身を乗り出す格好になっていた。
眼前に、正確にはクアトロの鼻先にエリンの小さな顔がある。可愛らしいと言うよりもエリンは美しい顔立ちをしている。こんな眼前に美しい少女の顔があると流石に気恥ずかしくなってくる。
「こうして見ると顔は……まあ悪くないわよね。でも何かね、頭が悪そうなのよ……」
余計なお世話だとクアトロは思う。確かに頭がいいと褒められたことはない。
クアトロは人の顔を好き勝手に言うなと思いながら、身を捩ってエリンの両手から逃れる。
「あら意外ね。照れているのかしら」
クアトロの様子を見てエリンが大人びた微笑みを浮かべる。
「照れてなんぞいない」
クアトロはそう言って自分の足元に視線を向けた。実際は思いっきり照れていた。
照れもあって視線を逸らした先で、自分の靴紐が解けてしまっていることにクアトロは気がついた。
座ったままで身を屈めて靴紐を結び直したクアトロは、その体勢のままでふと視線を持ち上げた。当然、視線の先には椅子に座るエリンの両足がある。そしてその両足の付け根には……。
いやいや、いかんだろうとクアトロは思う。実年齢がいくつかは置いといて、見た目はまだ八歳ほどの子供なのだ。しかし、その思いに反してクアトロの視線はエリンの足の付け根にある白い物に釘つけとなっている。
様々な葛藤の中で視線を外せないままにそれを凝視していると、今度は少しずつエリンの足が開き始めた。見えている白の面積が大きくなっていく。
……わざと……か……?
いや、不味いだろう。これは流石に不味いだろう。衛兵さんに怒られる件だ。
だが、視線を逸らすことができない。おかあさーん、と何故かクアトロは叫びたくなる気分だった。
「あ、あんたたち、な、何してるの?」
……マルネロの声だった。
クアトロは慌てて上半身を起こす。クアトロの視界には唖然とした顔のマルネロと引き攣った顔をしているアストリアの顔がある。
再び、おかあさーんとクアトロは叫びたくなる。
「ク、クアトロ、何してたの? こんな所で昼間っから羞恥ぷれいなの? しかも、子供相手に!」
「ク、クアトロさん……」
アストリアも言葉が出ない様子だった。
「ま、待て。誤解だ。誤解だぞ、マルネロ。お前は誤解をしてる!」
「はあ? 何が誤解なの。覗いてたじゃない。覗いていたわよね?」
クアトロは無言で、ぶんぶんと首を左右に振った。首を振るその速度は光速を超えた気がする。
「エリン、あなたも見せていたわよね?」
マルネロが燃えるような赤い瞳をエリンに向けた。エリンはそれを受け止めると、無言で子供離れした妖艶な笑みを浮かべて見せる。
いや違うんだとクアトロは叫びたかった。
何なんだ? エリンの意味ありげな笑みは?
そこにあったのだ。たまたまあったのだ。見たとか見せたといった話ではないのだ。
「あれえ、どうしたんですかー? 皆で何か楽しそうですねー」
そんな場にスタシアナがトルネオを伴って、とてとてと近づいて来た。
「ちょっとスタシアナ、クアトロがあんたの妹分の下着を覗いていたんだけど。しかもそこの妹分、それを黙って覗かせていたわよ」
「え……」
スタシアナが沈黙する。
「い、いや違うぞ、スタシアナ。それは誤解なんだ」
そう誤解なのだ。確かに見ていたが、覗いたのではない。そこにあったから見ただけなのだ。
「何が誤解なのよ! 私とアストリアが見たんだからね」
マルネロが容赦なくクアトロを追い詰めてくる。クアトロは無言で、ぶんぶんと首を左右に振る。
「クアトロ様、いつかそうなるだろうと思っていました。クアトロ様は、とうとう超えてはいけない線を超えてしまったのですね」
トルネオが溜め息をつきながら残念そうに、そして厳かに宣言するかの如く言った。
いやいや、何を言ってるんだ、このおっさん骸骨は? 俺はどこも超えていやしないとクアトロは心の中で叫ぶ。
「クアトロ様、大丈夫です。皆、クアトロ様がろりこんで筋金入りの変態さんだと知っています。ここは変態さんの矜持を持って素直に謝りましょう。そうすれば皆さんも許してくれるはず」
何か嫌な汗がさっきから止まらない。大丈夫って何だ? 許すって何だ? 変態さんの矜持って何なのだ? そもそも俺は変態などではないぞ。クアトロはそう叫びたかった。
「まあまあ、皆さん、落ち着いて下さい。クアトロ様もこうして深く反省しています。だから今回は許してあげて下さい」
トルネオが重々しく言う。
この骸骨、さっきから何を言っているんだ? 話が更にややこしくなっている気がするぞ? 頼む、お前はもう黙っていてくれ! クアトロは心の中で絶叫していた。
「クアトロ、そんなに見たいのなら、ぼくに言ってくれればよかったのですー」
スタシアナがそう言って、服の裾を持ち上げ始める。
「ち、ちょっと何なのよ? スタシアナまで何言ってるの。天使って皆、露出狂な訳?」
マルネロが慌ててスタシアナの手を掴んだ。
「あ、あの、クアトロさん。やっぱり殿方は、そう言った物を見たいものなのでしょうか……?」
アストリアが顔を赤らめながら、蚊の鳴くような声でそう訊いてきた。
「え、え? アストリア、今、その質問って必要?」
マルネロが驚いた顔でスタシアナを見る。アストリアは顔を真っ赤にしたままで俯いてしまう。
「い、いや、見たいと言えば見たいのだが……いやいや違うぞ、アストリア! 覗いていた訳ではないからな」
クアトロは慌ててそう否定した。
「クアトロったら、そんなに必死で否定すると余計に怪しくてよ……」
妖艶な笑みを浮かべながら、エリンまでがそんなことを言い始める始末だった。
最早、収拾がつかない。俺、終わったな……。
……おかあさーん!
そう叫びたいクアトロだった。