第42話 ヴァンエディオとトルネオ 2

文字数 2,113文字

 ヴァンエディオは直立不動の姿勢で、片手を直角に曲げてその指先を一つだけ立てていた。その指先には大きさが人の頭ほどに見える渦を巻いている灰色の球体が浮かんでいる。

「何の真似だか知らねえが、てめえはもう死ね!」

 魔人の一人が宙に浮いた状態で長剣を水平に構えたままで、一気にヴァンエディオとの距離を詰めた。

「死ね!」

 長剣の切先がヴァンエディオに届く直前で、ヴァンエディオはその指先の球体を長剣の切先に合わせた。
 魔人の動きがぴたりと止まる。
 よく見ると長剣の切先が少しだけその球体に飲み込まれている。

「てめえ、何をしやがった?」
「……教えてあげる義理はないのですが、あなたも空間魔法を使うようなので特別に教えて差し上げます。空間魔法の一種ですよ」

 魔人は意味がわからないと言う顔をしている。

「まあ、こういうことです」
「なっ!」

 魔人は一声そう叫ぶと手にしていた長剣を離して背後に飛びのいた。魔人が手を離した長剣がゆっくりと灰色の球体に飲み込まれていく。

「妙なことをしやがる」

 距離を取った魔人は再び何もない空間から長剣を取り出した。

「あれは貴重な剣だったんだぜ!」

 魔人は吠えると再びヴァンエディオとの距離を詰めた。そして長剣を水平に構えると連撃を繰り出す。
 ヴァンエディオは上体を反らし捻りながら長剣を避けていくが、三歩、四歩と後退して行く。

「ほら、ほら、もう後がねえぞ!」

 連撃を繰り出しながら魔人が吠える。

「おら、てめえはもう死ね。神炎!」

 魔人の片手から炎が迸った。炎がヴァンエディオを包み込んだかに思えたが、ヴァンエディオに届く直前で炎が灰色の球体に吸い込まれていく。

「なっ……」

 魔人は再び飛び退ってヴァンエディオとの距離をとった。

「久々に動いたので少しだけ疲れましたかね。もう終わりにしましょうか」

 ヴァンエディオはそう言って、左右の広角を持ち上げて笑みを浮かべた。

「てめえ、余裕を……」

 その時、魔人は自分の頭上に自分の頭より少しだけ大きい灰色の球体があることに気がついたようだった。

「な、何だ?」

 その言葉が合図だったかのように、灰色の球体が魔人の首から上を飲み込んだ。頭を灰色の球体に飲み込まれて魔人の体が二度、三度と痙攣する。

 やがて灰色の球体は破裂するように宙で霧散した。その球体が無くなった後、現れた魔人の首から上が綺麗に消失していた。代わりに赤い血飛沫が勢いよく噴き出す。

「ガ、ガリス!」

 それまで余裕の笑みすら見せていたもう一人の魔人が、表情を一変させてそう叫んだ。

 ガリスと呼ばれた魔人の体は鮮血を噴き出しながら床に横倒しとなる。

「て、てめえ、ガリスを!」
「いけませんね。あなたの相手はわたしのようですよ」

 駆け寄ろうとしたもう一方の魔人の前にトルネオが立ちはだかった。

「邪魔だ、くそ骸骨が!」

 魔人が放った雷撃はトルネオの前で跡形もなく霧散する。

「それにしても魔人は口が悪いし、怒りっぽいですね。まあマルネロさんの眷属ということなので、分からなくもないのですが……」
「トルネオさん、マルネロさんが聞いたら今の言葉で確実に燃やされてしまいますよ。それに魔人の眷属がマルネロさんですからね」

 ヴァンエディオがトルネオの言葉をやんわりと否定する。

「てめえら、なに訳の分からねえことを……ぶち殺す!」

 魔人の言葉にトルネオは小首を傾げて見せた。

「そんなことを言っている場合ではないですよ。ほら、地獄の蓋が開きました」

 トルネオはそう言って、魔人の足元を指し示した。

「なっ? ひいっ!」

 魔人が言葉にならない悲鳴を上げた。いつの間にかに魔人の足元は赤黒い液体で満たされており、既に魔人は膝下あたりまでその赤黒い液体に飲み込まれていた。

「な、てめえ、何をした?」

 魔人が叫ぶ。

「残念です。人に物を訊く態度ではないですね。マルネロさん並みに失礼ですよ」

 トルネオが再びマルネロの名を出す。それを聞いてヴァンエディオが少しだけ苦笑する素振りを見せた。

「な、何だ? お、おい、何だこれ!」

 赤い液体から無数の手が伸びてきて、魔人をさらに深く引きずり込もうとしているようだった。

「言ったでしょう? 地獄の蓋が開いたと。その手は死者の手です。もしかするとあなたが殺した者の手もあるかもしれませんね。旧交を温めて下さい」
「お、おい、止めろ……止めろ!」

 魔人は引きずり込まれないように身を捩るが効果はないようだった。既に腰上までが赤黒い液体に沈み込んでいた。

「止めろ。お、おい、骸骨、止めさせろ。止めてくれ!」

 魔人が泣き叫ぶように言う。

「ふむ。人に頼む態度ではないですが、まあいいでしょう。わたしも鬼ではないので。では片腕を一本、貰えるでしょうか?」
「か、片腕?」

 魔人にそう繰り返されてトルネオは頷いた。

「そうです。片腕です。正確には魔人の骨を頂戴したいかと」

 トルネオの言葉に一瞬は押し黙った魔人だったが、やがて大きく頷いた。

「わかった。どういうつもりなのかは知らねえが、片腕なんぞくれてやる。だから、ここから出せ!」

 魔人が握り拳を作った片腕をトルネオの方へと伸ばした。

「ほう……潔いですね。それでは遠慮なく」
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