第34話 できる男
文字数 2,305文字
「魔人が何の用だ?」
「問答無用だな。俺はお前ら魔族の上位眷属だぞ?」
「……上位眷属だからといって、無条件に魔族が魔人に従う理由はないかと思いますが? それに私は魔人が嫌いです」
クアトロに続いてそう言いながら姿を見せたのはヴァンエディオだった。人差し指を天に向けており、その先には拳大ほどに見える渦を巻く灰色の球体が浮かんでいる。
「ふん、天使が二人。いかれた魔族が四人。流石にこれでは手に余るかもしれんな」
男が忌々しげに吐き捨てた。
「そこの人族、お前はなかなか面白いようだな。また会おう」
男はそう言うと、出現した時と同様に揺らぐ空間の中へと消えていった。
「我々が束になって、どうにか追い返せたというところでしょうか」
ヴァンエディオが珍しく小さな溜息をついて見せた。
「……まあ、どうだろうな。それよりもヴァンエディオ、あいつがろりろり姫に言ってたことはどう言う意味だ?」
エネギオスがその大剣を肩に担ぎながら言う。
「さあ、どうでしょう。面白いという言葉だけでは……」
ヴァンエディオはそう言って、アストリアに視線を向けた。
「アストリア様、何か思い当たることは?」
「い、いえ、特には……」
正直、何が面白いのか皆目見当がつかなかった。だけれどもあの魔人の瞳。クアトロやマルネロたちと同じ赤い瞳なのに、それに見つめられると恐怖を覚えたとアストリアは思っていた。
根源的な恐怖。生理的嫌悪感と根源的な恐怖だった。思い出すと今でも足が震えてくる。気づくとクアトロが横に立っていて、自分の背中に優しく手を回してくれていることにアストリアは気がついた。
クアトロの赤い瞳が優しげに、それでいて心配げに大丈夫かと問いかけていた。アストリアは軽く頷いた。不思議だった。クアトロの赤い瞳であれば、こんなにも落ち着けるのに。
「アストリア様、あの魔人が言ったことの真意は分かりませんが、あの様子ではまた姿を現すかと。しばらくは寝所も含めて、マルネロさんやスタシアナさんと常に行動してくださいね。ダースさんも頼みましたよ」
ヴァンエディオの言葉に皆が頷いた。
「昨日の一件、ヴァンエディオはどう思っているんだ?」
翌日、玉座に座るクアトロはヴァンエディオにそう尋ねた。
「まだ情報が少なすぎますが、魔人が人族に興味を持つとは考え難いですね」
「だが、奴は興味を持った」
クアトロの言葉にヴァンエディオは頷いた。
「魔人の目的は神や天使に反することです。この地上で魔族や人族が関係する神や天使に反することはそれほど多くはないはずです。となれば……」
「邪神の封印ですかな」
いつの間にか不死者の王トルネオがヴァンエディオの背後に立っていた。
「……お気づきでしたか」
「これはまたヴァンエディオさんはすぐにそうやって恐い顔をする。当てずっぽうですよ。単なる当てずっぽう」
「ほう……あまり謙遜されると殺したくなってきますが」
「いやいや、勘弁して下さい。私は既に一度死んだ身ですからね」
トルネオは両手を上げて戯けて見せた。
「まあ、そう怒るな、ヴァンエディオ」
クアトロは仲裁に入って言葉を続けた。
「邪神……かつて、この地上に存在していたという連中か」
クアトロは呟くように言った。邪神と言われる存在がかつて地上にいたということぐらいしかクアトロは知らない。
「そうですね。この地から邪神を駆逐し、封印するために人族は天使から生み出されたはず」
「もう数千年前もの話です。伝説に近いですがね」
トルネオが口を挟んでくる。
「そうです。ですが、伝説が間違いとは限りません」
ヴァンエディオがトルネオに反論する。
「その伝説が真実だとして、それがアストリアとどう関係するんだ?」
