第63話 撤退
文字数 1,835文字
「こいつは不味いな……」
身の丈はある大剣を肩で担ぎながらエネギオスは呟いた。続いて不意に自分の後方で違和感があることに気がつく。エネギオスは後方に視線を向けずに再び口を開いた。
「トルネオか?」
「はい……」
「撤退するぞ。殿は俺が引き受ける。お前は撤退の援護をしてくれ」
「はい……」
トルネオはエネギオスの言葉に頷くと再び転移魔法でどこかに消えていく。
配下の将を呼び寄せて撤退の準備を進めていると、エネギオスの周囲が急に騒がしくなった。周囲の将兵は上空を指差しながら騒いでいる。
ちっ、早いな。
エネギオスは心の中で悪態をつく。
上空を見上げると五千、いや一万か。空を埋め尽くすほどの勢いで天使たちが舞い降りてくる。
おそらく魔人の大軍もやがては姿を見せることになるのだろう。
この数の魔人と天使。流石に分が悪いと言わざるを得ない。
「いいか、お前ら! 撤退じゃねえぞ。逃げるんだ。殿は四将筆頭のエネギオスが引き受ける」
エネギオスがそう言い放つ。
総崩れとなったバスガル候が率いる左翼の状況も気になるが、クアトロたちがいる本陣も気になる。ヴァンエディオらがクアトロの側にいる以上、最悪のことにはならないとは思うのだが。
エネギオスの正面にある空間が大きく揺らいだ。一瞬、トルネオかと思ったがどうやら違うらしい。
揺らぐ空間から現れたのはエネギオスよりも三回りほど大きい体躯をした男だった。
「魔人か? 魔人はやたらに空間から現れるな。お前らの住処はその何もない空間か?」
「何も知らない魔族如きが調子に乗りすぎだ」
男は見たことがないほどの巨大な斧を肩に担いでいた。
「お前らこそ天使なんぞと手を組んだからって調子に乗るな。魔族を舐めるなよ?」
エネギオスが肩に担いでいた大剣を両手で目の前に構えた。
「馬鹿が。魔族が魔人相手に……」
「斬!」
エネギオスは魔人に向かって一歩踏み込むと、大剣を魔人目掛けて振り下ろした。地響きのような鈍い音を立てて、大剣の切先が大地にめり込む。
エネギオスの左肩口から鮮血が舞った。どうやら簡単にはいかないようだとエネギオスは思う。
だが、同時に面白いとも思う。その思いのままエネギオスは顔に不適な笑みを浮かべるのだった。
「クアトロ様、ここは一度、引きましょう」
ヴァンエディオがクアトロにそう進言する。空を埋め尽くすかのような天使たちを唖然として見ていたクアトロは、ヴァンエディオに赤い瞳を向ける。
「ふざけるな。俺が退くのは、魔族の皆が安全なところまで逃げてからだ」
クアトロのその言葉にヴァンエディオは渋い顔をする。
「クアトロ様、間もなく魔人たちも姿を現すでしょう。天使も魔人も狙いはアストリア様のはず。アストリア様がここにいることが危険だと言っているのです」
「ならば魔族の皆を見捨てろと?」
クアトロは強い口調で言葉を返した。アストリアのことが心配なのは当たり前だが、ここに集まった魔族の将兵たちを見捨てるわけにはいかないとクアトロは思っていた。彼らはアストリアを守るために集まったのだ。
「大丈夫よ、クアトロ」
マルネロがゆっくりとした口調でクアトロに声をかけてくる。
「逃げ出す魔族には手を出さないと思うわ。魔人も天使もアストリアが目的なのだから」
確かにマルネロの言う通りなのかもしれない。アストリアを守らずに逃げ出すだけであれば、執拗な追撃はないと考えてもいいのかもしれなかった。
「……わかった。マルネロ、将兵を可能な限り逃してくれ。頼むぞ」
マルネロは軽く頷くと、その場から立ち去って行く。
「ヴァンエディオ、アストリアと共に一度引くぞ。ダース、アストリアの傍を離れないでくれ」
ヴァンエディオとダースがほぼ同時に頷く。
「スタシアナ、エリンと一緒に……」
へ? スタシアナさん?
