第33話 魔人襲来
文字数 2,181文字
「で、マルネロとやらはクアトロのことが好きなんでしょう?」
穏やかな日差しがさしてくる中庭で、エリンが急にそんなことを言い出し始めた。マルネロは口にしていた紅茶を吹き出しそうになって激しくむせている。
「だ、大丈夫ですか? マルネロさん」
アストリアが慌ててマルネロの背中をさする。アストリア自身も急な話でびっくりしていたが、それが思いあたる節は前々からあった。
「で、どうなんですか、マルネロさん?」
「へ? アストリアもそんなことを訊くわけ」
激しくむせたため、目尻に涙を溜めながらマルネロが言葉を返す。でも実際、気になるのだから仕方がないとアストリアは思う。
「ぼくもクアトロが大好きですよー」
スタシアナが両手を上下に、ぱたぱたさせながら言う。
「スタシアナさんがクアトロさんのことを好きなのは分かっています。エリンさんも好きなんですよね?」
アストリアがエリンに深緑色の瞳を向けるとエリンが小さく頷いた。
「スタシアナ姉様が好きなら私も好きでしてよ。頭が悪そうなところが、また可愛かったりするのよね」
何だかクアトロさん、もてもてだ。アストリアはそう思い、むーといった顔となる。
「で、マルネロさん、本当のところはどうなんですか?」
「な、何よ。アストリアまでそんな怖い顔をして。クアトロとは付き合いがあなたたちよりも少し長いだけで、そんなんじゃないわよ」
「本当ですか?」
アストリアがじっとマルネロの顔を覗き込む。
「な、何よ、その顔は? そりゃ気になる時もあるにはあるけど、好きとかそう言うんじゃなくて……」
マルネロさん、耳まで赤くなってきたとアストリアは思っていた。これでは好きだと言っているようなものだ。
はあ、とアストリアは溜息を吐いた。スタシアナもそうなのだが、エリンといいマルネロといい、これでは恋敵が多すぎる。
「あら、アストリア。別にそんな顔をすることもなくてよ」
「どう言う意味でしょうか、エリンさん?」
「クアトロは魔族の王なのよ。王と言えば古来から第二夫人だの、第三夫人だのがいるものでしょう?」
「まあ、そうですけど……」
アストリアが言い淀む。確かにアストリア自身も側室の子供だ。
「そこのお化けおっぱいは、せいぜい第百夫人でしょうけど」
「はあ? 誰がお化けおっぱいの第百夫人よ。燃やすわよ?」
「面白いわね。魔族の分際で。第百夫人、消すわよ?」
マルネロとエリンの視線が交錯して目には見えない火花を宙に放ち始めたようだった。
「こらあ、エリン!」
ぽてっとスタシアナがエリンの薄い灰色の頭を叩く。
「い、痛い、スタシアナ姉様!」
エリンが両手で頭を庇う。
それを見ながらアストリアは苦笑を浮かべた。クアトロの件を除けば楽しい仲間たちだった。いえ、友達と言っていいかもしれないとアストリアは思う。
クアトロに連れられて魔族の国に来た時は不安ばかりだったけれども、今は不安など微塵もなかった。最近ではダースも王宮内であれば、傍に控えていることも随分と減った。ダースもそれだけ王宮にいる魔族の人たちを信頼しているのだろう。
そこまでアストリアが考えた時だった。不意にスタシアナが杖を片手に立ち上がった。次いでエリンも立ち上がり、左手にある空間を睨みつける。
「ちょっと、急にどうしたのよ?」
スタシアナとエリンの急な行動にマルネロが疑問の声を上げる。
スタシアナとエリンが見つめる左手の空間が不意に歪み始めた。やがて、その歪みが収まった後、長身の男が一人姿を現した。
「魔族が三百年振りに統一されたと聞いたので来たのだが、なかなか面白いことになっているようだな」
男がアストリアらを見渡しながらそう言った。男と一瞬目があった時、全身が総毛立った。全身がこの男を拒否しているかのようだった。
「魔人なのですー」
スタシアナの言葉に長身の男がにやりと笑った。その顔を見ただけでアストリアは血の気が引き、後ろに一歩、二歩とよろめいた。マルネロが慌ててアストリアの背に片手を回して支える。
「そういうお前は天使だろう。何故魔族と一緒にいる。ん? お前は……」
魔人と呼ばれた男がその赤い瞳でアストリアを見詰める。魔族と同じ赤い瞳であるはずなのに、その男の瞳にアストリアは恐怖を覚えた。
「いきなり現れて、随分な振る舞いじゃない?」
マルネロは一歩を踏み出すと、その背中でアストリアを庇う。
「ほう、魔族か?」
男の赤い瞳が細まった。
「だったらどうなのかしら?」
マルネロが鼻先で笑った時だった。上空から凄い勢いで男に向かって落下してくる黒い影があった。男が片手を上げて、障壁を出現させた。落下してきた影が持つ長剣と障壁とが激突して周囲に火花が散る。
「アストリア、下がっていろ! ダース、頼むぞ」
落下してきた黒い影は魔族の王、クアトロだった。気がつけば、長剣を抜き払ったダースが背後に立っていて、アストリアを庇うようにしながら、じりじりと後ろに下がっていく。
「クアトロ、どいてろ!」
いつの間に来たのだろうか。大剣を担いだエネギオスが一直線に男に向かって行く。
「斬!」
エネギオスの振り下ろした大剣が、男の作り出した障壁を一撃で叩き壊した。何かが割れるような音が周囲に響き渡り、男の顔が僅かに歪んだ。
「相変わらずの馬鹿力だ」