クアトロが疑問を呈した。
「断言はできませんが、邪神の封印とアストリア様の存在が何かしらの関係にあるのでしょう」
「例えば封印を解く鍵のようなものとアストリアさんが関係しているとか……」
トルネオのその言葉にヴァンエディオが鋭い瞳を向けた。
「トルネオさん、何かご存知なのでは? 一度、本当に死んでみますか」
ヴァンエディオが立てた人差し指に渦を巻く灰色の球体が出現する。それを見てトルネオが両手を上げて大きくのけぞって見せた。
「いやですよ、ヴァンエディオさん。怖いからやめて下さい。根拠があっての話ではないですよ。単なる当てずっぽうなので」
「……まあいいでしょう」
ヴァンエディオのその言葉を聞くと、トルネオは大袈裟に胸を撫で下ろす素振りを見せてから口を開いた。
「真実はともかく、あの魔人は再びアストリア様の前に現れるでしょうね。その備えを考えないといけません」
「確かにそうだな」
先程から余りふざけずに今日のトルネオは比較的真面なことばかりを言っているとクアトロは思う。
……何か変な物でも食べたのだろうか。
「転移魔法を封じる防御魔法を先ほど、この王宮全体に施しました。これで前のように不意に出現されることはないでしょう」
トルネオのそんな言葉に、何か凄いとクアトロは思う。まるでトルネオができる男のように見えてきた。
……骸骨だけど。
そして、更にトルネオは言葉を続けた。
「護衛に関しては近くにスタシアナさんやマルネロさん、そしてダースさんもいるので心配はないかと思います」
クアトロもトルネオが言うように彼女らが近くにいれば、魔人に遅れを取るようなことはないだろうとは思う。しかし、それは相手が一人である時の話だ。魔人が徒党を組んで地上に現れるなどとは聞いたことがないが、必ずしも前のように一人で来る保証はない。
考え過ぎなのかもしれないが、一抹の不安を覚えるクアトロだった。
「問答無用だな。俺はお前ら魔族の上位眷属だぞ?」
「……上位眷属だからといって、無条件に魔族が魔人に従う理由はないかと思いますが? それに私は魔人が嫌いです」
クアトロに続いてそう言いながら姿を見せたのはヴァンエディオだった。人差し指を天に向けており、その先には拳大ほどに見える渦を巻く灰色の球体が浮かんでいる。
「ふん、天使が二人。いかれた魔族が四人。流石にこれでは手に余るかもしれんな」
男が忌々しげに吐き捨てた。
「そこの人族、お前はなかなか面白いようだな。また会おう」
男はそう言うと、出現した時と同様に揺らぐ空間の中へと消えていった。
「我々が束になって、どうにか追い返せたというところでしょうか」
ヴァンエディオが珍しく小さな溜息をついて見せた。
「……まあ、どうだろうな。それよりもヴァンエディオ、あいつがろりろり姫に言ってたことはどう言う意味だ?」
エネギオスがその大剣を肩に担ぎながら言う。
「さあ、どうでしょう。面白いという言葉だけでは……」
ヴァンエディオはそう言って、アストリアに視線を向けた。
「アストリア様、何か思い当たることは?」
「い、いえ、特には……」
正直、何が面白いのか皆目見当がつかなかった。だけれどもあの魔人の瞳。クアトロやマルネロたちと同じ赤い瞳なのに、それに見つめられると恐怖を覚えたとアストリアは思っていた。
根源的な恐怖。生理的嫌悪感と根源的な恐怖だった。思い出すと今でも足が震えてくる。気づくとクアトロが横に立っていて、自分の背中に優しく手を回してくれていることにアストリアは気がついた。
クアトロの赤い瞳が優しげに、それでいて心配げに大丈夫かと問いかけていた。アストリアは軽く頷いた。不思議だった。クアトロの赤い瞳であれば、こんなにも落ち着けるのに。
