第29話 天使の翼

文字数 3,069文字

 「……というわけで、この騒ぎはダナ教の暴走でしかないのだ。大司教が死に、ダナ教騎士団もほぼ壊滅となった今、エミリー王国としては魔族に敵対するつもりはない」

 エミリー王国の若き国王、ライトル三世は魔族の王クアトロを前にしてそう言った。

 クアトロの横にはマルネロら練兵場に突入した面々が座っている。そして何故かスタシアナの隣には降臨した天使のエリンと不死者の王、トルネオも殊勝な顔で座っていた。

「我々魔族もこれ以上の敵対行為が貴国にないと言うのであれば、戦いを望むものではありません」

 マルネロが静かにそう言いながら王であるクアトロの顔を見ると、クアトロもゆっくりと頷いた。

「寛容なお言葉、感謝する」

 ライトル三世はそう言って頭を下げた。

「いや、礼はいい。被害を受けたのはそちらだからな」

 クアトロがそう言うとライトル三世が、にやりと笑う。

「いや、そうでもないのだ。これで我がエミリー王国内におけるダナ教の影響力が大きく低下した。何せ最高責任者が死に、影響力の基盤だった騎士団がほぼ壊滅。国王の私としては感謝したいぐらいだな」
「そ、そうか」
「それにしてもクアトロ王、まさか国王自身が姿を見せて大暴れをするとは」

 ライトル三世はそう言って愉快そうに笑う。特に策もなくて、たまたま流れでそうなっただけだと思ったクアトロだったが、余りに頭が悪そうなのでそれは黙っておくことにした。

「で、そちらにおられるのが、四将と呼ばれる魔導師のマルネロ殿と堕天使のスタシアナ殿か」

 マルネロとスタシアナが黙って頷く。

「あのような力を見せられてしまうと、魔族と事を構えたいとは思えなくなるな。いやいや、このような者たちを従えているとは、クアトロ王はやはり大した人物なのだな。魔族を統一できた理由も分かるというものだ」

 何かよく分からないが褒められ始めたと思いながら、クアトロは黙って頷く。

「そして、そこにおられるのはベラージ帝国のアストリア皇女ですかな」

 その問いかけにアストリアは否定も肯定もしなかった。

「魔族の王に連れ去られた後、不死者の王に殺されたとの噂だったが、やはり生きておいででしたか」
「ライトル三世陛下、世の中にはよく似た者もおりますゆえ」

 アストリアの隣に座るダースがそう口を開いた。

「そうだな。生きているとなれば何かと都合も悪いのだろう。その旨、承知した」

 ライトル三世は大きく頷く。

「何か若いのに随分と話が分かる国王よね。クアトロと違って頭もよさそうだし」

 マルネロが小声でクアトロにそう囁いてきた。クアトロが無言で睨みつけると、マルネロは少しだけおどけたようにして舌をぺろりと出して見せる。

「……で、実は最初から凄く気になっていたのだが、その仮面の者は?」

 そこのとんちきな仮面をつけている者は、頭がもの凄くおかしいので放っておいて下さいとも言えず、クアトロはトルネオに仮面を外すように促した。仮面の下の顔を見てライトル三世は一瞬、息を飲む気配を見せたものの納得したように頷いた。

「なる程。今回の天使様をその配下に加えたように、不死者の王もその配下に……」

 ライトル三世は納得したように一人で頷いている。いやいや、当たり前のようにこちら側に座っているそこの天使も、この頭がおかしなおっさん骸骨も配下などにした覚えはないのだが……。
そんなことを言い出せる雰囲気ではなく、クアトロは苦笑をライトル三世に返すのだった。