クアトロがスタシアナに視線を向けると、スタシアナは手にしている杖をぐるぐる振り回しながら、ぷんすかと怒っていた。スタシアナの周りではエリンがあたふたと動き回っている。
「どうして天使たちがクアトロを虐めてるんですかー?」
「スタシアナ姉様、少しは落ち着いて。そんなに杖を振り回しては危ないですから!」
エリンが悲鳴に近い声を上げている。
「むっきー! ミネルってば、もう許さないですよー」
スタシアナはその漆黒の翼を広げると、杖を振り回しながら瞬く間に大空へと飛び立って行く。
「ま、待ってよー。スタシアナ姉様ー」
エリンが慌てて白色の翼を広げてその後を追う。
身の丈はある大剣を肩で担ぎながらエネギオスは呟いた。続いて不意に自分の後方で違和感があることに気がつく。エネギオスは後方に視線を向けずに再び口を開いた。
「トルネオか?」
「はい……」
「撤退するぞ。殿は俺が引き受ける。お前は撤退の援護をしてくれ」
「はい……」
トルネオはエネギオスの言葉に頷くと再び転移魔法でどこかに消えていく。
配下の将を呼び寄せて撤退の準備を進めていると、エネギオスの周囲が急に騒がしくなった。周囲の将兵は上空を指差しながら騒いでいる。
ちっ、早いな。
エネギオスは心の中で悪態をつく。
上空を見上げると五千、いや一万か。空を埋め尽くすほどの勢いで天使たちが舞い降りてくる。
おそらく魔人の大軍もやがては姿を見せることになるのだろう。
この数の魔人と天使。流石に分が悪いと言わざるを得ない。
「いいか、お前ら! 撤退じゃねえぞ。逃げるんだ。殿は四将筆頭のエネギオスが引き受ける」
エネギオスがそう言い放つ。
総崩れとなったバスガル候が率いる左翼の状況も気になるが、クアトロたちがいる本陣も気になる。ヴァンエディオらがクアトロの側にいる以上、最悪のことにはならないとは思うのだが。
エネギオスの正面にある空間が大きく揺らいだ。一瞬、トルネオかと思ったがどうやら違うらしい。
揺らぐ空間から現れたのはエネギオスよりも三回りほど大きい体躯をした男だった。
「魔人か? 魔人はやたらに空間から現れるな。お前らの住処はその何もない空間か?」
「何も知らない魔族如きが調子に乗りすぎだ」
男は見たことがないほどの巨大な斧を肩に担いでいた。
「お前らこそ天使なんぞと手を組んだからって調子に乗るな。魔族を舐めるなよ?」
エネギオスが肩に担いでいた大剣を両手で目の前に構えた。
「馬鹿が。魔族が魔人相手に……」
「斬!」
エネギオスは魔人に向かって一歩踏み込むと、大剣を魔人目掛けて振り下ろした。地響きのような鈍い音を立てて、大剣の切先が大地にめり込む。
エネギオスの左肩口から鮮血が舞った。どうやら簡単にはいかないようだとエネギオスは思う。
だが、同時に面白いとも思う。その思いのままエネギオスは顔に不適な笑みを浮かべるのだった。
「クアトロ様、ここは一度、引きましょう」
ヴァンエディオがクアトロにそう進言する。空を埋め尽くすかのような天使たちを唖然として見ていたクアトロは、ヴァンエディオに赤い瞳を向ける。
「ふざけるな。俺が退くのは、魔族の皆が安全なところまで逃げてからだ」
クアトロのその言葉にヴァンエディオは渋い顔をする。
「クアトロ様、間もなく魔人たちも姿を現すでしょう。天使も魔人も狙いはアストリア様のはず。アストリア様がここにいることが危険だと言っているのです」
「ならば魔族の皆を見捨てろと?」
クアトロは強い口調で言葉を返した。アストリアのことが心配なのは当たり前だが、ここに集まった魔族の将兵たちを見捨てるわけにはいかないとクアトロは思っていた。彼らはアストリアを守るために集まったのだ。
「大丈夫よ、クアトロ」
マルネロがゆっくりとした口調でクアトロに声をかけてくる。
「逃げ出す魔族には手を出さないと思うわ。魔人も天使もアストリアが目的なのだから」
確かにマルネロの言う通りなのかもしれない。アストリアを守らずに逃げ出すだけであれば、執拗な追撃はないと考えてもいいのかもしれなかった。
「……わかった。マルネロ、将兵を可能な限り逃してくれ。頼むぞ」
マルネロは軽く頷くと、その場から立ち去って行く。
「ヴァンエディオ、アストリアと共に一度引くぞ。ダース、アストリアの傍を離れないでくれ」
ヴァンエディオとダースがほぼ同時に頷く。
「スタシアナ、エリンと一緒に……」
へ? スタシアナさん?
クアトロがスタシアナに視線を向けると、スタシアナは手にしている杖をぐるぐる振り回しながら、ぷんすかと怒っていた。スタシアナの周りではエリンがあたふたと動き回っている。
「どうして天使たちがクアトロを虐めてるんですかー?」
「スタシアナ姉様、少しは落ち着いて。そんなに杖を振り回しては危ないですから!」
エリンが悲鳴に近い声を上げている。
「むっきー! ミネルってば、もう許さないですよー」
スタシアナはその漆黒の翼を広げると、杖を振り回しながら瞬く間に大空へと飛び立って行く。
「ま、待ってよー。スタシアナ姉様ー」
エリンが慌てて白色の翼を広げてその後を追う。