「アストリア様、あの魔人が言ったことの真意は分かりませんが、あの様子ではまた姿を現すかと。しばらくは寝所も含めて、マルネロさんやスタシアナさんと常に行動してくださいね。ダースさんも頼みましたよ」
ヴァンエディオの言葉に皆が頷いた。
「昨日の一件、ヴァンエディオはどう思っているんだ?」
翌日、玉座に座るクアトロはヴァンエディオにそう尋ねた。
「まだ情報が少なすぎますが、魔人が人族に興味を持つとは考え難いですね」
「だが、奴は興味を持った」
クアトロの言葉にヴァンエディオは頷いた。
「魔人の目的は神や天使に反することです。この地上で魔族や人族が関係する神や天使に反することはそれほど多くはないはずです。となれば……」
「邪神の封印ですかな」
いつの間にか不死者の王トルネオがヴァンエディオの背後に立っていた。
「……お気づきでしたか」
「これはまたヴァンエディオさんはすぐにそうやって恐い顔をする。当てずっぽうですよ。単なる当てずっぽう」
「ほう……あまり謙遜されると殺したくなってきますが」
「いやいや、勘弁して下さい。私は既に一度死んだ身ですからね」
トルネオは両手を上げて戯けて見せた。
「まあ、そう怒るな、ヴァンエディオ」
クアトロは仲裁に入って言葉を続けた。
「邪神……かつて、この地上に存在していたという連中か」
クアトロは呟くように言った。邪神と言われる存在がかつて地上にいたということぐらいしかクアトロは知らない。
「そうですね。この地から邪神を駆逐し、封印するために人族は天使から生み出されたはず」
「もう数千年前もの話です。伝説に近いですがね」
トルネオが口を挟んでくる。
「そうです。ですが、伝説が間違いとは限りません」
ヴァンエディオがトルネオに反論する。
「その伝説が真実だとして、それがアストリアとどう関係するんだ?」
クアトロが疑問を呈した。
「断言はできませんが、邪神の封印とアストリア様の存在が何かしらの関係にあるのでしょう」
「例えば封印を解く鍵のようなものとアストリアさんが関係しているとか……」
トルネオのその言葉にヴァンエディオが鋭い瞳を向けた。
「トルネオさん、何かご存知なのでは? 一度、本当に死んでみますか」
ヴァンエディオが立てた人差し指に渦を巻く灰色の球体が出現する。それを見てトルネオが両手を上げて大きくのけぞって見せた。
「いやですよ、ヴァンエディオさん。怖いからやめて下さい。根拠があっての話ではないですよ。単なる当てずっぽうなので」
「……まあいいでしょう」
ヴァンエディオのその言葉を聞くと、トルネオは大袈裟に胸を撫で下ろす素振りを見せてから口を開いた。
「真実はともかく、あの魔人は再びアストリア様の前に現れるでしょうね。その備えを考えないといけません」
「確かにそうだな」
先程から余りふざけずに今日のトルネオは比較的真面なことばかりを言っているとクアトロは思う。
……何か変な物でも食べたのだろうか。
「転移魔法を封じる防御魔法を先ほど、この王宮全体に施しました。これで前のように不意に出現されることはないでしょう」
トルネオのそんな言葉に、何か凄いとクアトロは思う。まるでトルネオができる男のように見えてきた。
……骸骨だけど。
そして、更にトルネオは言葉を続けた。
「護衛に関しては近くにスタシアナさんやマルネロさん、そしてダースさんもいるので心配はないかと思います」
クアトロもトルネオが言うように彼女らが近くにいれば、魔人に遅れを取るようなことはないだろうとは思う。しかし、それは相手が一人である時の話だ。魔人が徒党を組んで地上に現れるなどとは聞いたことがないが、必ずしも前のように一人で来る保証はない。
考え過ぎなのかもしれないが、一抹の不安を覚えるクアトロだった。