第54話 お邪魔でしたか?
文字数 2,189文字
「……あ」
バスガル候が何か思い当たったようにあんぐりと口を開けた。そして、クアトロの顔をまじまじと見つめる。
「アストリア殿といいクアトロ、お主はああいうのがいいのか?」
……ああいうのとはどういうものだとクアトロは思う。バスガル候が言おうとしていることは簡単に想像がつくのだが。
「いかん、いかんぞ、クアトロ! 女性はやはりマルネロ殿のように、ぼん、きゅっ、ぼんでないとな」
バスガル候が言おうとしていることは分かるのだが、何を突然この爺さんはこんな場でそんなことを言い出すのかとクアトロは思う。
「こうじゃ。マルネロ殿のように、ぼんっじゃ!」
バスガル候は胸の前で巨大な山を両手で作る。その顔は何だか凄く嬉しそうだ。アストリアは恥ずかしそうに俯いてしまっている。
……この爺さん、燃えたな。
マルネロの怒気を感じつつ、クアトロは心の中で呟いたのだった。
結局、クアトロ一行はバスガル候の城で一泊することとなった。
夕食後、手持ち無沙汰で中庭に来たクアトロだったが、そこには先客がいることに気がついた。
「……アストリア、一人か?」
クアトロは月明かりに照らされたアストリアにそう声をかけた。
「ええ。クアトロさんもお一人ですか?」
アストリアは微笑みながら頷くとそう言葉を返した。月明かりに照らされたアストリアは何よりも美しいように思えた。
クアトロは少しどぎまぎしなから頷いた。
「お、俺も一人だ。ダースはどうしたんだ?」
慌てたように言うクアトロがおかしかったのか、アストリアは少しだけ笑った。それに合わせて明るい茶色の髪が月明かりの中で揺れている。
「ふふふっ。少し一人になりたくて、ダース卿には遠慮をしてもらいました。今頃は部屋でやきもきしているかもしれませんね」
「そ、そうか。それは大変だな」
「そうです。大変なのです」
アストリアがそんなクアトロを見ておかしそうに言う。
「クアトロさんは不思議な方ですね。とても頼りなくて、とても頼りになる。とても優しくて、とても恐い。そんなお方です」
アストリアに言われていることが今ひとつ分からなく、クアトロは小首を傾げた。
その様子がおかしかったのか、アストリアが再び微笑んだ。よく分からないが、アストリアが笑ってくれるのであればそれでよい気がする。
「なあ、アストリア……」
「はい?」
「邪神の復活が誰の得になって、誰の損になるのか今ひとつ分からない」
「……はい」
「だが、アストリアが本当に邪神復活の鍵であるのなら、それを利用しようという者がまた現れるかもしれない」
「……そうかもしれませんね」
「でも心配するな。それが誰であれ、必ず俺たちがアストリアを守るからな」
「……はい。ありがとうございます。私は何の心配もしてはいません。クアトロさんたちがいますし、スモールゴブリンだっているのですから」
月明かりの中でそう微笑むアストリア。余りに可憐だったので、クアトロは思わずアストリアを抱きしめた。
アストリアは少しだけ驚いた様子を見せたが、そのままクアトロの腕の中に収まり続けてくれた。
「本当だぞ。あの魔人の時のような目にはもう二度と遭わせやしない。すまなかったな」
「はい……」
腕の中でアストリアが頷く気配がある。愛おしさがクアトロの中で込み上げてくる。人族の皇族に生まれながら、魔族の国で生きることになったアストリア。その意味も真実も分からないままで、邪神の封印を解く存在するとされたアストリア。
いいだろうとクアトロは思う。俺があらゆる全てのものからこの少女を守ってやろう。魔人がアストリアを欲するのであれば、全ての魔人を制してやろう。もし邪神が自らの復活のためにアストリアを欲するのであれば、全ての邪神を俺が滅ぼしてやろう。
「クアトロさん……」
クアトロの腰よりも少しだけ高い位置にあるアストリアが顔を上げた。アストリアの深緑色の大きな瞳がクアトロに向けられている。
「アストリア……」
吸い込まれそうな瞳とはこういうものかと、アストリアの瞳を見つめながらクアトロは思う。アストリアの桜色の唇が僅かに開かれており、そこから白い歯が少しだけ覗いている。
……こ、この状況は……。
いいのだろうか?
大丈夫なのだろうか?
衛兵さんに怒られたりしないのだろうか?
くそつ、ままよ!