クアトロはそう言いながら、長剣の切っ先を男に向けた。
穏やかな日差しがさしてくる中庭で、エリンが急にそんなことを言い出し始めた。マルネロは口にしていた紅茶を吹き出しそうになって激しくむせている。
「だ、大丈夫ですか? マルネロさん」
アストリアが慌ててマルネロの背中をさする。アストリア自身も急な話でびっくりしていたが、それが思いあたる節は前々からあった。
「で、どうなんですか、マルネロさん?」
「へ? アストリアもそんなことを訊くわけ」
激しくむせたため、目尻に涙を溜めながらマルネロが言葉を返す。でも実際、気になるのだから仕方がないとアストリアは思う。
「ぼくもクアトロが大好きですよー」
スタシアナが両手を上下に、ぱたぱたさせながら言う。
「スタシアナさんがクアトロさんのことを好きなのは分かっています。エリンさんも好きなんですよね?」
アストリアがエリンに深緑色の瞳を向けるとエリンが小さく頷いた。
「スタシアナ姉様が好きなら私も好きでしてよ。頭が悪そうなところが、また可愛かったりするのよね」
何だかクアトロさん、もてもてだ。アストリアはそう思い、むーといった顔となる。
「で、マルネロさん、本当のところはどうなんですか?」
「な、何よ。アストリアまでそんな怖い顔をして。クアトロとは付き合いがあなたたちよりも少し長いだけで、そんなんじゃないわよ」
「本当ですか?」
アストリアがじっとマルネロの顔を覗き込む。
「な、何よ、その顔は? そりゃ気になる時もあるにはあるけど、好きとかそう言うんじゃなくて……」
マルネロさん、耳まで赤くなってきたとアストリアは思っていた。これでは好きだと言っているようなものだ。
はあ、とアストリアは溜息を吐いた。スタシアナもそうなのだが、エリンといいマルネロといい、これでは恋敵が多すぎる。
「あら、アストリア。別にそんな顔をすることもなくてよ」
「どう言う意味でしょうか、エリンさん?」
「クアトロは魔族の王なのよ。王と言えば古来から第二夫人だの、第三夫人だのがいるものでしょう?」
「まあ、そうですけど……」
アストリアが言い淀む。確かにアストリア自身も側室の子供だ。
「そこのお化けおっぱいは、せいぜい第百夫人でしょうけど」
「はあ? 誰がお化けおっぱいの第百夫人よ。燃やすわよ?」
「面白いわね。魔族の分際で。第百夫人、消すわよ?」
マルネロとエリンの視線が交錯して目には見えない火花を宙に放ち始めたようだった。
「こらあ、エリン!」
ぽてっとスタシアナがエリンの薄い灰色の頭を叩く。
「い、痛い、スタシアナ姉様!」
エリンが両手で頭を庇う。
それを見ながらアストリアは苦笑を浮かべた。クアトロの件を除けば楽しい仲間たちだった。いえ、友達と言っていいかもしれないとアストリアは思う。
クアトロに連れられて魔族の国に来た時は不安ばかりだったけれども、今は不安など微塵もなかった。最近ではダースも王宮内であれば、傍に控えていることも随分と減った。ダースもそれだけ王宮にいる魔族の人たちを信頼しているのだろう。
そこまでアストリアが考えた時だった。不意にスタシアナが杖を片手に立ち上がった。次いでエリンも立ち上がり、左手にある空間を睨みつける。
「ちょっと、急にどうしたのよ?」
スタシアナとエリンの急な行動にマルネロが疑問の声を上げる。
スタシアナとエリンが見つめる左手の空間が不意に歪み始めた。やがて、その歪みが収まった後、長身の男が一人姿を現した。
「魔族が三百年振りに統一されたと聞いたので来たのだが、なかなか面白いことになっているようだな」
男がアストリアらを見渡しながらそう言った。男と一瞬目があった時、全身が総毛立った。全身がこの男を拒否しているかのようだった。
「魔人なのですー」
スタシアナの言葉に長身の男がにやりと笑った。その顔を見ただけでアストリアは血の気が引き、後ろに一歩、二歩とよろめいた。マルネロが慌ててアストリアの背に片手を回して支える。
「そういうお前は天使だろう。何故魔族と一緒にいる。ん? お前は……」
魔人と呼ばれた男がその赤い瞳でアストリアを見詰める。魔族と同じ赤い瞳であるはずなのに、その男の瞳にアストリアは恐怖を覚えた。
「いきなり現れて、随分な振る舞いじゃない?」
マルネロは一歩を踏み出すと、その背中でアストリアを庇う。
「ほう、魔族か?」
男の赤い瞳が細まった。
「だったらどうなのかしら?」
マルネロが鼻先で笑った時だった。上空から凄い勢いで男に向かって落下してくる黒い影があった。男が片手を上げて、障壁を出現させた。落下してきた影が持つ長剣と障壁とが激突して周囲に火花が散る。
「アストリア、下がっていろ! ダース、頼むぞ」
落下してきた黒い影は魔族の王、クアトロだった。気がつけば、長剣を抜き払ったダースが背後に立っていて、アストリアを庇うようにしながら、じりじりと後ろに下がっていく。
「クアトロ、どいてろ!」
いつの間に来たのだろうか。大剣を担いだエネギオスが一直線に男に向かって行く。
「斬!」
エネギオスの振り下ろした大剣が、男の作り出した障壁を一撃で叩き壊した。何かが割れるような音が周囲に響き渡り、男の顔が僅かに歪んだ。
「相変わらずの馬鹿力だ」
クアトロはそう言いながら、長剣の切っ先を男に向けた。