第40話 アストリアとスモールゴブリン
文字数 2,008文字
「面倒な役目だな。人族の世話など」
アストリアが閉じ込められている檻の前で長身の魔人が言う。赤い瞳は魔族と変わりないのだが、そこから発せられる恐怖、嫌悪感はナサニエルと同じだったので、同じく魔人なのだろうとアストリアは思っていた。
「その時が来るまで、傷ひとつつけるなとのことよ。ナサニエル様、直々の命よ。違えたら殺されるわよ」
その魔人から少しだけ離れた所でそう言う者がいた。女性なのだが、彼女も魔人で間違いないようにアストリアには思えた。
「アニシャか。地上に降りて来て最初にすることが、人族の娘を世話することだった俺の身にもなってみろ。こんなことなら配下を何人か連れてくるんだった」
長身の魔人はその女性の魔人をアニシャと呼んで、尚も愚痴を続けていた。
「まあ、ローレンの気持ちも分かるけどね。でも、可愛い人族の娘じゃない」
アニシャと呼ばれた魔人はそう言って、鉄格子越しのアストリアに赤い瞳を向けた。アストリアの背筋が根源的な恐怖でぞくりとする。
「ふん、人族の娘なんぞに興味はないな」
ローレンと呼ばれた魔人もアストリアに赤い瞳を向けた。
「だがこの娘、魔族の王とやらと関係があるらしい」
ローレンがアニシャに言う。
「魔族の王って……この娘、人族でしょう?」
「詳しくは知らないが、魔族の王とやらが人族の王国からこの娘をさらって来たらしい」
「ふうん、魔族のところに人族がね。魔族と人族の混血が進んでいるとは言え、信じられないわね」
アニシャはそう言うとアストリアに再び赤い瞳を向けた。
「あなた、純粋な人族なんでしょう? 魔族の王とやらのところになんでいたのかしら」
その問いにアストリアは答えなかった。固く口を結んでいる。
「あら、答えないなんて生意気な娘ね。ナサニエル様が必要としていなかったら、殺しているところよ」
「そう言えば、魔族の王が取り戻しに来るかもしれないとナサニエル様が言ってたな」
「あら、怖い。そうね。魔族の王なら沢山の魔族を引き連れて来るのかしら」
その言葉とは裏腹にアニシャの顔に恐怖などは微塵も浮かんではいなかった。
「下位眷属の魔族がいくら集まったところで、脅威にはならんさ。あるのは面倒だけだ」
「可哀想ね。そうなったら魔族の王も含めて、魔族は皆殺しになるのかしら」
アニシャはそう言って薄い笑顔を浮かべた。
「……あら、可愛いわ。そんな青い顔をしちゃって」
青ざめているアストリアを見て、アニシャが再び薄く笑う。
「それぐらいにしておけ。おい、そこの人族、食事は三度、持って来てやる。何か用事があればその時に言え。余り面倒をかけるなよ」
ローレンはそう言い残すと、アニシャを伴って鉄格子の前を後にした。
ローレンとアニシャの足音が消え去ってから十を数えて、アストリアは大きく息を吐き出した。
「もう大丈夫ですよ。出て来ても」
アストリアが小声で声をかけた。すると物陰から二体のスモールゴブリンが出て来る。
「静かにして下さいね」
アストリアはそう言って、立てた人差し指を唇の前に持っていった。スモールゴブリンたちはその意味が分かっているのか、小声でうぎゃうぎゃと言っている。
どうやらこのスモールゴブリンは王都から連れ去られるアストリアを見て、何事かと着いて来たようだった。
一体、天上から魔人はどれだけの人数が来ているのだろうかとアストリアは思う。ただ、ローレンとアニシャの口振りからはそれほど多くの魔人が来ているとも思えなかった。
クアトロが無事であれば、必ず自分を助けに来ようとするだろう。きっと他の皆も同様だ。あの時、片腕を切り飛ばされたクアトロのことを思うと、再びクアトロたちが魔人と対峙した時に皆が無事に済むとは思えなかった。しかも、更に今はあの時のように魔人が一人ではなく、何人もいるようなのだ。
そう考えると、アストリアは自分の胸が苦しくなってくるのを感じる。もちろん自分を助けてほしいし、それに何よりも魔人は怖い。人族として本能的に根源的な恐怖を感じる。でも、それら以上にアストリアはクアトロたちのことが心配だった。
ふと気づくと、一体のスモールゴブリンが心配げな顔つきで自分を見ている。そして、もう一体のスモールゴブリンは鍵が閉まっている扉を開こうと、懸命に鉄格子の扉を引っ張っている。
アストリアは深緑色の瞳をそんなスモールゴブリンたちに向けると優しく微笑んだ。
「ありがとう。心配をかけてしまいましたね。あなたたちが来てくれて、とても心強いです。でも、魔人に見つかったら大変です」
アストリアの言葉にスモールゴブリンたちは、うぎゃっと言って小首を傾げて見せた。
「私は大丈夫です。あなたたちはクアトロさんたちに魔人が一人ではないことを伝えて下さい。それが私の、あなたたちの女王として私が望んでいることです」