クアトロが決意した時だった。突然、前触れもなくアストリアの背後にある空間が揺らぎ始めた。
……いやな予感しかしない。
「あれえ? クアトロ様とアストリア様……もしかしてわたし、お邪魔でした?」
揺らぐ空間から現れたのはおっさん面白骸骨だった。アストリアが慌ててクアトロから離れる。
「アストリア様、お邪魔でしたか?」
トルネオは尚もしつこくアストリアに訊いている。アストリアは恥じらって俯いてしまった。まあそうして恥じらうアストリアもそれはそれで可愛らしいのだったが。
「クアトロ様、わたしはお邪魔でしたかね。お呼びじゃなかったですかね?」
今度はクアトロにもトルネオが訊いてくる。
「……ああ、物凄く邪魔だったな……」
クアトロが長剣に片手を置いた。トルネオがその片手に視線を向ける。
「い、いやですよ、クアトロ様。そんな冗談は……」
トルネオが後退りを始める。
「……ほう。これが冗談に見えるか」
クアトロの怒りがこもった声とトルネオの叫び声が響き渡るのだった。
バスガル候が何か思い当たったようにあんぐりと口を開けた。そして、クアトロの顔をまじまじと見つめる。
「アストリア殿といいクアトロ、お主はああいうのがいいのか?」
……ああいうのとはどういうものだとクアトロは思う。バスガル候が言おうとしていることは簡単に想像がつくのだが。
「いかん、いかんぞ、クアトロ! 女性はやはりマルネロ殿のように、ぼん、きゅっ、ぼんでないとな」
バスガル候が言おうとしていることは分かるのだが、何を突然この爺さんはこんな場でそんなことを言い出すのかとクアトロは思う。
「こうじゃ。マルネロ殿のように、ぼんっじゃ!」
バスガル候は胸の前で巨大な山を両手で作る。その顔は何だか凄く嬉しそうだ。アストリアは恥ずかしそうに俯いてしまっている。
……この爺さん、燃えたな。
マルネロの怒気を感じつつ、クアトロは心の中で呟いたのだった。
結局、クアトロ一行はバスガル候の城で一泊することとなった。
夕食後、手持ち無沙汰で中庭に来たクアトロだったが、そこには先客がいることに気がついた。
「……アストリア、一人か?」
クアトロは月明かりに照らされたアストリアにそう声をかけた。
「ええ。クアトロさんもお一人ですか?」
アストリアは微笑みながら頷くとそう言葉を返した。月明かりに照らされたアストリアは何よりも美しいように思えた。
クアトロは少しどぎまぎしなから頷いた。
「お、俺も一人だ。ダースはどうしたんだ?」
慌てたように言うクアトロがおかしかったのか、アストリアは少しだけ笑った。それに合わせて明るい茶色の髪が月明かりの中で揺れている。
「ふふふっ。少し一人になりたくて、ダース卿には遠慮をしてもらいました。今頃は部屋でやきもきしているかもしれませんね」
「そ、そうか。それは大変だな」
「そうです。大変なのです」
アストリアがそんなクアトロを見ておかしそうに言う。
「クアトロさんは不思議な方ですね。とても頼りなくて、とても頼りになる。とても優しくて、とても恐い。そんなお方です」
アストリアに言われていることが今ひとつ分からなく、クアトロは小首を傾げた。
その様子がおかしかったのか、アストリアが再び微笑んだ。よく分からないが、アストリアが笑ってくれるのであればそれでよい気がする。
「なあ、アストリア……」
「はい?」
「邪神の復活が誰の得になって、誰の損になるのか今ひとつ分からない」
「……はい」
「だが、アストリアが本当に邪神復活の鍵であるのなら、それを利用しようという者がまた現れるかもしれない」
「……そうかもしれませんね」
「でも心配するな。それが誰であれ、必ず俺たちがアストリアを守るからな」
「……はい。ありがとうございます。私は何の心配もしてはいません。クアトロさんたちがいますし、スモールゴブリンだっているのですから」
月明かりの中でそう微笑むアストリア。余りに可憐だったので、クアトロは思わずアストリアを抱きしめた。
アストリアは少しだけ驚いた様子を見せたが、そのままクアトロの腕の中に収まり続けてくれた。
「本当だぞ。あの魔人の時のような目にはもう二度と遭わせやしない。すまなかったな」
「はい……」
腕の中でアストリアが頷く気配がある。愛おしさがクアトロの中で込み上げてくる。人族の皇族に生まれながら、魔族の国で生きることになったアストリア。その意味も真実も分からないままで、邪神の封印を解く存在するとされたアストリア。
いいだろうとクアトロは思う。俺があらゆる全てのものからこの少女を守ってやろう。魔人がアストリアを欲するのであれば、全ての魔人を制してやろう。もし邪神が自らの復活のためにアストリアを欲するのであれば、全ての邪神を俺が滅ぼしてやろう。
「クアトロさん……」
クアトロの腰よりも少しだけ高い位置にあるアストリアが顔を上げた。アストリアの深緑色の大きな瞳がクアトロに向けられている。
「アストリア……」
吸い込まれそうな瞳とはこういうものかと、アストリアの瞳を見つめながらクアトロは思う。アストリアの桜色の唇が僅かに開かれており、そこから白い歯が少しだけ覗いている。
……こ、この状況は……。
いいのだろうか?
大丈夫なのだろうか?
衛兵さんに怒られたりしないのだろうか?
くそつ、ままよ!
クアトロが決意した時だった。突然、前触れもなくアストリアの背後にある空間が揺らぎ始めた。
……いやな予感しかしない。
「あれえ? クアトロ様とアストリア様……もしかしてわたし、お邪魔でした?」
揺らぐ空間から現れたのはおっさん面白骸骨だった。アストリアが慌ててクアトロから離れる。
「アストリア様、お邪魔でしたか?」
トルネオは尚もしつこくアストリアに訊いている。アストリアは恥じらって俯いてしまった。まあそうして恥じらうアストリアもそれはそれで可愛らしいのだったが。
「クアトロ様、わたしはお邪魔でしたかね。お呼びじゃなかったですかね?」
今度はクアトロにもトルネオが訊いてくる。
「……ああ、物凄く邪魔だったな……」
クアトロが長剣に片手を置いた。トルネオがその片手に視線を向ける。
「い、いやですよ、クアトロ様。そんな冗談は……」
トルネオが後退りを始める。
「……ほう。これが冗談に見えるか」
クアトロの怒りがこもった声とトルネオの叫び声が響き渡るのだった。