 「何か素敵ないい国王だったわよね」

 エネギオスやヴァンエディオたちが待つ自分たちの国へと戻る途中、マルネロは改めて思い出すようにしながら口を開いていた。

「マルネロはああいうのが好みなんですねー」

 マルネロの隣でスタシアナがとてとてと歩きながら言う。

「は、はあ? 違うわよ!」

 マルネロが大きな声で否定する。

「まあ、そんなに照れるな。お前も年頃だしな」

 クアトロは頷きながら言う。実際、そんなに照れるほどのことでもないだろうとクアトロは思う。

「うるさいのよ、ろりこん大魔王のくせに。それより何なのよ。またろりこん候補が増えているじゃない」
「あら、私のことを言っているのかしら? マルネロとやらは」

 スタシアナの横にいたエリンが怯む様子もなく茶色の瞳をマルネロに向けた。容姿は八歳程度にしか見えないのだが、同じ天使のスタシアナとは違って随分と大人びた話し方をする天使のようだった。

「こらあ、エリン! マルネロに向かって生意気な口をきいちゃだめなんですよー」

 スタシアナは振り上げた拳でエリンの薄い灰色の頭をぽてっと叩く。
スタシアナさん、元同族には何かと厳しいようだった。

「痛い、痛いです、スタシアナ姉様」

 エリンが両手で頭を庇う。

「で、なんで天使のあなたがついてくるわけ?」

 マルネロの言葉にエリンは不敵にみえる微笑を浮かべた。

「ふん、スタシアナ姉様が心配だからじゃない。あんな魔族にたぶらかされて」

 あんな魔族とはもちろん自分のことなのだろうとクアトロは思う。

「こらあ、エリン!」

 エリンの態度を見かねたのかスタシアナが再び拳を振り上げる。ひっと言ってエリンが両手で自分の頭を庇って縮こまる。

「ま、まあ、スタシアナさん」

 アストリアが止めに入って来た。そして、エリンに対して疑問を口にする。

「では、エリンさんも堕天使になるということなのでしょうか?」

 アストリアの言葉ももっともな疑問だった。だが、天使が魔族のところに来るのであれば、そういうことになるのだろうとクアトロも思う。

「まあ、魔族の所に行くのだからそういう言い方になるわよね」

 そう言いながらエリンは何事もないかのように頷く。

「やはりそうなのですね。では……その翼も黒くなってしまうのですね」

 アストリアはエリンの背にある白い翼を見る。

「……ならないわよ?」
「え……?」
「堕天使になったからって、翼が黒くなんてならないわよ。越冬が終わった冬山の鳥じゃあるまいし」
「で、でも、スタシアナさんは……」
「えへっ。ぼくは染めているだけですよ。だって黒い方がそれっぼいじゃないですかー」

 スタシアナは小首を傾げて微笑む。

「はい?」
「えーっ?」

 アストリアとマルネロは同時に声を上げるのだった。

「なあ、ダース」
「どうした、クアトロ。何かあったか?」

 不意に背後からクアトロに声をかけられてダースが振り返る。

「何かいいな。アストリアに、スタシアナ。それにエリン。美少女三人が楽しそうに話しているぞ」
「い、いやクアトロ……確かに美少女には違いないのかもしれないが……何か言い方とか、特にその顔が凄く気持ち悪いぞ……」

 ダースがクアトロの横顔を凝視しながら、顔をこわばらせてそう言った。

「まあまあ、ダースさん。犯罪さえ犯さなければ、そっとしておいて下さい。仕方がないのですよ。クアトロ様は美少女が大好きで、いわゆる筋金入りの変態さんですからね」
「いや違うぞ、トルネオ。誰が筋金入りの変態だ!」
「いやいや、今のはどう見ても不味いですよ。犯罪の一歩手前です。どう見ても立派な変態さんです。娘を持つ母親が見たら卒倒しますよ。大体、恥ずかしくないんですか? 少女をお嫁にするって言ってみたり。今の発言だって、自分はろりこんだと公言しているようなものじゃないですか?」
「い、いや、そんなつもりは……」
「いやいや、恥ずかしいぐらいにそんなつもりでしょう。少なくともわたしは恥ずかしいですね。一国の王なのですからそう言うことは胸の奥にしまってですね……」

 こうして聖戦騒動は終わりを迎えたのであった。
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