うぎやっ、うぎやっとスモールゴブリンたちはアストリアに言葉を返すのだった。
アストリアが閉じ込められている檻の前で長身の魔人が言う。赤い瞳は魔族と変わりないのだが、そこから発せられる恐怖、嫌悪感はナサニエルと同じだったので、同じく魔人なのだろうとアストリアは思っていた。
「その時が来るまで、傷ひとつつけるなとのことよ。ナサニエル様、直々の命よ。違えたら殺されるわよ」
その魔人から少しだけ離れた所でそう言う者がいた。女性なのだが、彼女も魔人で間違いないようにアストリアには思えた。
「アニシャか。地上に降りて来て最初にすることが、人族の娘を世話することだった俺の身にもなってみろ。こんなことなら配下を何人か連れてくるんだった」
長身の魔人はその女性の魔人をアニシャと呼んで、尚も愚痴を続けていた。
「まあ、ローレンの気持ちも分かるけどね。でも、可愛い人族の娘じゃない」
アニシャと呼ばれた魔人はそう言って、鉄格子越しのアストリアに赤い瞳を向けた。アストリアの背筋が根源的な恐怖でぞくりとする。
「ふん、人族の娘なんぞに興味はないな」
ローレンと呼ばれた魔人もアストリアに赤い瞳を向けた。
「だがこの娘、魔族の王とやらと関係があるらしい」
ローレンがアニシャに言う。
「魔族の王って……この娘、人族でしょう?」
「詳しくは知らないが、魔族の王とやらが人族の王国からこの娘をさらって来たらしい」
「ふうん、魔族のところに人族がね。魔族と人族の混血が進んでいるとは言え、信じられないわね」
アニシャはそう言うとアストリアに再び赤い瞳を向けた。
「あなた、純粋な人族なんでしょう? 魔族の王とやらのところになんでいたのかしら」
その問いにアストリアは答えなかった。固く口を結んでいる。
「あら、答えないなんて生意気な娘ね。ナサニエル様が必要としていなかったら、殺しているところよ」
「そう言えば、魔族の王が取り戻しに来るかもしれないとナサニエル様が言ってたな」
「あら、怖い。そうね。魔族の王なら沢山の魔族を引き連れて来るのかしら」
その言葉とは裏腹にアニシャの顔に恐怖などは微塵も浮かんではいなかった。
「下位眷属の魔族がいくら集まったところで、脅威にはならんさ。あるのは面倒だけだ」
「可哀想ね。そうなったら魔族の王も含めて、魔族は皆殺しになるのかしら」
アニシャはそう言って薄い笑顔を浮かべた。
「……あら、可愛いわ。そんな青い顔をしちゃって」
青ざめているアストリアを見て、アニシャが再び薄く笑う。
「それぐらいにしておけ。おい、そこの人族、食事は三度、持って来てやる。何か用事があればその時に言え。余り面倒をかけるなよ」
ローレンはそう言い残すと、アニシャを伴って鉄格子の前を後にした。
ローレンとアニシャの足音が消え去ってから十を数えて、アストリアは大きく息を吐き出した。
「もう大丈夫ですよ。出て来ても」
アストリアが小声で声をかけた。すると物陰から二体のスモールゴブリンが出て来る。
「静かにして下さいね」
アストリアはそう言って、立てた人差し指を唇の前に持っていった。スモールゴブリンたちはその意味が分かっているのか、小声でうぎゃうぎゃと言っている。
どうやらこのスモールゴブリンは王都から連れ去られるアストリアを見て、何事かと着いて来たようだった。
一体、天上から魔人はどれだけの人数が来ているのだろうかとアストリアは思う。ただ、ローレンとアニシャの口振りからはそれほど多くの魔人が来ているとも思えなかった。
クアトロが無事であれば、必ず自分を助けに来ようとするだろう。きっと他の皆も同様だ。あの時、片腕を切り飛ばされたクアトロのことを思うと、再びクアトロたちが魔人と対峙した時に皆が無事に済むとは思えなかった。しかも、更に今はあの時のように魔人が一人ではなく、何人もいるようなのだ。
そう考えると、アストリアは自分の胸が苦しくなってくるのを感じる。もちろん自分を助けてほしいし、それに何よりも魔人は怖い。人族として本能的に根源的な恐怖を感じる。でも、それら以上にアストリアはクアトロたちのことが心配だった。
ふと気づくと、一体のスモールゴブリンが心配げな顔つきで自分を見ている。そして、もう一体のスモールゴブリンは鍵が閉まっている扉を開こうと、懸命に鉄格子の扉を引っ張っている。
アストリアは深緑色の瞳をそんなスモールゴブリンたちに向けると優しく微笑んだ。
「ありがとう。心配をかけてしまいましたね。あなたたちが来てくれて、とても心強いです。でも、魔人に見つかったら大変です」
アストリアの言葉にスモールゴブリンたちは、うぎゃっと言って小首を傾げて見せた。
「私は大丈夫です。あなたたちはクアトロさんたちに魔人が一人ではないことを伝えて下さい。それが私の、あなたたちの女王として私が望んでいることです」
うぎやっ、うぎやっとスモールゴブリンたちはアストリアに言葉を返すのだった。